荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第8話 赤い悪魔【中編】2

「……」

 盛り上がる仲間たちの傍らで死神は一昨日のハリー暗殺に思いを馳せていた。――もし、ニコラスたちの言う通り、ハリーが並の暗殺者ならあっさり返り討ちに出来るほどの手練れであるのだとしたら、なぜ――あんなにいとも簡単に自分に殺されたのか? 目の前に現れた刺客が西部一の殺し屋“死神”だったから、動揺して動けなかった……とでもいうのだろうか?

 しかし、仮にそうだったとしても、普通ならやはり殺されまいとして“命乞い”をするなり、“抵抗”をするなり、何らかの“行動”を取るはずだ。それなのに、あの晩のハリーは命乞いも、抵抗する素振りも一切見られなかった。――いったい、なぜなのか?

「……。……まさか……」――考えを巡らせていくうちに死神は“ひとつの可能性”に辿り着いた。――それは、ハリーが初めから暗殺者が来ることを知っていて、尚且つ殺されるつもりでいた――ということだ。そうでもなければ、あの晩の彼の行動の矛盾に説明がつかない。

「ハリー=ウィルソン……彼は最初から最後まで計算していたのか? ……いや、そんなはずはない。私がこのトルカ町へ来たのはほぼ偶然だし、仮に計算ずくだったとしても、彼がなぜ大人しく殺されることを選んだのか、その理由がまったくわからない。……謎が多過ぎる」

 いくら考えるも答えは見つからないようだ。当然だろう、すべての真相を知っているのは被害者であるハリー=ウィルソンただひとりなのだから。そしてその彼も、もうこの世にいない。

「――せい、先生?」

 自分を呼ぶマリアの声に気づくと、死神はハッと我に返り彼女に視線を向ける。――が、よくよく見ると、マリアだけでなくニコラス、ジェーン、マディソン、そしてフィリップ――みんなが“奇妙なモノ”でも見るような目で、じーっと死神を見つめている。

「あの……先生、さっきからボーっとしてどうしたんですか……?」

「……あ、いえ……少し、考えごとを」

「考えごと? 何だ? やっぱり暗殺事件の証拠が出るのが怖いのか?」

「違います」

「あーっ! わかった! だんな赤い悪魔のこと考えてたんでしょ!? 昨日“会ってみたい”って涼しい顔で言ってたもんね~。だったら昨日の大捕り物に付き合えばよかったのに」

「えぇっ!? ――あ、赤い悪魔に会いたいだなんて……ダ、ダメですよ死神さん!」

「……違います」

「じゃあいったいなに考えてたワケ? ……あ~! わかった! さてはアタシの美貌にメロメロになってたのね? もーっ、いくらアタシが魅力的だからって悪いこと考えちゃダメよ死神~? アンタももう知ってると思うけど、これでも立派な既婚者なんだからね! あははっ!」

 満面の笑みでバチンと死神にウィンクを飛ばすジェーン。……まるで雌ライオンからアプローチを受けた気分なのだろうか、沈黙する死神の額から冷や汗が一筋垂れた。

「……姐御のこと好きになるもの好きなんて、ニコラスのだんなしかいないと思うよ」

「何ですってぇ~っ!?!?」

 マディソンのひと言に大いに怒ったジェーンは立ち上がり両手で彼の胸ぐらを掴むと、勢いよく引っ張り上げガクガクと激しく揺さぶる。その様はまさに獰猛な雌ライオンそのものだ。――激しく首を絞め上げられるマディソンの顔色がどんどん深緑色に染まっていく――。

「ちょ、ちょっとジェーンさん! 乱暴はダメですよ! 乱暴はっ!」

 傍にいたフィリップが慌てて仲裁に入る――が、時すでに遅し。解放されたマディソンは糸の切れた操り人形のようにぐったりしていて、口からは多量の泡を吹いている。

「きゃーっ! 葬儀屋さんがカニさんになってますーっ!」

「わーっ!? グレイシーくん、しっかりして!!」

 すぐ横で死人が出かかっているのもどこ吹く風、死神は再びグラスを傾ける。

「……まぁ、終わったことをいつまでも考えても仕方ない、か。事の真相は、いずれ彼の亡霊と出会ったときにでも訊いてみるとしよう。尤も、その頃には忘れているかもしれない、が」

 赤い悪魔の騒動の傍らで突如として浮上したハリー=ウィルソンの死の“謎”――。特に誰も気に留めていなかったが、実は暴君ハリーの長年に渡る悪政の裏にはある“巨大勢力”が関わっていて、彼の死がやがてトルカ町の存亡に関わる“非常事態”に発展することになるのを、このときの死神たちはまだ知る由もなかった。


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