荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第6話 赤い悪魔【前編】3

「た、たしかに“普通”の女性だったら怖くてお付き合いなんて出来ないと思うけど……マ、マリアは先生だったら……きゃー! もう! なに言わせるんですかーっ」

「……」

 ボッと真っ赤に染まった頬を両手で押さえながらひとりで騒ぐ“乙女”なマリアをよそに死神は無表情で歩を進める――恐らく、彼は彼女の話をまったく聞いていない。

 好奇心旺盛な婦人たちを煙に巻いたのも束の間、今度は年代もバラバラな町の男数人が死神の前に立ち塞がると彼の周りを取り囲み、ジロジロと好奇の視線を向ける。マリアは突然現れた男たちの圧に怯むと、またもやコソコソとその場を離れた。

「おい、こいつじゃねぇのか? 例の死神って」

「あぁ、絶対そうだ。全身黒ずくめの若造で子ども連れ……何だ、噂通りただのやさ男じゃねぇか。本当にコイツがハリー=ウィルソンを殺したのかよ? 俺でも殺せそうだぜ」

「でも、みーんな噂してるぜ、こいつがあのクソったれを殺ったんだって」

「あくまで“噂”だろ? ――しっかしよぉ~まさか超凄腕の殺し屋“死神”がゲイだとはブッたまげたなぁ!」

「……ゲイ?」

 壮年の男が発した“ゲイ”という不吉な単語に死神は凍りついた――まさか、先ほどのニコラスとの一件がもう町中に拡散しているとでもいうのか? だとすれば、これは非常に由々しき事態だ――なぜなら、噂とは尾ひれ背びれであっという間に広まるものだから。

 もし、このまま“ゲイである”という噂が町全体に広まれば、殺し屋としても、男としても一巻の終わりだ。今、ここで何とか住民たちの誤解を解いて被害の拡大を食い止めなければ死神は世間的に死ぬどころか、“ゲイの殺し屋”として後世に語り継がれてしまう――それだけは絶対に避けなければならない。自身の“名誉”の為にも。

「えっ!?」

 突如として浮上した死神の“ゲイ疑惑”に他の男たちとマリアが思わず驚愕の声を上げた。

「ウソだろ!? コイツ“ゲイ”なのかよ!?」

「ニコラスが言ってたらしいぜ。四六時中――トイレも風呂も一緒だって」

「げーっ!」

「(やはり先ほどの一件が尾ひれ背びれで拡散している……おのれ、ニコラスめ……)」

「せ、先生……って、男の人が好きだったんですか……?」

 すぐ後ろのマリアが涙声になっている――失恋したと思っているのかもしれない。

「……」

 死神はゴホン、と大きな咳払いをして男たちの会話を遮断すると言葉を続ける。

「皆さん、それは誤解です。自分は断じて“ゲイ”ではありません。もちろん、ニコラスも」

「違うのか? でも、ニコラス自身がそう言ってたらしいじゃねぇか」

「ですからそれは誤解です。彼は被疑者の自分が悪さをしないよう、モーガンさんに命じられて監視役をしているだけです。それ以外に彼との関わりは一切ない」

「本当に?」

「本当です」

 きょとんとした男たちは互いの顔を見合わせると、どっと大きな声で笑いだした。

「なーんだ、そうなのかよ。ニコラスのヤツ、嫁に逃げられた寂しさでついに男に走ったのかと思ったぜ! はっはっはっ!」

「だよな~! 愛妻家で恐妻家のアイツが他人、ましてや男に走るなんざおかしいと思ってたんだよ! ったく、いったい誰だよ? ニコラスがゲイだとか言い始めたのは!?」

「俺も俺も! つーか、あいつがゲイとかキツ過ぎんだろ、気持ち悪くてゲロ出そうだ!」

「ケッ! なに言ってやがんだ、お前らすっかり信じてたじゃねーか! つーか死神、おめぇさん、やっぱりあの野郎の暗殺容疑かけられてんのかよ! いや~有名人となると大変だね~! ま、気を落とすなよ~!」

「……」

 噂の“真相”に納得したようで笑いながら去って行く男たち――何とか誤解が解けて胸を撫でおろす死神であったが、この一件でニコラスに対する不信感がさらに高まったのは言うまでもない。――そして不信感と共に“彼に喋らせてはいけない”ということを痛感させられた。


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