荒野の死神 荒野の死神 第1部【トルカ町編】

【番外編】浜辺のシミガニ

 ネバダ州ホワイトパイン郡に位置する金鉱町“トルカ”へやって来て2日目――私はトルカ町を長年にわたり悪政で支配する悪徳町長の暗殺依頼を受けた。依頼人は町長の息子。信頼していた息子に裏切られるとは何とも皮肉な話だが、標的に同情の余地はない。そしてその日の夜中、標的を始末し無事に屋敷から脱出すると、私はそのまま宿泊先である酒場の2階の宿の自室へ戻った。

 のんびりと一服したのち、帽子とコートをクローゼットにしまい、服を脱いで寝間着に着替える。そして、脱いだ服を畳んで無造作にソファーに置くとベッドに横たわった。――いつもなら疲れなど微塵も感じないが、この日は珍しく疲れていたのか、ベッドに横たわり目を閉じるとすぐに意識が無くなった。


***


「……?」

 気がつくと私は浜辺にいた、見渡す限り真っ白な砂浜に目の前にはコバルトブルーの海、真上には眩しく輝く太陽と真っ青な空が広がっている。とても美しい景色だ。……が、何か妙だ。ネバダにこんな海はないし、何より視界が異様に低い……。砂浜に押し寄せる波もまるで津波のような迫力がある。

「……」

 明らかにいつもと状況が違うが、ここで立っていても何も始まらない――私は歩こうと足を動かした。が、足を動かした瞬間、なぜかバランスを崩し砂浜にぼふっと音を立てて倒れた。

「あ、歩けない……?」

 起き上がろうにもなぜか起き上がれない。ジタバタともがきながら何とか起き上がるも結果は変わらず、またバランスを崩して倒れる。――こんなところでいつまでも倒れているわけにはいかない、私は再び何とか起き上がろうと砂浜に両手をつく。するとその瞬間、私の目にあり得ないものが映り込んだ。

「――! こ、これは……!?」

 一度目に転んだときは起き上がるのに必死で気づかなかったが、砂浜についたその両手は手ではなかった。……ハサミだ、それもまるで“カニ”のような。だが、その手……いや、ハサミは真っ黒な色をしている……まるでインクのようだ。こんな真っ黒なカニが果たして地球上にいるのだろうか? ……いや、そもそもなぜカニなのか? いったい自分の身に何が起きたのか? ――状況がまったく呑み込めず私は混乱した。

「待て、落ち着け……本当に私が“カニ”になっているのならば、横に歩けば上手く歩けるはずだ。……もし、本当にカニになっているのならば……だが……。とにかく試してみよう」

 私は“横歩き”をするように恐る恐る足を動かしてみる、すると意外にも上手く歩けた。

「……歩けた」

 どうやら私は本当にカニになっているようだ。……到底信じられないことに。とにかく何とか足を動かして転ばないようゆっくりと浜辺を横歩きで進んで行く。幸い、周囲には天敵となる鳥も哺乳類もいないので、ひとまず喰われる心配はないと安堵するも、いつ天敵が現れるのかもわからないので油断は出来ない。

 しかもカニなので歩くスピードはとても遅い、襲われればまず逃げ切れないし、たとえ海中へ逃げたところで肉食性の魚に襲われる可能性もある。まさに“四面楚歌”といったところだ。


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