【新刊サンプル+α】初恋は叶わぬが運命なれど 我が初恋は永遠に朽ちず

吉見しろ
@yoshimi_siro

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初恋は叶わぬが運命なれど 我が初恋は永遠に朽ちず


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   たましいのりんかく




 小首を傾げて、繰り返してみる。今しがた彼に告げられた言葉を。

「なまえ?」

「そう、名前」

 暖かい日だまりの中、彼女を見上げたままハーレクインはこくんと頷いた。その両手には、それぞれ白い花を掴んでいる。

 今日も世界はひどく穏やかで、少し退屈なくらい、ゆったりと優しい時間が流れていた。昨日までもずっとそうだったし、これからもずっとそうだ。毎日がこんな日々の続きだった。

 普段通り、今日も仲良く一緒に昼食をとったディアンヌとハーレクインは、運動がてら祠からほど近い原っぱまで遊びに来ていた。

「全てのものにはね、名前があるんだ」

 そう語りながら、ハーレクインは両手に持った花を交互に見る。

 何気ない話がきっかけだった。その途中、突如思いついた顔になった彼は、辺りに咲いていた花を摘むとそんな話を始めたのだ。

「同じような白い花でもね、それぞれ違う名前があるんだ」

「ふーん」

 と相づちをうちつつ、ディアンヌはしげしげとそちらを覗き込む。

 確かに、彼の言う通りだ。同じ白い花弁こそつけているものの、その形も大きさも少し違うように見えた。

「こっちはコスモス。こっちは、ノースポール。少し似てるし、色も同じなんだけど、違う花なんだ」

「そうなんだあ」

 巨人族のディアンヌからすれば、彼が持つ小さな花の違いだなんて、さほども気にならない。教えてもらわなければ分からないほどの機微だ。

 しかし僅かといえど、違うものは違う。やっぱり大きさが異なると見える世界も違うんだなあと、ディアンヌは時折そう実感するのだ。

「ハーレクインはとってもものしりなんだね」

 違いだけではなく、その名前を知っているだなんて、すごい。純粋にそう思った。

 少なくても、まだまだ年端もいかない上、ずっと一人ぼっちだったディアンヌからすればとんでもない知識量だ。こんな風にあれこれ教えてくれる人物は、彼が初めてだった。

 心底感心してそう褒める彼女に、ハーレクインは「そ、そうかな」と満更でもなさそうに照れ始める。それを誤魔化すように、再び手元の花へと視線を戻した。

「だ、だからね、おんなじように見えても、それぞれみんな、違う名前があるんだ。花だけじゃなくて、全てのもの、オイラ達だってそうさ」

「ボク達も?」

 きょとんと小首を傾げる。「そうさ」と両手の花を一つに束ねながら、ハーレクインは頷いた。

「キミにだって、ディアンヌって名前があるだろ? 巨人族で、女の子で、焦げ茶色の髪にラベンダーの花の色の目ってだけじゃなくて、「ディアンヌ」っていう、特別な名前があるじゃないか」

「うん」

「だからもし、ここにたくさん巨人族の女の子がいたって、他のどの子とも違う、キミは「ディアンヌ」っていうたった一人だけの女の子なんだ」

 そう語るハーレクインに、彼女は「ふ~ん」と唸った。

 確かに、大勢の巨人族の少女の中に居たとしても、そう呼んでもらえれば自分のことだと分かるし、相手だって彼女を見つけられる。同じ名前の子が居ない限りはそうだ。

「オイラだってそうさ。妖精で、男で、記憶喪失で、こんな髪の色をしてるだけじゃなくって、ハーレクインっていう名前がある。おんなじ妖精の男でも、オイラは「ハーレクイン」っていう、他の誰とも違う存在なんだ」

「へえぇ」

「もちろん、オイラ達だけじゃなくて、みんながそうなのさ」

 そう語りながら、ハーレクインは両手に持った花を彼女へと差し出した。花を摘んだのは、ディアンヌにあげるのも目的だったらしい。

 いつだって親切で、優しくしてくれる。彼のそういうところが、ディアンヌは大好きだった。差し出されたそれを受け取ると「ありがと」と満面の笑みを浮かべる。

「じゃあ、よかったね」

「へ? な、何がだい?」

「キミの名前だよ。きおくそーしつだけど、お名前だけは忘れてなくて、よかったね」

 ハーレクインだなんて名前を知らなくても、こんな風に優しくしてくれるのは彼だけだし、他の子と違うって分かるけれど。そう思いはするものの、事実、彼の言う通りではある。

 大怪我した状態で見つかり、それが治っても記憶喪失の彼だが、幸いにして自分の名前だけは覚えていた。

 もしそれすら忘れてしまっていたら、ディアンヌは彼をなんと呼べばいいのかも分からなかった。万が一、その名も失ったままだったら、一番困るのはハーレクイン本人だったはずである。

 無邪気にそう思うディアンヌだったが、彼は何か思うことがあるのか「そうだね」と俯いただけだった。まだ、重要なことを何一つ思い出せていないのを、気にしているのだろう。

 素朴に心配になった彼女に、ハーレクインは少し難しそうな顔を向ける。

「名前にはね、魂が宿るんだ」




本文へつづく