荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第9話 赤い悪魔【中編】3

 一方、時を同じくして民家ではジョーキッドの血も凍る“解体ショー”が催されようとしていた。家主の夫婦を殺害し、夫の方の死体を引きずるといつものように衣服を切り裂き、腹にナイフを突き立てる。――外では武装した大勢の住民が血眼になって自分を捜しているとも知らずに。

 その頃、二階の子ども部屋では突如響いた大きな音に怯えた少女がシーツを被り、丸まって震えている。『すぐに戻る』と言い残して出て行った母も一向に戻って来ない。

「……」

 “ママとパパに何かあったんじゃ”――少女は不安と恐怖で震えながらも、傍にあったぬいぐるみを抱えてベッドから出ると部屋の外へ。家の中は静まり返っていて、人の声も、物音も、何も聞こえない。それが余計に少女の恐怖心を煽った。――やはり、両親の身に何かが起こった。少女は幼いながらもそれを“確信”した。

「……」

 せめて、ふたりの安否だけは知りたい――と震える足を、身体を階段の手すりに掴まってしっかり支えながら一歩、また一歩と慎重に下まで下りて行く。

 一階まで下りたそのときだった。突然、ガタッ!、ガタガタガタッ!、と、やや大きな物音が響くと少女の短い悲鳴と共に肩が跳ねる。――間違いない、リビングで“何か”が起こっている。驚きで激しく波打つ鼓動を抑えるように小さな呼吸をひとつ。――そして、意を決しグッと息を飲むと、足音を立てないよう恐る恐るリビングへと歩を進める。

「……?」

 開きっぱなしのドアから中を覗き込む少女――荒れた室内で、白く長い髪に真っ赤な服を着た男とも女ともわからない不審者が、父親の切り裂かれた腹の中から臓物を引きずり出している。その脇には、まだ手をつけられていない母の亡骸が順番でも待つかのごとく虚しく転がっていた。

 凄惨な光景を目の当たりにした少女は抱えていたぬいぐるみをポトリと落とした。悲鳴を上げたくても声が出ない。声を上げるどころか、むしろ、今、目の前で何が起こっているのかも理解が出来ない――いや、追いつかないとでも言うべきか。ただ、大きな瞳を涙で潤ませながら一心不乱に父親を解体し続ける不審者――ジョーキッドの姿を見つめることしか出来なかった。

「――!」

 視線に感づいたジョーキッドが少女の方へ振り向く。そして、ふたりの視線がかち合うと、ジョーキッドは死体を解体する手を一旦止める――と、おもむろに立ち上がって、少女の方へ歩み寄って来た。自分よりも遥かに大柄な“男”に少女は恐れおののいたのか、その場を動けないでいる。

「……」

「……。……」

 前屈姿勢で少女の顔を覗き込むジョーキッド。時折、不思議そうに首を傾げながら無言でじろじろと恐怖に引きつるその顔を見つめる。

「……なんだ、コドモか。……コドモはマズイ・・・からいらねェ。どっか行け」

 ジョーキッドの“ひと言”に我に返った少女は、堰を切ったように涙を流し叫ぶと家の外へ走って行った。一方、残されたジョーキッドは死体のある位置へ戻ると、ナイフを手に取り再び解体作業に取り掛かる。

 一貫してマイペースなジョーキッドをよそに、外では更に増員した赤い悪魔の“追跡隊パシ”が松明やランプを片手に大捜索を行っている。が、誰も住宅の中に侵入しているとは思ってもみないのだろう、必死になって住宅街一帯を捜している。

「おい、赤い悪魔は見つかったか!?」

「こっちにはいなかった。お前らの方はどうだ?」

「いや、こっちにもいなかった。おーい、お前たち! お前たちの方はどうだ!?」

「こっちもダメだ! もしかしたら、もう町の外へ逃げたんじゃないのか!?」

「ニコラスが言ってたぜ、『あいつの食欲は底無しで、狩場にいる人間を喰い尽くすまでは決して止まらない。だからきっと、次の獲物を捜して辺りをうろついてるハズだ』って」

