荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第8話 赤い悪魔【中編】2

 崖下の林の中――。

 巡回中に大きな物音を聞いて駆けつけたふたりの森林保護官レンジャーが現場一帯を調べている。落下の衝撃で大破し残骸となった荷台と、同じく即死した馬二頭の死骸が虚しく転がっている。――しかし、一緒に落ちて死んだはずのジョーキッドの死体はどこにもない。

「やっぱり馬と荷台だけで、御者の死体がどこにも無いぞ」

「ということは、あの崖から荷馬車だけで落ちたのか?」

「ま、そういうことになるな。何とも奇妙な話だが」

「はぁ~……荷馬車の持ち主も運が無いな。貴重な馬を二頭も台無しにしちまうなんて」

「まったくだ。今頃、むせび泣いてるだろうぜ」

「んじゃ一旦、小屋に戻ろうぜ。俺、腹減ってきちまった」

「お前、さっきパンとトウモロコシもりもり食ってただろ」

「バーカ、そんなもんで腹いっぱいになるかよ。さっさと行こうぜ」

「しょうがねぇなぁ。――あぁ、チョット待った! 小便がしてぇ」

「何だよ。じゃあ待ってるからさっさとして来いよ」

「へへへ、悪いな相棒」

 用を足しにその場を離れる相棒を見送ると、男は退屈そうに地面に腰を下ろした。――木漏れ日が降り注ぐ林の中はとても静かで、時折、この心地よい静けさを彩るように野鳥のさえずりが聞こえてくる。まさに癒しの空間といったところだろう。その空間の中に似つかわしくない“残骸”と“死骸”に再び目を向けると、男はあることに気がついた。――先ほどは気づかなかったが、馬の首に光る“何か”が見える。

 不審に思った男は腰を上げて馬の死骸に近づくと、首に突き刺さっている光るものを確認する――光るものの正体は、先ほどジョーキッドが投げた“投げナイフ”だ。

「こりゃあ……ナイフか? 何でこんなもんが馬の首に?」

 荷馬車の転落と何か関係があるのだろうか? 、と首を傾げていると、ふいにパキ、っと小枝を踏む音が聞こえた。用を足しに行った相棒が戻って来たのだろうか。

「やっと終わったのか? お前なぁ~……たかが小便するのにどんだけ掛かって――」

 振り向きざま、飛んできたナイフが首に深く突き刺さる。一瞬の出来事で、男は呻き声を上げることもなくその場に崩れ落ちた。

「……」

 男が倒れた少し後に続いて別の男が現れた。――現れたその男は、なんと荷馬車と一緒に落ちて死んだはずのジョーキッドだ。崖の上から転落したのにもかかわらず、身体には傷ひとつないばかりか、片腕で先ほど用を足しに離れた男の相棒の足首を掴んで引きずっている。今の男同様、首にナイフが深く突き刺さっているのを見ると、相棒もすでに殺されているようだ。

 しかし、ジョーキッドは絶体絶命のあの状況からいったいどうやって生還したのか? ――実は、彼の命を救った“幸運”が3つある。1つは高い針葉樹に引っ掛かりながら落ちたことで、落下のスピードが抑えられたこと。2つ目は着地した場所がたまたま柔らかい地面だったことで、着地の衝撃が幾分吸収されたこと。そして3つ目は、彼の体重が普通の男に比べてかなり軽かったことだ。体重が軽ければ軽いほど、身体に受ける衝撃も少なくて済む。そして何より、ジョーキッドは“不死身の肉体”を持っているので、多少のダメージを受けたところで、すぐに再生してしまう――というわけだ。

 皮肉なことに、モーガンとニコラスの不安は見事に的中していた。しかし保安官たち同様、ジョーキッドもまた戦いで疲弊しているようで、ゼェゼェと苦し気に肩で息をしていて、腹をギュルギュルと鳴らしている。――どうやら、不死身の身体も蓄積された疲労と空腹には勝てないようだ。

「ウウウウウ……腹、減った……」

 空腹に耐えられなくなったのか、ジョーキッドは掴んでいた死体を仰向けに転がすと衣服を切り裂き、露わになった肉体――腹部にナイフを突き立て“解体”を始める。成人の男ふたりに馬二頭、悪魔の消耗した体力を回復させるには全然足りないが、無いよりはマシだ。

 物置小屋での解体ショー同様、一心不乱に邪魔な臓物を取り出してはその辺に撒き散らし、やがてお目当ての“心臓”を抉り出すとそれに大口を開けて齧りつく。――やはり空腹の状態で喰らう心臓は格別なのか、悦びでジョーキッドの顔が綻ぶと何度も口いっぱいに頬張った。


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