ひかり射す庭にて。

雨降りの悪い夢

この小説は夢小説 (名前変換ができる小説) です。
キャラベルに登録してログインすると、登場人物の名前をお好きな名前に変更できます。

「やる気があるなら、歓迎するぞい」


森岡先生は優しかった。事故の後遺症で弓を引くことができないこと、けれど簡単な雑用ならできることと、


「あと、早起きは得意です。夜更かしは苦手ですが」

「ほっほ、それは頼もしい」


入部届は無事に受理され、なまえは、雑用係という立場での入部となった。七緒と遼平は喜んでいたが、部員として試合には出られないので、女子部員には申し訳なく思っていた。その女子は気がついたら三人に減っていた。あんなに大勢いた女子部員は、初心者の壁に阻まれたり、七緒のファンクラブの女子に気圧されたり、海斗が怖かったりしたらしく、ひとりまたひとりと減り、すっかりと弓道場は静かになっていた(ただ、弓道場の外から七緒を見に来る女子は減っていなかった。あれが噂のファンクラブなのだろうか)


男子も減っていた。小野木が怖いだの、基礎トレがきついだの。弓道はそんなに甘くないんだ、と海斗は毒づいていた。


そんな海斗がイライラする理由が、もうひとつ。

なまえと一緒に、湊も弓道部に入部届を提出していた。昨日はあんなに、弓はもうやらないんだと言い切っていたのに。


「…、歓迎するよ、湊」


部長になった静弥は勿論歓迎していた。遼平もだ。彼らは幼馴染らしい。七緒となまえ、そして海斗も幼馴染。意図せずして男子弓道部員はふたつの派閥に分かれそうになっていた。


昨日の今日で弓道部に戻ってきた湊を、海斗は面白くなさそうに見ていた。彼の弓に注ぐ情熱の量を、なまえは中学の頃からしっかりと理解していたからこそ、海斗が怒っていることも、なんとなくわかっていた。それにしても何が湊を変えたのか。早気だから、と。もう弓は引かないとあんなに拒んでいたのに。


(だから、海斗が怒るんだろうなぁ)


弓はそんな中途半端な気持ちではダメなのだと言う。それはわかる。けれど、湊にも何かあったのだろう。あんなに遠ざけていた弓をまた握ろうと言うのだから。早気を治して、また弓を引きたいと強く強く願いたくなる何か。羨ましいな、となまえの心にどろりとした感情が渦巻く。だって湊は弓が引ける。しゃんと背筋を伸ばして弓道着に身を包み、弦音を放てる。できないのに、なまえにはそれが、どうしてもできないのに。


湊の気持ちが解りそうだった。

でもそれは、違っていた。


やっぱりそうだ。僕は、違うんだ。



「なまえ、」


いつの間にか隣に七緒がいた。きつく握りしめられたなまえの手に、そっと自分の手を重ねる。

「また怖い顔してるよ?」

「うん、」

「ネガティブはダメだよ、なまえ」

「うん、解ってる、解ってる…」


よしよし、と握った手を確かめるように優しく包み込む。まったくこの双子の兄は、流石と言わざるを得ない。なまえの黒い感情が七緒にも伝わっているのかと思ってしまうくらい、七緒はなまえの感情の揺れに敏感だった。


「なまえは大丈夫、大丈夫だから、ね?」

「…うん、ありがとう、七緒」



自己紹介を双子で揃ってやった甲斐があり、校内では変な誤解もなくなってはきていたが、それでも知らない女子に一方的になじられることはあるし、ラブレターの橋渡しを頼まれることもあるし、女子の喜びそうなデートスポットを七緒から聞かれることもあった。仲良くしよう?と近づいてくる見知らぬ女子はみんな七緒を目当てにしているんだろうという気持ちが、なまえにはありありと解ったり。


それでも、そんな風にガールフレンドがいても、女の子が大好きでも、校内にファンクラブがあったとしても、如月七緒はなまえの唯一の双子の兄で、なまえには、お調子者だけれど優しい兄であった。


『なんで僕は、違うんだろう』



「僕」というなまえの一人称もそうだった。なまえは違う自分になりたかった。そうすれば七緒や海斗と一緒に、弓引きになれていたかもしれないのに。もっと、七緒と海斗の近くにいられるのに。何で自分は、『女の子』なんだろう。


「悔しいなぁ」


思わずぽつり、と黒い言葉がこぼれて、それを唯一聞いていた七緒が笑っていた。なまえは欲張りだなぁ、なんて言うものだから、なまえは首を傾げる。


「なまえは、俺に無いものいっぱい持ってるのに」

「…僕が?」

「お菓子作り上手なとことか、髪の毛サラサラなとことか、早起きすごいとことか」

「…七緒は、誰とでも仲良くなれるところとか、優しいところとか、…ええと」

「えっ!?もう無いのぉ!?」


今度こそ笑ってしまった。ああやっぱり、彼はすごいや。

黒い感情が消えていった。


「やっぱりなまえは、笑ってるほうがカワイイかな」

「そう?」



嫉妬の気持ちは、きっとまだなまえの心の底でずっと燻っているんだろう。それを燃やさないように、いつの日か消えるように。

なまえはもう忘れているのかもしれない。いや、事故のショックで記憶が消えてしまったのかもしれない。



(…なまえは、悪くない)



そう、悪いのは自分。七緒は誰にも言えない記憶を抱えて、優しすぎる双子の妹に寄り添う。


だって、


なまえは七緒をかばって、事故に遭ってしまったのだから。