「じゃあ、もしかしたら赤い悪魔は繁華街の方に行ってるのかもしれない。繁華街の方にはまだ夜遊びしてる“のん気”な連中がゴロゴロいやがるからな。念の為、そっちも捜そう!」

「あぁ、繁華街の連中にも声を掛けて、一緒に赤い悪魔を捜してもらおう!」

 そうして、執拗な捜索の手は繁華街の方にまで及んできた。――今、このトルカ町は“たったひとりの男”の存在によって、未曾有の大パニックに陥っている。


***


「……何だか外が騒がしいな」

 酒場では外の騒ぎに感づいた仕事中のバーテンと、カウンターでグラスを傾けている死神が怪訝そうにドアの外へ視線をやっている。そんな彼らを尻目に、他の客連中は自分たちが酒を浴び騒ぐのに忙しいようでまったく気にも止めていない。

「……何かあったのでしょうか?」

「だろうな。事件以外で夜に大騒ぎになるのなんて滅多に――というか、まず無いよ」

「……」

 そのときだ、ジェーンが真っ青になりながら店内に飛び込んで来た。

「大変よ死神! 例の赤い悪魔が住宅街に現れたらしくて、今、大パニックになってる!」

「赤い悪魔が!?」

 最悪の報せに、賑やかだった店内の空気が凍りつく。

「聞くところによると、赤い悪魔は住民と保安官を殺して町中を逃走しているらしいのよ! それで今、ニコラスから協力要請を受けた住民の男たちが追跡隊を結成して捜しているって!」

「なるほど、どおりで妙に表が騒がしいわけだ……」

「……まさか本当に生きていたとは。万一の場合を考え、マリアにメモを取らせたのは正解だったようだな。それで、赤い悪魔に殺された保安官というのは?」

「ロビンっていう新人の子よ」

「ロビン……確かニコラスと一緒にレストランに来ていたあのお若い方ですか」

「若いって、アンタと大して変わらないわよ。それよりも、男連中は急いで武器を持って来てちょうだい。みんなで一緒にあのクソッたれの赤い悪魔を捜し出してブッ殺すのよ!」

「な、ななな、なんだってー!?」

 突拍子もない言葉に、テーブル席の客連中がどよめき始める。

「何で俺たちまで付き合わなきゃいけねぇんだ!?」

「やだよ! 俺、まだ死にたかねぇよ!」

「そうだそうだ! 赤い悪魔を捜すなんて、みすみす殺されに行くようなもんだ!」

「そうだ! やりたきゃお前らで勝手にやれ! 俺は御免だぞ!」

「俺もだ!」

「俺も!」

「だいたい、女のクセしてしゃしゃり出るんじゃねぇ!」

 ぎゃあぎゃあと不満と罵倒の声が大きくなってきた、そのとき――。

「うるさい! このタマ無しクソったれ野郎ども!!」

 ジェーンの雷のような一喝に、野次を飛ばしていた男連中が一斉に静まり返る。

「なによ! 大の男連中がたかが赤い悪魔ひとりにビクビクしちゃって! アンタらそれでも男で、タマとサオついてんの!? 今は町の非常時――危機なのよ!? こんなときに立ち上がらないで、アンタらいつ立ち上がるのよ! この弱虫の意気地無しども、今すぐ男やめちまえ!」

「……、……」

「もういいわ。アンタらなんかに頼ったアタシがバカだった。――せいぜいそこで『ママ、怖いよ~』ってガタガタ震えてることね! じゃ、サヨナラ!」

 捨て台詞を吐くと、ジェーンは踵を返し外へ出て行った。どんな悪状況にも決して負けない彼女の毅然とした姿に死神は改めて感銘を受けたのか、ニヤリと笑うとカウンターに金を置いた。

「死神、アンタも行くのかい?」

「えぇ。そこの連中のようにタマ無しと罵られて、黙っているわけにはいきませんから」

「はは、そうかい。気をつけてな。……アンタが死んだら、あの子マリアが泣くよ」

「どこで何をしていたって、死ぬときは死にますよ。そうでしょう? ――では」

 相変わらず抑揚の無い声で返事をして、静かに嵐の渦へ飛び込んで行く死神の後ろ姿を、バーテンは無言で見送った。


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