ひかり射す庭にて。

夢で溺れる魚。

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朝日が登るよりも早く目が覚めた。

なまえにとってはいつものことで、二段ベッドの上ですやすやと寝息をたてている双子の兄も、これもまたいつものことであった。

ジャージに着替えてストールを巻く。

夜明け前は、まだ寒い。

「いってきます」


朝の散歩は、中学の頃からの日課だった。

玄関に、七緒の弓道具が置いてある。

その道具をじっと見ても、なまえにはそれを使うことはできない。


「僕は、引けないからなあ」


つぶやいて外へ。冴えた空気がひやりと目に染みる。

一時間ほど、朝日が登り始める頃まであてもなく散歩をして帰ると、七緒は起きて朝ごはんを食べていた。ただいま、と声をかけ、七緒の隣に座る。

「飽きないんだねぇ、なまえ」そんな七緒の台詞は、もう何度聞いたことか。

「飽きない。楽しいよ。七緒も歩く?」

「俺は勘弁!」

この会話も、もう何度目だろう。


トーストをかじる。バターは少なくていい。



…入学式は退屈そのものだった。七緒ともクラスが離れてしまったし。なまえは早く、双子の兄と合流したかった。

隣の背の高い男子生徒は、長い長い話に意識を手放し、うとうとと船を漕いでいた。

なまえは、生徒代表挨拶をじっと聞いていた。淀みなくすらすらと喋る涼しげな声、そして、同じように涼しげな目もとをした男子生徒だった。

彼はたけはやせいや、と名乗っていた(漢字は何と書くのだろう)


式を終えて出た外には、早速部活動の勧誘が熱を帯びていた。サッカー部、バスケ部、テニス部。運動部が多い。七緒が先に待っていてくれたようで、小走りで近づく。


「…なまえは部活、何にする?」

「運動部じゃなければなんでもいいかも」

「だよねぇ。…弓道部は?」

「…七緒、僕の言うこと聞いてた?」


そういえば、となまえと七緒、ふたりできょろりと辺りを見回す。いるはずの彼を探す。目的の男子生徒はきっと、いつものあの不機嫌そうな顔をしているはずで、そんな彼の仲裁と中和が、この双子の専らの使命だった。


「かっちゃん!見つけた!」

「あっ、いたいた」


ほうら、不機嫌そう。サッカー部の勧誘にあからさまにイラッときている赤毛に近づいて、七緒がぽんと肩を叩く。


「すみませーん、うちの、目付き悪くって」

「すみませんね、生まれつきなのですが」

「何言ってんだおまえら!」


サッカー部の先輩たちの間に緩やかに入る。七緒が、向こうから聞こえた黄色い声に手を振る。


「うぜぇ」

「七緒はモテモテだからねぇ」

「なまえはいいのかよ、それで」

「七緒がいいなら、いいんじゃないかな」


なまえはそう言うと、いとこの顔をじっと見る。

海斗も、弓を引くのだ。それはもう、真剣に。


「なんだよ、なまえ」

「部活動、かっちゃんは勿論、弓道部だよねぇ」

「そう言うお前もだろ、七緒、…」


七緒の言葉に海斗が言い淀む。

なまえは、そんなことは慣れっこだったのでさして気にしてはいなかったが、むしろ、自分のことで双子の兄といとこが遠慮してしまうことの方が気になっている。面倒なので言わないけれど。


「僕は放課後読書倶楽部かなあ」

「なまえ、なにそれ」

「今、僕が考えた」

「馬鹿かなまえ」

「馬鹿で結構。まあ、試合は応援しに行くからね、海斗も七緒も頑張ってね」

「おっけー!俺、めちゃくちゃ頑張るから、楽しみにしててね、なまえ!」


なまえは事故に遭ってから、利き腕が日常生活を穏やかに送るためだけにしか使えなくなっていた。激しい運動はダメ。重たいものも勿論、ダメ。ごくごく普通のことにしか、その腕を使えなかった。ただしこれは利き腕である右手に限ったことなので、多少ならば左手でカバーすることはできる。

そう、だからこそ、両手は、使えなかった。


弓を引くことなど、論外で。


それでも弓は好きで、好きで、好きだった。弓を引く七緒と海斗のふたりを、なまえはずっと応援していた。自分にはもうできないことを、なまえはふたりに静かに託していた。



部活動見学が始まった。が、なまえはとぼとぼと帰路についていた。一緒に行けば良かったのかもしれないけれど、あの場にいても何もできないことは、なまえにとっては苦痛だった。

