青ニ染マル世ヲ思フ.

【密約】

結局珈琲は入れ直した。アイツの世話をしていたらすっかり冷めてしまって、せっかくの一杯を無駄にしてしまった。これでただの馬鹿野郎だったら天使にどう責任取ってもらおう…。

「…あ」

視界の端で布団が跳ね除いた。ガバッ、と人が起き上がる。

「……ここは、」

「僕の家」

言いながら近付いてみる。…あ、凶暴な奴だったらどうしよう。別に強くないから、襲われたりしたらやばい。

「えっと…倒れてたから、(天使が)拾ってきたんだ」

「倒れてた?どこに」

「浜辺、」

「……覚えてない…」

頭を抱えて、ゆっくりと首を振る。まぁ、浜辺に倒れてたんだもんな。記憶が無くても不思議じゃない。

「名前は分かる?」

「ああ、分かる。住んでる場所とか…思い出とか、記憶はある。でも、浜辺…に行くまでの記憶が全くない」

「え?じゃあ記憶を無くしたのは一部だけ…」

「…そうだな」

何があったんだ?派手に転んで頭ぶつけた?でも、さっき軽く湯浴みさせたときに身体に目立った傷は無かった。やっぱり浜辺だから海で難破でもしたのか…。まぁ、天使が戻ってくれば分かることだ。

「はい」

熱い珈琲を渡すと、少し驚いた顔をした。

「…どうも」

「宝石持ってなかったけど、心当たりは?」

「宝石?」

「…え?」

「…何だ?それ」

疑念を込めて目を見る。…本気で分からないらしい。無くなってる記憶はここ最近だけじゃなかった。だとしたら…どうしてそんな状態に?分からない。謎が増えただけだ。

「覚えてないの?皆加工したりして身に着けてる…こんな風に」

左耳を寄せて、ピアスに加工した僕の宝石を見せる。シャラ、と金属の擦れた音がした。

「へェ…綺麗なモンだな」

「着けてないと変な目で見られたり怒られたりするから、君も普通に暮らしてたなら持ってるはず」

「怒られる?誰に」

「誰って…エイミー様だ。尤も、彼女自身がこっちに来ることは滅多にないけど」

「エイミー…」

彼は繰り返して呟き、ふいにはっ、と目を見開いた。

「何だ、今の…」

顔を手のひらで覆い、ふるふると頭を振っている。…もしかして。

「…何か思い出した?」

「…ああ…色々とな、宝石のことも思い出したよ」

指の隙間から目を覗かせ、僕を見てニヤリと歪める。

「本当に?…それは興味深い」

「丁度良い、俺も話がある」

彼も立ち上がり、二人で向かい合う。彼は息を吸い込み、その言葉を吐いた。


「反乱しないか」


「…待って、反乱?思ってたのとだいぶ違う」

正直混乱してる。なんで色々思い出したら反乱の話になるんだ。

「まあ落ち着け…座るぞ、話が長くなる気がする」

「え、ああ、ご自由に」

彼は椅子に座って珈琲を口に含んだ。どうやら珈琲は嫌いじゃないらしい。

「お前も座れよ」

手招きされたので、僕も行ってゆっくり腰を下ろした。

「で、反乱って何。まず誰に?何に?どうやって?」

「そうだなァ…」

彼は目線を窓に外した。

「エイミー様だ」

「…は?」

「目標はエイミー。アイツをどうにかする」

「そんな、馬鹿だろ」

気付いて少し悪寒がした。コイツが見てる先には、その目線の延長線上にあるのは、あの方向にあるのは。御子が住まう天宮だ。

「馬鹿?あんま舐めんなよ、大丈夫だ」

「はぁ?その根拠はどこに」

「なァ、弟さんよ」

「っ…!!」

弟。この野郎、なんで知ってる?只の平民がそんなこと知るはずない。

「成程、ただの記憶喪失野郎じゃなかったって訳」

「はは、気付くの遅ェよ」

段々苛ついてきた。油断はしない、こっちの情報は一切渡さないで向こうの狙いだけ聞き出す。

「で、続きは?」

「そうだな、まだ詳しくは考え中だ」

「嘘だろ?穴だらけすぎる、よくそんなんで言い出せたな」

一体何なんだ。全然分からない。ついていけない。コイツに深く関わるのは危険すぎる。

「まあまあ、俺は何せ只の平民だからな、そういうことに詳しくはないんだ」

「お前…分かってて言ってるだろ」

「さあ?」

彼はカップを傾けて珈琲を口に流し込んだ。

「なァ、考えてみろよ。この世界のシステム絶対おかしいからな」

「馴染めばそうでもないな」

「十人十色って言葉知ってるか?」

「知らない」

「古い言葉でな、意味はざっくり言えば…人それぞれってとこだ」

「十人に十の色ってことか、成程」

だから、と彼は言った。

「赤が好きな奴だっていて良いだろ」

「…好きなの?」

「嫌いじゃない」

理由が無い訳じゃないらしい。だからと言って賛同する気にもならないけど。

「何も平穏をぶち壊さなくても、」

「もうすぐ平穏は自然に壊れる」

ごく、と喉が鳴った。

「分かってるだろ、お前だって」

「…分かってるよ」

なぜか息苦しい気がして、席を立って閉めてあった窓を開いた。

「やろう、俺らで」

背中に絡む彼の声。

「壊れる前に、自由に色を選べる世界に変える」

冷静な僕はとっくに逃げ出していた。ゆっくりと振り返る。

「…乗ってやるよ」

発した言葉に飛びつくように声が追ってくる。

「本当か?よし、今から俺らは共犯者だな」

「但し、あまり物騒なことはしないから。あくまでお前をセーブするのが目的」

「はァ?…まあいいや、弟さんがいれば百人力だしよ」

「僕は“弟”じゃない」

「ハッ、事実だろうが」

確かに事実だ。でも、好きで“弟”やってるんじゃない。こんな肩書き、取っ払ってしまえたらどんなに楽だろう、何回そう思ったか。あの時だって──。

「お、そうだ。まだ名乗ってなかったな」

名前、そういえば聞いてなかった。名前も知らないであんな話してたのか。今思うと、僕も相当動揺してたんだな。

妙に緊張感が漂って、しっかりと目を見つめ合う。

「俺ァ、ノヴァだ」

ノヴァ。新星。…皮肉なもんだな。

「僕はライカ」

「ん、よろしくな相棒」

相棒?そんなこと思ってないし全然嬉しくない。反乱なんてしたくない、ましてや御子をどうにかするなんて。

血の繋がった、姉を。