荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第5話 赤い悪魔【前編】2

「……」

 満面の笑みで不吉なことを言い残し嵐のように去って行ったマディソンにふたりは思わず呆気にとられた。

「行っちゃった……」

「心置きなく死んでいい、か。……やれやれ……“人でなし”とはどの口が言うのか」

「こ、こんなこと言ったら失礼だけど、葬儀屋さんも十分“人でなし”なんじゃ……」

「いえ、失礼ではないし間違ってもいません。彼もれっきとした人でなしです」

「……」

 町の命運を分ける非常事態かもしれないのに、相変わらず強欲なマディソン。金が絡むと人はあんなにも醜くなってしまうのか――ふたりの間に何とも言えない微妙な空気が漂う。

「ところで先生、みなさんが噂してる赤い悪魔っていったい何者なんですか……?」

「自分も噂でしか聞いたことがないので、詳しいことはわかりません」

「えぇっ!? 先生でもわからないんですかっ!?」

「マリア、いくら自分だからといって何でも知っているわけではありません。あまり買い被らないでください。――なにせ自分と同じで“赤い悪魔と遭遇して生き延びた者はいない”と云われていますから、情報不足なのも致し方ない。――こればかりは地道に情報を集めていくしかないだろう」

「ちょ、ちょっと待ってください! 生き延びた人はいないってことは……赤い悪魔は先生と同じくらい、もしくは先生以上に強いってことですか!?」

「そうなりますね」

「そ、そうなりますねって……」

 いとも簡単に答える死神にマリアは言葉を失った。

「も、もし相手が先生よりも強かったら、先生、死んじゃうんですよ!?」

「えぇ、死ぬ可能性は大いにある。ですが、相手が自分よりも強いからといって絶対に死ぬとは限らない。――もし、闘うことになればそのときは相手を殺すつもりで闘いますよ」

「そ、そんな……先生が死んじゃうかもしれないなんて……そんな……そんなの、やだ……!」

 死神が死ぬかもしれない――マリアの瞳は不安に潤み涙が再びボロボロと零れてきた。

「……まだ正式に赤い悪魔と闘うと決まったわけではありませんよ。ほら、涙と鼻水を拭いて落ち着きなさい。……まったく、あれほど泣いていたのにまだ涙が出るとは……あなたの瞳はまるで“オアシス”のようですね」

「うぅっ……ごめんなさい……」

 死神の小言がグズグズと涙ぐむマリアにチクリと刺さる――と、次の瞬間、どこからかグゥ~っと腹の虫の鳴く音が響いた。沈黙の中に突然響いた間抜けな音に死神とマリアは顔を見合わせる。

「……マリア……今の、あなたですか?」

「……先生が事務所に連れて行かれてから不安でご飯食べられなかったから……」

「……」

 相手に聞こえるほどの大きな腹の虫の音を聞かれてしまったマリアは、恥ずかしさで顔だけでなく耳まで赤くし身を縮める。ただでさえ小さいのに、余計に小さくなってしまった彼女に死神は思わず肩を震わせながら笑い声を漏らした。

「あなたは本当に面白い娘だ。……そうですね、自分もまだ食事をしていないので、これからレストランへ行って食事を摂りましょうか」

「は、はい! えっと、マリア、ハンブルク風ステーキ(ハンバーグ)が食べたいですっ!」

「フフ……では、参りましょう」

 ふたりは席を立つと、バーテンに挨拶をして酒場を後にした。


8 / 13

著作者の他の作品

舞台は17世紀ヨーロッパ。トランシルヴァニア公国の貴族「ギュスターヴ」の跡...

その場のノリと思い付きだけで書いた「荒野の死神」のハロウィンパロ。ただの...