荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第9話 赤い悪魔【中編】3

「ダ、ダリス……」

「ニコラス、俺とお前で手分けして捜そう。ハッキリ言って、今のこいつは使い物にならない」

「モーガン……わかった。ダリス、後は俺らがやるから、お前は事務所に戻れ。いいな!?」

「……、……」

 抜け殻になってしまったダリスをその場に残し、モーガンとニコラスは散開した。ジョーキッドの食欲は“底無し”だ。次なる獲物を求めて未だ住宅街を徘徊しているに違いない。


***


 ロビンと住民の女性の死体が転がっていた地点からだいぶ離れた場所にある一件の民家。二階の子ども部屋では、少女が窓から夜空に浮かぶ大きな満月を眺めている。時折、苦しそうに咳き込む様子からすると、この少女は風邪でもひいているのだろう。やがて、空を眺めるのにも飽きてベッドに戻ると、シーツを被り丸まる。

 一方、下のリビングでは両親が不安そうに窓の外を眺めている。つい先ほど、数発の“発砲音”が聞こえたからだ。――まさか、近くで強盗が事件でも起こしたのだろうか?

「ねぇ、さっきの銃声、何だったのかしら……」

「さぁな、強盗か或いは通り魔か――」

「ちょっと、そんな恐ろしいこと、あっさり言わないで!」

「じゃあ他にどう言えってんだ? 大丈夫だよ、大したことじゃないって。その証拠に、他の家の人たちだって誰も出て来てないだろ?」

「表に凶悪犯がいるのかもしれないのに、のこのこ外に出る人なんていないわよバカ! ねぇ、それよりも玄関の戸締りして来てよ! 怖くてしょうがないわ」

「戸締りくらい自分ですりゃあいいだろ」

「だから、怖いからあなたにお願いしてるんじゃない!」

「はいはい……まったく。ゴキブリが出たって悲鳴上げながら叩き潰すくせに」

「ゴキブリと凶悪犯を一緒にするマヌケがどこにいるのよ!?」

「君の目の前にいるよ。じゃあ、戸締りして来るから、二階のルーナの様子見て来てくれ」

「えぇ、気をつけてね」

「まったく、たかが戸締りで大袈裟だなぁ」

 妻は二階の子ども部屋へ、夫は玄関へ。夫はドアの鍵をしっかり閉めて戻ろうとしたそのとき、突然、ガラスの割れる音が響いた。

「な、何だ!? ……リビングの方からだ!」

 まさか、大胆にも泥棒が侵入したのだろうか? 夫はすぐさま自室へ入り、机の引き出しから護身用の拳銃を取り出すと、リビングへ向かう。

「何者だ!?」

 リビングへ戻った夫は窓を破壊して侵入してきた人物に銃口を向けた。しかし次の瞬間、発砲をする間もなく胸を撃たれて倒れ臥した。――彼の目の前にいたのは、ジョーキッドだった。モーガンたちの思った通り、ジョーキッドはまだ次の“食料”を捜して住宅街を彷徨っていたのだ。

「……。ヒ、ヒヒ……ヒヒヒヒヒ……! ……まだ、まだ喰い足りねェ……」

「あなた! いったい何があったの!?」

 銃声を聞きつけた妻が真っ青になりながら上から下りて来てリビングへ入って来た。そして、夫の亡骸とその傍で佇むジョーキッドを発見する。

「!! ――あ、ああ……!!」

「ウ? ……もうひとり、ニンゲンがいたのか……。ちょうどよかった……」

「……あ、あ……あああ……あなたーーっ!!」

 夫の無残な姿に妻が叫び声を上げると同時に、無慈悲な銃声が響いた――。


***


「――!? 今のは ……!」

 現場付近を捜索していたニコラスは今、確かに発砲音を聞いた。

「今のは間違いなく“銃声”だ……! それも2発……! い、いったい、ど、どこからだ!? どこで発砲が起こった!?」

 一目散に音が聞こえた地点へ走り一帯を見回すも、正確な位置が掴めない。――ぐずぐずしてはいられない。発砲音がしたということは、すでに“新たな犠牲者”が出ているということだ。ジョーキッドが人間の解体を終え、心臓を喰らい尽すには時間が掛かる。何としても喰らっているうちに見つけ出さなければならない。もはやこれは“事件”ではなく“非常事態”なのだ。

