荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第10話 赤い悪魔【後編】1

 喜びのハグを交わして程なくダリスはレインから離れると、彼に疑問を投げ掛ける。

「でも、レインお前……そんな大事な金……本当に渡しちまっていいのかよ!?」

「いいよ。だって“のっぴきならない事情”があるんだろ?」

 笑顔でそう返すレインの表情に迷いは見られない。しかし、彼のその“善意”がかえって申し訳ない気持ちにさせるのか、ダリスは複雑そうな表情を浮かべると俯いた。

「確かに、あるっちゃあるけど……でも、どんな事情かもまだちゃんと話してないんだぞ?」

「……」

 ここへきて急に尻込みするダリス。そんな彼を見てレインは暫し押し黙ると、おもむろに言葉を発した。

「350ドルあれば、死神に赤い悪魔をやっつけてもらえるんだろ?」

「えっ……」ダリスは顔を上げた。

「俺も何も知らずに大金を渡すほどマヌケじゃない。詳しい経緯が気になって、あのオッサンに訊いたんだ。そしたら赤い悪魔に殺されたロビンの恋人の女の子の為に、復讐の対価の残りを集めているらしいって――だから、それを聞いて俺も金を集めるのに協力しようと思ったんだよ」

「だ、だからって……どうしてお前まで……!?」

 ダリスの疑問にレインは眉尻を下げて俯くと、言葉を続ける。

「あの日、俺がお前を賭博場へ遊びに誘わなければあんなことにはならなかったんだ。あの日から今日までずっとそれが心に引っ掛かってた。だから、俺も……ロビンの復讐に協力したい」

「なに言ってんだレイン! お前は悪くない! 悪かったのは俺自身だ! どうせ今日も何も無いだろって高を括って、ロビンのことほっぽって遊びに行っちまった俺が、俺がぜんぶ悪いんだ!」

「……。……ダリス……」

「そうだよ、俺が悪いんだ。……俺が、バカなせいで、ロビンとエミリー、が……、……」

 話しているうちにこみ上げてくるものを抑えきれずに、すすり泣き始めたダリスの肩にレインはそっと手を置いた。そして、言葉を続ける。

「ダリス、今は――今は俺たちに出来ることをしよう。……な?」

「……、……」

 ダリスは黙って頷くと、袖でゴシゴシと涙を拭った。

「……それで、レイン。金はいつ持って来れそうだ?」

「そうだな……早くても夕方ぐらいになりそうだ。今はまだ、荒れた店の片づけがあるからさ」

「そうか、わかった。俺、エミリーを呼んであいつと一緒に事務所で待ってるからよ」

「保安官事務所だな、わかった。……それで、誰が死神に金を渡すんだ?」

「エミリーが渡すけど、俺も付き添いで一緒に行くつもりだ」

「わかった。俺もなるべく早く行くよ」

「あァ、来るときはなるべく路地は避けて人通りの多いところを通って来いよ」

 レインは黙って頷くと、踵を返して人混みの中に溶け込んで行った。何にせよ、これで金の問題は解決した。後は、この町のどこかに張られたジョーキッドの“巣”を探し出すだけだ。


***


 一方、トルカ町の東、広場では数人の町の子どもたちがボール遊びや追いかけっこをしており、賑やかな声が広場いっぱいに響き渡っている――とても微笑ましい光景だ。

 そんな中、遊び回る子どもたちを見守る大人が数人。先ほどまで一緒になって遊んでいて疲れたのだろうか、片隅に備え付けられたテーブル席に腰掛けて仲間たちとお茶を楽しんでいる。

「あーあ、久し振りに走り回ったら疲れちまったぜ」

「俺もだよ。まったく、子どもはいつも元気で羨ましい限りだぜ」

「本当だな、あの元気を俺たち大人にも分けてもらいたいもんだ」

「なに言ってるのあなたたち、そんなボヤくほどまだ年寄りじゃないでしょ?」

「年寄りじゃあないけど、30過ぎたらもうオッサンだよオッサン」

「あはは、35過ぎても心は20代のニコラスをちょっとは見習ったら?」

「あいつはただの筋肉と体力バカだからな~」

「あと“自称・ハンサムナイスガイのお兄さん”が抜けてるぜ」

「あれでお兄さんとかジョーダンきついぜ、だったら28の俺は“幼児”か?」

「バカ、こんな老けた幼児がいるかよ」

 笑う男たちの横をボールが飛んで行くと、子どもたちが声を上げる。

「おじさーん! ボール拾ってー! 向こうに行っちゃったよー!」

「どこ投げてんだよこの下手くそ!」

「うるさいな! チョットしくじっただけだろ!」

「まあまあ、いいじゃねぇかお前ら。チョット待ってろよ~。すぐ持って来るから」

 子どもたちを宥めると男は席を立ち、ボールを追いかけに草むらへ入って行く。

「まったく……おーい、ボールどこ行ったー? 出てこーい」

 草を掻き分けながら奥まで進んで来ると、ややあって岩陰にボールを見つけた。

「おっ、見つけた見つけた! ヘヘ、探したぜボールちゃんよ」

 ボールを拾って戻ろうとしたそのとき、どこかでガタッ、という大きな“物音”が聞こえた。

「? ……何だ、今の音?」

 物音に気づいた男は辺りを見回すと、やや離れた場所に一軒の小さなあばら家が。

「あの小屋か? ……あの小屋、確か数年前まで広場の“物置小屋”として使われてたんだっけ。……ま、今は廃屋だし、どうせ小動物か何かが“ねぐら”にしてるんだろ。放っておこうっと」

 男は気に留めずにその場を後にした。――その荒れ果てた小屋に、恐ろしい“怪物”が潜んでいることなど知る由もなく。

「……。……ニンゲンがいた。……でも、今はまだダメだ。……外が眩しい……」

 壁の隙間から去って行く男を見据える鋭い眼光――ジョーキッドだ。せっかく獲物が近くにいたのに、眩しくて熱い“太陽の光”のせいで狩りに行くことが出来ない。ジョーキッドは悔しそうに舌打ちをひとつすると、おもむろに後ろを振り返る。

 ジョーキッドの後ろには昨晩解体された数人の亡骸、床に広がる血の海と辺りに散らかった臓物には何十匹もの蠅が集り、その上大量のウジも湧いて筆舌に尽くしがたい状態になっている。

「ウゥ、腹、減った…………けど、とりあえず、夜までまた“寝て”待とう……。……」

 ジョーキッドは床に仰向けになって寝転ぶ。

「ひとり、ふたりじゃ全然足りねェ……もっと、もっとニンゲンが必要だ……」

 帽子を顔の上に置くと、暫くして寝息を立て始めた。どうやら寝つきはすこぶる良いらしい。ウジが湧いた腐りかけの死体たちと一緒に寝られるのは、世界中どこを探しても恐らくこの男だけだろう。


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