荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第10話 赤い悪魔【後編】1

 またしても薄暗い路地の奥まで来ると、マイクはダリスの手を振り払う。

「おい引っ張るならもっと優しく引っ張れよ、痛いじゃねぇか! 俺、ケガ人なんだぞ!?」

「マイクお前、いつからあの場にいたんだよ!?」

「……。お前がエミリーを暴漢から助けてるのを見掛けて、それから気になって付けたんだ」

「この悪趣味ヤローが! ……ということは、俺らの会話もぜんぶ筒抜けってワケか」

「そういうことだ。……。……実はな、昨日の夕方、死神サマが突然事務所に来たんだ」

「死神が!?」

「あぁ。ジョーキッドの暗殺依頼を受けたことを俺たちに話して、ついでに情報収集を」

「……! そうか、それでお前らはエミリーが怪しいと睨んで、わざわざこんなことを……!」

「……。すまん」

 謝罪の言葉と共に俯くマイク――両者の間に重苦しい空気が漂う。

「……マイク」

「何だ?」

「やっぱり、エミリーは……“殺人教唆”の罪に問われるのか?」

「……通常ならな。しかし今回は相手が相手だ、エミリーの罪は見逃すつもりだよ。そして、このことに関してはモーガンも納得済みだ」

「じゃあ、死神のこともか?」

「そうだ。ニコラスは納得いっていないようだが、今回は死神サマに任せるしかない」

「……そうか。……正直言って死神にも何とか出来るとは到底思えねェが、俺のせいでエミリーが“犯罪者”にならなくて済むのなら、これ以上何も言うことはねェよ」

「……。それはそうとダリス、お前どうやって残りの金を集めるつもりなんだ!?」

「知るかよそんなの」

「知るかよって、お前――何も考えないでエミリーに資金調達の協力を申し出たのか!?」

「考えてる暇なんか無かったんだよ! エミリーはロビンの復讐の為に知らねェ男に自分を売ろうとまでしたんだぞ!? それを止めるには、当事者の俺が協力を申し出る他にねーだろ!?」

「だからって、向こう見ずにも程があるだろ! もし間に合わなかったらどうするんだ!?」

「うるせェ! そんときはフィリップに土下座して靴舐めて犬のマネしてでも借りてやらァ!」

「…………」

 ダリスの言い分に呆れかえったマイクは、思わず額を手で押さえてため息を漏らした。

「お前、ほんっとバカだな……バカ過ぎてもはや何も言えねぇ……」

「ハッ、何とでも言え。けどな、俺は絶対に諦めねェぞ。必ず死神が仕事を遂行する日までに残りの350ドル集めてみせるぜ! ……それが、俺がエミリーにしてやれる唯一のことだからな」

「ダリス……」

 背を向けて立ち去るダリスを黙って見送るマイク。復讐の対価残り350ドル――ダリスはこの金をいったいどうやって工面するつもりなのだろうか?


***


 マイクと別れた後、ひとり繫華街を歩くダリス。ロビンの復讐心に憑りつかれたことにより平常心を失い“人の道”を踏み外しかけたエミリーを間一髪で救うことは出来たものの、対価の残りを集めないことには物事の根本的な解決には至らない。しかも、先ほどマイクにも話していたとおり、ダリス自身にも金を工面する為の“具体策”は何も無いのだ。

「残り350ドルか……さすがに額がデカい……マディソンはおろかフィリップでも簡単に貸してはくれねェだろうな。そもそもこの前借りた10ドルもまだ返せてねェし……クソッ」

 時間が無い――ダリスは知らないが、死神はすでに有力な情報を集め、ジョーキッドに手が届きつつある状態である。

「ジャレッドたちに相談したところで、あいつらが金なんか持ってるワケないしなァ」

 悪徳保安官たちに賄賂を渡すくらいなら、自分たちにくれなどと戯言を言う程だ。言うまでもなく、彼らには何も期待出来ないだろう。

「親父とお袋、姉貴に頼んだって『うちにはそんな余裕は無い』って言われるのがオチだろうし……どうしたもんか。……いや、協力を申し出た以上、死んでも金を集めるんだ……!」

 もし、自分ダリスも宛にならないとわかったら、エミリーは今度こそ身売りしかねない。それだけは何としても食い止めなければ――ダリスは握り拳を作り、ギュッと唇を噛んだ。

「エミリーが道を踏み外してしまったら、俺はあの世でロビンに顔向け出来ねェ……!」

 ダリスの脳裏にロビンの横顔が浮かぶと、ギュッと閉じた瞼の隙間から熱い涙が滲んで頬を伝う。昨日もあんなに泣き喚いたのに、涙だけは枯れない。ダリスは指先で溢れる涙を拭った。

「おーい! ダリスー!」

 一瞬、どこからか聞きこえてきた聞き覚えのある声にダリスは立ち止まった。辺りを見回すと人をかいくぐってこちらへやって来る藍色のスーツ姿の若者が――レインだ。

「あれ……レイン!?」

 どうやら急いで追いかけて来たらしく息も絶え絶えで、顔色もスーツと同じく“真っ青”だ。

「はーっ、ようやく追いついた! まったく、人混みの中を泳ぐのも楽じゃないぜ!」

「それより、俺に何か用かよレイン? 俺、まだ仕事中なんだけど?」

「知ってるよ。――おい、それはそうとダリス。お前、近日中に“大金”が必要なんだって!?」

 レインの言葉に、ダリスは思わず目を丸くした。

「えっ!? ――レ、レイン、な、何で……お前がそのことを!?」

「ついさっき、白い保安官のオッサンに会って『ダリスが“のっぴきならない事情”で金に困ってるから、もし手助けが出来るようならタダで手助けしてやってくれ』って言われて……!」

「マ、マイクあのヤロー……余計なコト喋りやがって!」

 悪態をついたその瞬間、レインにポガッと頭を小突かれた。

「バカ! 余計なもんかよ! ダリスお前、何ひとりでカッコつけてムチャしてんだよ!?」

「いってーな! 別にカッコつけてもないし、ムチャだってまだしてねーよ!」

「とにかくお前、金が必要なんだろ!? で、いくらだ!? いくら必要なんだ!?」

「い、いくらだって――レインお前、350ドルも出せるのかよ!?」

 ここで具体的な金額を聞いたレインは、腕組みをすると考え込む。

「350か……俺の給料と先日の博打で得た金を搔き集めればそのくらいは行くかもしれない!」

「えっ…………ほ、本当か!? レイン!」

「あぁ、いつも世話になってる大将が博打で大勝ちしてさ。分け前に色付けてくれたんだ」

 願ってもない好機――ダリスは希望に満ちた笑顔を浮かべると、レインを抱き締めた。

「マジかよレインー!! 二流賭博師のクセして最高だぜお前~!!」

「うるせぇ! 二流は余計だ! 具体的な金額は数えてみなきゃまだわからないが、きっと合計300以上は行ってるハズだ! 何せ昨日は事件のせいで金を勘定する余裕も無かったからな!」


11 / 13

著作者の他の作品

その場のノリと思い付きだけで書いた「荒野の死神」のハロウィンパロ。ただの...

舞台は17世紀ヨーロッパ。トランシルヴァニア公国の貴族「ギュスターヴ」の跡...