荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第10話 赤い悪魔【後編】1

 血が滴る手を押さえながら繫華街を歩くダリス。泣き喚いたおかげですっかり憔悴したのか、その目は虚ろで足元もおぼついていない。左右に小さくよろめきながら川に流される草のように人混みの中を歩いて行く。

 やがて繫華街から住宅街へ入り歩いていると、ダリスは“ある場所”で足を止めた。――そう、ここは昨夜、ロビンが殺された現場だ。まだ、うっすらと生々しい血痕が残っている。

「……。……ロビン……」

 ダリスの脳裏に昨夜の賭博場の前での出来事が蘇る。ニコラスやエミリーにも言われたように、あのとき、チンピラ仲間たちに誘われるままロビンの傍を離れなければ、彼は死なずに済んだのだろうか――? ダリスはぼんやりと考える。しかし、いくら考えても“答え”は見つからないようで、ダリスは苦しそうに頭を抱えた。

「……ゴメン、俺があのとき、お前をひとりにしちまったせいで……」

 零れた言葉と共に枯れたハズの涙がまたじわじわと溢れて視界が霞むと、ダリスはその場にへたり込んでしまった。そして、震える指先で血痕をなぞる。

「エミリーにも謝るどころか、カッとなって叩いちまって……俺、本当にバカだよなァ。今日ほどテメェのバカさ加減に呆れた日はねェよ。……、……ロビン……本当に、ゴメンな……」

 瞳から零れた熱い涙が地面を濡らす――彼の精一杯の“懺悔”に応える者は誰もいない。


***


 ――それから時は過ぎ、昼下がりの繫華街。人混みの中を俯き加減でトボトボと歩く女性がひとり。エミリーだ。夕食の準備に必要な買い物をしたのだろう、片手には紙袋を大事そうに抱えている。エミリーはふと何気なく紙袋の中に視線をやると、野菜や缶詰の中に混じってクッキーが詰まった袋がひとつあるのに気がついた。

「やだ、つい買っちゃってたわ、クッキー……。バカね、私ったら。……もう、ロビンはいないのに、彼に“差し入れ”するお菓子まで一緒に買っちゃうなんて。……、…………」

 エミリーの脳裏に、昨日の昼まで楽しそうにしていたロビンの顔が浮かんだ。――もう、あの明るい笑顔を見ることも、元気な声を聞くことも出来ない。

「……、ロビン……」

 ロビンのことを思い出すと同時に熱くなる目頭。一度立ち止まって溢れかけた涙を拭い、また歩き出したそのときだ。前方から来た人とぶつかり、荷物を地面に落としてしまう。

「あっ、す、すみません――!」

 エミリーは咄嗟にぶつかってしまった人物に頭を下げる。そして、顔を上げその人物の顔を見るなり目を丸くした。

「あっ、あなたは……死神さん……!」

 エミリーがぶつかった人物は死神だった。思わぬ人物に動揺するエミリーをよそに、死神は至って平静としている。どうやらぶつかったことなど気にも留めていないようだ。

「先日はどうも。……それよりも、おケガは?」

「い、いえ……大丈夫、です……」

 死神は落ちた紙袋を拾うと砂を払い、エミリーに渡した。

「すみません……私、ボーッとしちゃってて……」

「いえ、お気になさらず。……ロビンさんのこと、残念でしたね。お悔やみ申し上げます」

「……。……ありがとうございます」

「……」

 それ以降は何も言わず、エミリーの横を通り過ぎようとする死神。するとそのとき、エミリーは急に振り返り

「死神さん、待って!」

 呼ばれた死神は立ち止まると、肩越しに振り向いてエミリーの顔を無言で見つめる。

「あの、死神さん……あなたに“相談したいこと”があるんです。……ほんの少しだけ……お付き合いしてもらえませんか!? どうか、お願いします……!」

「……相談? あなたが、自分に?」

 エミリーは黙って静かに頷いた。そして、エミリーを先頭にふたりは人気の無い路地裏へと入って行く。奥まで来るとエミリーは死神の方へ振り返り、ふたりは向かい合う形となった。

「……それで、エミリーさん。自分にご相談というのは?」

 一介の町娘に過ぎないエミリーが死神に相談することなど、ひとつしかない。

「死神さん、あなたに暗殺依頼・・・・をしたいんです」

 エミリーの言葉に、死神の片眉がピクリと動いた。

「暗殺依頼――赤い悪魔・ジョーキッド=ザ=ハートイーターのですか?」

「……。そうです」

 思った通り――というべきか。しかし、念願のジョーキッドの暗殺依頼だというのに死神の表情はまったく動かない。憎しみに揺れるエミリーの大きな瞳を無言でじっと見つめている。

「……暗殺依頼、受けて頂けないんですか? あなた、凄腕の殺し屋なんでしょう!?」

「エミリーさん。あなたのお気持ちはお察しします。ですが、殺し屋に暗殺依頼をするということは、“殺人教唆”という立派な“犯罪”です。……それをおわかりですか?」

「わかっていなければこんなこと、あなたに頼んだりなんかしません」

「……。話を続けますが、自分は始末料として人ひとりにつき1000ドルを頂いています。1000ドルという大金――あなたのような一介の町娘に到底支払える金額ではないと思いますが」

「何とか用意します。……ロビンの復讐の為だったら、私……何だってするわ!」

「……」

「それに、今――あの赤い悪魔をやっつけないと、これからも私のように“大切な人”を奪われて絶望のどん底に落ちる人たちがどんどん増えるわ。昨夜の事件でも、ロビンの他に幼い子どもを残して夫婦が殺されたっていうじゃない。……絶対に、許せない……許せるわけがない!」

「……」

「お願いします、死神さん。……赤い悪魔を、私からロビンを奪ったあの憎い赤い悪魔を殺してください! ……どうか、どうかお願いしますっ……! ……、…………」

 込み上げてきた感情を堪え切れず大粒の涙を流すエミリー。華奢な身体を震わせすすり泣くその姿を無言で見つめていた死神は、おもむろにエミリーの片手を取ると彼女に言葉を掛けた。

「……。わかりました、エミリーさん。赤い悪魔の暗殺依頼――謹んでお受けします」

「……、……うっ……うぅ……!」

 エミリーは荷物を足元に落とすと、死神の胸に縋りついて慟哭した。――こうして、ついに西部最凶の猟奇殺人鬼・赤い悪魔ジョーキッドの暗殺依頼を受け負った死神。しかし、ジョーキッドの暗殺を遂行するにはふたつの“問題”がある。

 ひとつ目の問題――ジョーキッドの“行動パターン”だ。暗殺を遂行するにはまず標的の行動パターンを“完璧”に把握しなければならない。前回のハリー=ウィルソン暗殺では、息子のフィリップから詳細な情報を得ることが出来た。だが、今回はその“情報提供者”が誰もいない。先日のニコラスの話からでも、ジョーキッドの行動パターンを完璧に把握することは出来なかった。

 ふたつ目の問題――無論、ジョーキッドの“不死身”の肉体のことだ。そしてこれが“最難関”と言えるだろう。昨夜、民家で銃撃戦が勃発したとき、ショットガンで貫かれても何事もなかったかのように起き上がったジョーキッドの姿を死神も目撃している。そして、大勢の追跡者をいとも簡単にすり抜けたあの驚異の身体能力――まさに人智を超えた“怪物”だ。いくら超凄腕と謳われようとも“普通の人間”である死神に到底勝てる相手ではない。


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