青ニ染マル世ヲ思フ.

【支度】

布越しの柔らかな日差しで夢から醒めた。

布団を退けて床に足を降ろす。ふわりとした絨毯の毛が少し擽ったい。

嫌な夢を見た気がした。

さっきまで確かに見ていた幻は、もう形を失って思い出せなくなっている。そんなことさえ何故か不安に感じられて、小さく身震いをした。

壁に備え付けてある鈴をいつものように鳴らす。チリンチリン、と澄んだ音がした。

しばらくして、コンコン、と分厚い扉が控え目に叩かれる。

「おはよう、エイミー」

少女が一人、静かに部屋に入ってきた。

「おはよう、メアリー」

「今日の気分はどう?」

「まあまあね」

幼馴染の側仕えは、そっと重いカーテンを開けた。途端に朝日が部屋中に満ちる。眩しくて思わず目を細めた。

「…嫌な夢を見たかも」

「本当?…夢違え、呼ぼうか」

「いいわ、はっきりとは覚えていないから」

「…そう、」

メアリーが少し首を傾げて頷く。

「湯浴みをしよう」

「ええ、」

朝の湯浴みは好きだ。私の中の嫌いなものが段々小さな泡になって、ぱちんと弾けて消えていく、そんな感じがする。

寝間着を脱いで、水に浸からないよう髪を高く結う。

滑らかな陶器の猫足のバスタブにゆっくりと足を滑らせると、ちゃぽ、と音が鳴って、水面が揺らいだ。

「…メアリーも入ればいいのに」

「私は只の側仕えだから、御子と同じ湯に浸かるなんて出来ないよ」

この子はいつもこうして私の言葉をするりと躱す。御子と側仕えなんてどうでもいい関係を、周りの目を気にし始めたのは幾つの時だったろう。

水面に浮かんだ青い花片を押したり寄せたりして遊ぶ。それはあまりに無力で、私に似ている、と思った。人工的に作られ、権力に守られて生きていく私に。

「今日の朝食の飲物は何にする?」

メアリーが二つのお団子を揺らしながら訪ねてくる。

「そうね…」

大きな天窓を見上げた時、ふと懐かしい顔が浮かんだ。そうだ、さっき夢に出てきたのは…。

「今日は珈琲にするわ」

「そう、分かった」

あの子は、どうした訳か珈琲が好きだった。

苦くて、独特の風味があるそれを美味しそうに飲むあの子を、私は不思議に眺めたものだ。

「メアリー、珈琲は好き?」

「…苦いし、あんまり」

「そうね、私も」

「…本当に飲むの?」

「ええ、克服しなきゃ」

不思議そうなメアリーに笑ってみせる。だって私は御子だから。

その言葉は喉で止まって出てこなかった。御子に苦手なものなんてあっちゃいけない。そんな概念思い込みなのに、それは私を縛ってやまない。

暫く湯に浸かったあと、バスタブを出て、柔らかなタオルで水気を拭き取る。

青いサテンのワンピースを着て、腕輪を嵌めた。

メアリーが左側の毛を一房取って、器用に細く三つ編みを結う。

そして、何より大切なもの。権力の象徴である、生粋の青宝石が付いたリボンを留める。

“私”が完成した。非の打ち所がない、完璧な絶対君主、御子。

「行くわよ、メアリー」

「はい、エイミー」

床をヒールで蹴って歩き出す。ドアを開け放つと、メイドが待っていた。

「御早う御座います、エイミー様」

「ええ、御早う」

一礼するメイドの前を通り過ぎて、食事の間に向かう。メアリーが黙ってついてくる。

御子は一切の罪を持たない、なんて嘘だ。私は毎日嘘をつく。

自分に嘘をつくのは何より愚かな罪だって、聖職者が言っていた。

仕方がない、支度を終えたら私は御子であるしかないのだから。

純粋なエイミーはもうここにはいない。私が殺した。

だって私は御子だから。