REGRET。

輪斗🐢
@rinto0329

デルマ



 のろのろと近づいていたソレが鎌のような手を振りあげて迫っていた。


「――っ!」 ――死ぬ!!

「兄さんっ!」


 凪谷は咄嗟に帯刀していた刀に手をかけその異形の攻撃を受けていた。


――ガンッ


 鈍い音と共に襲い来る衝撃を凪谷は全身の力でお受け止めた。不快な臭いが鼻につき呼吸が一瞬乱れるが、目線だけはその爛れた皮膚の奥にある瞳からそらすことは無かった。


「くっ! おらぁ!」


 渾身の力でソレを押し返し、心臓があるであろう胸元へ刃を突き立てると凪谷はすぐさま距離をとった。ぐちゃりと嫌な音をたてて地面に倒れるソレを一見し、大きな音をたてる胸の上に手を置き呼吸を整えた。


「はぁはぁ、⋯⋯なんだよこいつ」

「うっ、早く逃げよう。兄さんっ――」


――!?

 蛍はこちらを振り返った凪谷の後ろで再び立ち上がるソレを見た。思わず自分も腰にある銃へと手を伸ばしセーフティを解除する。

 それと同時に視界に黒髪が過ぎった。


「あはー! こいつは頭が弱点だよー!」

「優珠ちゃん!?」

「っ!?」


 一瞬だった。

 凪谷が振り返った時、既に異形のバケモノの首から上はそれ自身の後方へ転がっていた。そしてトドメとばかりにその首の眉間に刀を突き立てると同時にその異形のものは灰となってその場崩れ落ちた。


「もしかしなくても、だけど君たちデルマを見るのは初めて?」

「「⋯⋯デルマ」」


 二人の声が重なった。


「うーん。あ、もしかしてデルマって言い方がダメだった? 倭国辺りじゃ確か妖怪って言うね。ここら辺じゃ悪魔って呼ぶ人も多いよ」

「いや、デルマ⋯⋯、聞いたことあるが」

「僕達実際に見たのは初めてで、今のがデルマなんだね」


 優珠は少し驚いた表情を浮かべたがすぐにいつも通りの笑顔に戻る。


「デルマを見たことないなんて、君たち一体どこからやって来たの?」

「⋯⋯向こうに見える森の、奥の方だ」


 凪谷はしかめっ面で今来たばかりの大地を指さす。


「へぇ、あんな所にもまだ無事な村があったんだねぇ」

「えぇ、それってどういう?」

「蛍。それより、アイツらはいったいなんなんだ?」


 大げさに驚いた蛍を制しながら凪谷は優珠を見た。見た感じでは何処にでもいそうな少女であるが、先ほどの立ち回りは随分と場慣れした様子であったし、先程も今も彼女は怪物を殺したにしては涼しい表情のままだ。


「何って聞かれてもあいつらの目的とかはあたしもよく分かってないよ、ただデルマって言って、人を襲うんだ。んで、時々食べる」

「うっ、気持ち悪いね」


 先ほどの爛れた身体や頭部を思い出したのか、蛍は大袈裟に顔を顰めた。優珠はくるりと彼らに背を向けると近くにあった大きな石に腰掛ける。


「今から五百年程前に世界中で勃発した大飢饉、その直後にアイツらは現れたんだって。奴ら弱点を潰さないと死なないしやたら強いでかいヤツとかもいてさ、大きな国は各々デルマ対策なんてのが出来たみたいだけど、小さな国や村は大概奴らに食われて無くなったそうだよ」

「ごっ!? そんなに前からかよ?」

「そうそう。そのせいで国と国の交流が殆どできなくなったんだよ」


(そういうことか)

 二人が幼い頃に見たロゼオ神話、その1巻でロゼオは怪物に襲われる一つの村を救っていた。そしてそこの村人達に頼まれて立ち入った森の中で透き通る青い髪を持つ少女と出会い、その少女を仲間に入れるというエピソードがあった。今思えばあの依頼はデルマのせいで森の深くまで行くことが出来なかったためにロゼオに頼んだのだろう。デルマの事を詳しく書いていなかったのも、それがいる事がこの世界では当たり前のことだったからだと納得した。


「それで、デルマの弱点はなんなんだ?」


 この先旅をする上で必ず出会う敵の情報だけに、凪谷も蛍も真剣な面持ちだ。

 一方優珠はそんな真剣な二人を見て得意げな表情になった。


「ふふーん。それはね、身体の一部分だよ」


――??


「あははっ、面白い顔!」

「いや! ふざけんな!」

「こら兄さん、落ち着いて。もう、優珠ちゃんごめんね?」

「あはー! 二人とも対象的だね~」


 マイペースな優珠にまんまと振り回される凪谷に蛍は若干呆れ顔になる。


「うーん、でも間違いではないよ? デルマの弱点は黒く染まってる部分だから個体差があるんだよね~」

「え。そんなに曖昧なの?」

「うん。だから身体に弱点がある場合は直ぐに見つけられないし、もともと赤黒いから殆ど弱点は見分けつかないかな」

「まじかよ、そんな敵相手によく飄々としてたなお前⋯⋯」


 まぁ、あたし強いからね。とあっけらかんと言い放つ優珠に二人は妙な説得力を感じた。


「ところでさ、あたしからも質問していーい?」

「そりゃ、もちろん」


――答えられるか分かんないけど。蛍は両眉を下げてそう付け足した。


「デルマの事見たことないけど知ってるって言ってたからさ、何で知ったのかかなって」

「あぁ、それなら――」


――二人はここに来るまでの経緯を話し始めた。

 途中話しているだけではと優珠の目的である薬草を求め、前方に広がる森へ足を踏み入れつつ、大まかな流れときっかけを優珠に伝えた。


「ロゼオのようにこの世界を旅する事が俺達の夢だ」


 力強く言い切った凪谷に蛍もどこか得意げな表情を浮かべていた。

 優珠はその話を聞き、少し困惑した。


「えっと、二人はロゼオ神話を読みきかせて貰ったの?」


 パキリと小枝を踏んで立ち止まった優珠に続き凪谷と蛍もつられて立ち止まる。二人で顔を見合わせ、蛍が腰のポシェットから一冊の本を取り出した。その本は蛍の掌よりやや大きめで、表紙は赤紫に金色の装飾が施してある物だった。そしてその本の表紙には“何も書かれていなかった。”

 優珠はわかりやすく表情を変えるとその本を受け取りパラパラと頁をめくる。


「もしかしてこれって」

「あぁ。それね、母さんじゃないと読めないんだ」


 蛍は少し寂しげに呟いた。そしてその一言に優珠はとある事を確信する。


「これ、メモリーブックだね」


 優珠は真っ白な頁を眺めながらそう言った。