今ごろは七緒も海斗も弓を引いているのだろうか。初心者に教える立場にでもなっているのだろうか。

そんな風にぼんやりと考えていたせいか、なまえは前を見ていなかった。足早に向こうからやってきた男子生徒とぶつかってしまった。強かに尻餅。


「痛たたた…」

「ご、っ、ごめん!」


柔らかな声だった。「立てる?」と手を差しのべてくれたその出で立ちは、すこし頼りない表情だったけれど、思わず出した手を握り、立たせてくれた力強さにはびっくりした。さすが男子。


「ありがとう」

「ごめん、俺、…ちゃんと見てなかった」

「僕こそ。お互い様だよ」


「湊!見つけた!!!!」

「げっ!」


みなと。それが彼の名前なのだろう。向こうから聞こえた声から呼ばれたのだろう彼は、颯爽と駐輪場の方へ逃げていった。湊を呼んでいた声が近くなる。背の高い、それでいて人懐こそうな生徒。あれは確か、同じクラスの山之内遼平。


「あれっ如月さん!?湊、見なかった!?えーっと、黒髪で短い髪の、男子!」

「…、みなとくん、なら、帰ったよ」

「そうかぁ…今日こそ弓道部に連れていけると思ったんだけどなあ…」


弓道部。なまえの心臓がどきりとした。


「…その、湊くんは、弓道、やってるの?」

「すっげー上手いよ!」

「そう、弓道部…」

「あれ、もしかして如月さんも興味ある感じ?」


いつの間にか彼のペースに引き込まれている。しまった、と思ったときにはもう遅かった。


「俺はさ、弓は中学の時にちょっとやっただけなんだけど…ほら、担任のトミー先生いるじゃん?トミー先生が顧問で!弓道部復活プロジェクトの真っ最中なんだよ!」

「…そう、なんだ」

「部員もたくさん来てくれてさ!経験者もいて、如月と小野木っていうんだけど、…如月?あれ、もしかして…、」

「…ああ、如月七緒は、双子の兄」

「そうなの!?」

「男女の双子って、似ないものなんだよねぇ」

「その口調、似てる!」

「えっ」


そのあとは遼平の話題はなまえに向けられた。双子なら、やっぱり弓はやるの?!好きな食べ物は一緒なの!?なんてキラキラした目でずいずいと詰め寄られ、逃げるに逃げられず、とうとうなまえは弓道場に引きずってこられてしまった。「兄弟が弓道部にいるんなら、見学だけでもおいでよ!」遼平の澄んだ目を見ると、断るのは気が引けた。湊が遼平に会う前に逃げたくなる気持ちも、解らないでもなかった。


「なまえ!?」

「お前、帰ったんじゃなかったのかよ」


弓道場に行くと、七緒と海斗がびっくりしながらなまえを見る。それもそうだとなまえはため息をついた。


「山之内くんに捕まって、引きずられた」

「…なんでだよ」

「湊くん?捕まえ損ねたらしくて、そうこうしてたら、僕が捕まった」

「ミナト…ああ、鳴宮…、あいつか…」

「…、海斗、怒ってる?」

「かっちゃん、弓が大好きだからねぇ」

「、?みなとくんも弓はやるんでしょ?」

「知らねえよ、あんな中途半端な奴」


海斗がピリピリしている。珍しい。

海斗が他人をあんなに嫌うなんて、珍しい。


「七緒、みなとくんのこと、後で教えてね」

「うん、いいよ。その代わり、一緒に帰ろ?最近はなまえ、一緒に帰ってくれないから淋しくてさ」

「…しょうがない」

「やった!ありがとね、なまえ」



「何なのあの子、七緒くんに馴れ馴れしい」


突然、そんな言葉が背中に刺さる。解っていたけれど。たくさんの女子生徒の殆どは七緒目当てなのだろう。パッと見て、中学からの同級生(なまえと七緒が双子の兄妹だと知っている人)は居なさそう。とはいえ、このまま七緒と別の部活で過ごしていたら勘違いされて何かしらあるかもしれない。それはごめん被りたい。なまえは、自分だけならまだしも、七緒に影響が出るのは極力避けたい。聞けば七緒のファンクラブまであるらしいじゃないか。


だから。