「早く、早く正確な位置を――!!」焦る気持ちと共に、事態はどんどん悪化していく。

「おい、さっきから発砲音が聞こえるが、いったい何なんだ!?」

「強盗か!? それとも通り魔か!?」

「嫌だわ、こんなところで……!」

「あっ! あそこにニコラスが! ――おーい、ニコラス! いったい何事だ!?」

「(しまった! ついに住民たちが出てきちまった……!)」

 とうとう発砲音を不審に思った住民たちがぞろぞろと家から出て来て騒ぎ始めた。ジョーキッドのことが彼らに知れ渡ってしまうのも時間の問題だろう。しかし、それ以上に、彼らを騒ぎに巻き込んでしまうかもしれない。――だが、ニコラスはこの“逆境”をむしろ逆手に取った。

「お前ら! あの“赤い悪魔”が住宅街で暴れている! 度胸と根性のあるヤツ、そして命知らずのクソったれは俺と一緒にヤツを捜すのを手伝ってくれ! 事態は一刻を争うんだ!!」

 “赤い悪魔”という単語に周囲はどよめく。

「何だって、赤い悪魔!?」

「なに言ってんだ、赤い悪魔は死んだんだろ!? ダリスがそう言っていた」

「赤い悪魔なだけに真っ赤なウソだ! 俺も信じたくないが、ヤツは生きていた。そして今、優雅にディナーを楽しんでる真っ最中だ。その名も“人間の心臓、血潮のソースとはらわた添え”」

「なっ……な、ななななな……!?!?」

「ダリスあの野郎~、やっぱりガセだったのか!」

「そうだ! ――もう既に犠牲者がふたり出ている。このままヤツを放って置いたら、程なくしてこの町は壊滅だ! それに、俺たち保安官だけじゃこの広い住宅街を捜しきれない。だからみんな、力を貸してくれ! 頼むっ……!」

 遅かれ早かれ知られてしまうのだ。それならば今、知られた方がいい。ニコラスの話を聞いた男衆は言葉を失うと、緊張の面持ちでそれぞれ顔を見合わせる。

「お、おい……みんな、どうする……!?」

「決まってる、武器を取って保安官たちに加勢するんだ!」

「でも、相手はあの“赤い悪魔”なんだぞ!? 俺たちの敵う相手じゃあねぇ!」

「そうだそうだ! あいつの餌になるのがオチだ! やめた方がいい!」

「そんなの百も承知だ! だからといって、ニコラスの言うとおり赤い悪魔を野放しにしておいたら、俺たちも、家族も危険だ! だから俺は戦うぞ、死んでも妻と子どもたちを守るんだ!」

「……、…………」

 男たちのやり取りを、ニコラスは固唾を飲んで見つめる。

「……。お、俺も……。俺も、戦うぞ……!」

「――!」

「お、俺も……!」

「俺も戦う!」

「俺もだ! 赤い悪魔から、家族を守るんだ!」

「お、お前ら……!」

 次々と湧き上がる男たちの歓声に、焦燥に満ちていたニコラスの表情にも希望の色が宿る。「いいぞ、これで何とかなるかもしれない……!」そう呟くと、笑顔で握り拳を作った。

「よーし! みんな、そうと決まればさっそく町中の男たちを搔き集めろ! 武器とランプを持って、保安官たちと一緒に赤い悪魔を捜すんだ! 急げーっ!」

「おーっ!!」

 号令と同時に男たちは周囲に散って行き、ニコラスも捜索を再開する。――住民たちの協力を得ることが出来て、ほんの僅かにだが事件収束の“希望”が見えてきた。


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