荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第8話 赤い悪魔【中編】2

 厳しい戦いで消耗しきったのか、マイクは眠るように意識を失ってしまった。モーガンは彼の名を呼びながら揺さぶるが反応は無い。ニコラス同様、マイクも急いで診療所に運び治療してもらわなければ命が危険だ。

「……マイク……」

 マイクに手当てを施し終えると、モーガンは崖下一帯に青々と茂る針葉樹林を見つめる。崖から下の林までは約50mほど。どんな生き物でも、落ちればまず助からない。

「ロビンの心配性が俺にも移っちまったのかな。……どういうわけか、俺にはあの野郎が死んだとは思えない。――ま、目の前であんなもん見せられちゃそう思うのも仕方ない、か」

 ジョーキッドとの戦いの記憶が走馬灯のように駆け抜ける。たった数十分という短い時間だっだが、モーガンの二十数年の保安官人生の中で最も恐ろしく、過酷で、激しい――忘れたくとも忘れられない戦いとなったのは確かだろう。

「……あぁ、畜生、思い出しただけで背筋が凍っちまう。もうあんな人智を超えた化け物と戦うのは二度と御免だぜ。頼むからちゃんと死んで成仏もしてくれよ」

 身震いするそのとき――遠くから馬の蹄の音と車輪の軋る音が聞こえてきた。どうやらダリスたちが迎えに来たようだ。ロビンが操縦する前よりもやや大きな荷馬車が真っ直ぐモーガンの元へ向かって来ると、大分手前で停まった。

 モーガンはマイクを抱え荷馬車まで歩くと、彼を荷台に乗っているダリスに託す。ダリスの横には同じく負傷したニコラスが居るが、肩に1本、背中に2本、計3本もの刃を受けた割にはピンピンしていて、意識もハッキリしている。どうやら彼もジョーキッドに負けず劣らずの“タフガイ”なようだ。そんなニコラスの姿を見ると、モーガンは思わず苦笑いを零した。

「何だよニコラスお前、肩と背中に刃を受けた割にはピンピンしてるじゃねぇか!」

「バカ! 元気だけど本当は泣き叫びたいくらい痛いに決まってんだろ!」

「ったく、3本もナイフ刺さってて元気だなんて、いったいどういう身体してんだ?」

「ハハハッ! お前らとは“鍛え方”が違うんだよ、鍛え方が」

「ああそうかよ。ったく、化け物はジョーキッドだけで十分だぜ」

「……、……モーガン、あいつは……赤い悪魔は今度こそ死んだのか?」

「あぁ。マイク曰く、地獄へピクニックに行ったらしい。……しかし」

「しかし?」

「……俺は“不安”なんだ。あれ程の身体能力を持つあのジョーキッドがそう簡単にくたばるとはどうしても思えない。……ヤツとの戦いで、俺はどうかしちまったんだろうか?」

「そうだよ、お前はどうかしちまったんだ。……まぁ、俺だって正直、今でも“悪い夢”を見ているんじゃないかって思ってるよ。だってそうだろ? 人智を超えた能力を持つ不死身の人間なんて、現実であり得るわけがない。それこそ大衆小説やおとぎ話の世界の話だ」

「……」

 モーガンが口を開こうとしたそのとき、ニコラスが続けて言葉を発する。

「って、さっきまでの俺ならそう言ってた。……でも、あれは“夢”なんかじゃない。紛れもない“現実”だ。モーガン、俺も正直、お前と同じでこのまま大団円で終わるとは思えない」

「……」

「俺としては、ヤツが生き延びている可能性も視野に入れて、今後の対策と戦いの備えにもっと力を入れるべきだと思う。ま、もちろん死んでることに越したことはないけどな!」

 ニコラスの一生に一度出るか出ないかの“至極真っ当な意見”に感服したモーガンは思わず涙で目を潤ませる――。その様子を見たニコラスはギョッとした顔でモーガンを見た。

「お、おい……なに感動してんだよ!? 俺、お前を泣かせるようなこと何か言ったか!?」

「ニコラス……お前バカのクセして、めちゃくちゃ真っ当なこと言うじゃねぇか! ジョーキッドとの戦いでようやくそのクソな脳ミソが覚醒したのか!? ――あぁ、俺は今、猛烈に感動してるぜ。まさかお前の口からそんな意見が出るとは夢にも思わなかったからな!」

「はぁ!? モーガンお前、日頃からどんだけ俺のことバカだと思ってんだよ!?」

「ダリスよりマシくらいだよ」

「ジョーダンじゃねぇ! こいつダリスより俺の方が何倍も賢いに決まってんだろ!」

「うるせェ! いいからとっとと乗れモーガン! マイクの野郎が本当におっ死んじまうぞ!」

 ダリスに急かされると、モーガンは苦笑いを零しながら慌てて荷台に乗り込む。御者席のロビンは全員乗ったのを指差し確認すると、トルカ町の方角へ荷馬車を引き返し走らせた。

 赤い悪魔・ジョーキッドとの戦いを終え、誰ひとり欠けることなく無事生還を果たした保安官たちは荷台の上で喜びを分かち合った。しかし、その一方でモーガンとニコラスの胸に残る一抹の不安――彼らのその“不安”は、決して気のせいなどではないのかもしれない――。


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