Star Heart Story

RAY/kaede
@growler_ray

8話

─王都カレント:エルカナム噴水広場─


 いよいよやってきたレイルズのライブ当日。開催されるのは夜で、ここではない郊外の特設ライブステージだというのに、すでにこの広場もその話題で持ち切りとなっている。耳をすませば10秒に1回は「レイルズ」という名前が入ってくる程だ。


「すごい…こんなにみんなレイルズさんのライブを楽しみにしてるなんて」


 夕焼けに照らされる人々の顔は、誰も彼も楽しそうに見える。今から行く場所はそれほどまでに楽しいのだと実感すると同時に、カーレイはこれだけの笑顔を作り出せるレイルズを心から尊敬したのだった。


─「開場は7時、そのチケットを受け付けに渡せばあとは案内してくれると思うから、大丈夫だと思うよ」


「それと、そのチケット、下手に見せびらかさないように!カレントで物騒な話はまず聞かないけど、万が一もあるからね」


 服のポケットに突っ込んだチケットの確かな感触を確かめながら、レイルズに言われた言葉を反復する。とはいえ、そこの所は本人の真面目な気質も相まってほとんど心配がないようなもの。少し意地悪な言い方をすれば優しすぎるこの子が、そんな下らないことをするビジョンが見えやしない。


「けど、物騒な話を聞かないってすごいなぁ…」


 過去の記憶を辿っても、ここ以外のどこの街に行ったって治安を警戒するようには言われている。そのためここの治安の良さにただ感心してそう呟いた矢先、ある意味で非常に物騒な話が耳に届く。


「いいなーお前は取れて」

「日頃の行いがよかったからだな!盗みとかすんなよー?」

「だーれがするかよ、んな事したらレイルズちゃんも悲しんじまう」

「ああ、それに」

「女王様に氷漬けにされてバラバラバイバイが待ってる。だろ?」


 話を聞いただけで、カーレイの背筋が凍りつく。同時に、なぜ物騒な話を聞かないのかもすぐに理解できた。


「(女王様に殺されちゃうから…誰も悪いことをしないんだ…!)」


 女王の存在が、この王都カレントの凶悪この上ない抑止力。あらゆる悪に冷たき罰を、行き過ぎに両足を突っ込むこの女王の心構えが、この街の治安を守っている。それを認識した瞬間、カーレイの視界に青いフィルターがかかったような錯覚を与える。


「うう……寒気が……」


 チケットを持っているとはいえ、自分はライブに行くのは初めて。もしそこにマナーなんかが存在したら?知らずのうちにそれを破ってしまい、それが女王の逆鱗に触れたら?

 奥底にある心配性な自分が目覚め、カーレイ自身にどうしようもない警告を与えてくる。上りに上っていたテンションは、あっという間に地の底へと叩き落とされてしまった。


「あの夕日を見れば、少しは収まるかな…」


 沈んだ顔でぽつりと呟き、カーレイは歩き始める。行先は当然あの高台…グランセットの高台だ。


「はぁ……」


 そうしてやってきた高台から、望む夕日に溶けるため息1つ。心配してもどうしようもないことだとわかっていて、それでもなお心配をしてしまう自分に対する呆れも込めたため息だ。


「1000年以上生きたって、この性格はなんにも変わらないなぁ…」


 カーレイは椅子にもたれかかり、グラデーションを飾る空を眺める。


「お姉ちゃん……」


 そして、星界を想い、彼方の空へと無意識に手を伸ばす。頭に浮かんでくるのは戻れぬ世界、姉の顔、渦巻くマイナスの感情が、カーレイを襲おうとしたその時だった。


「カーレイちゃんっ!」

「うあっひゃぁ!?」


 後方から聞こえたのは、カーレイを呼ぶ声。自分だけの世界に閉じ籠もろうとしていた矢先だっただけに、派手に飛び上がってしまう。


「ふぇ、フェルセルさ…ちゃん」

「やっと呼び方変えてくれたんだね」

「はい…えっと、どうしてここに?」

「行ったでしょ、フェルセルのお気に入りの場所だって。カーレイちゃんと同じかそれ以上は来てるよ」


 そうにこやかに無邪気な顔で微笑むフェルセルを見て、カーレイの気持ちも少しは落ち着いてきたようだ。失意の表情から、段々と明るい顔に変わってきている。


「ところで今日はレイルズちゃんのライブ当日だけど…忘れてないよね?」

「あっ、はい。しっかりフェルセルちゃんに貰ったチケットも持っていますよ」

「内緒にした?」

「もちろ…ん……」


 そこまで言いかけて、レイルズにだけバレていた事をカーレイは思い出す。


「(本人だからセーフ……なのかな……)」


 本人にだけというのはセーフかアウトか、そんなくだらない物事が、先程までの冷え切った暗い思いを押し流して渦巻く。


「まさか……」

「いえ!バレてません!実質バレてません!」

「実質……?」


 僅かな怒りを込めた言葉にカーレイが反射的に返答し、その返答を聞いてフェルセルは奇怪な顔をする。

 その後も、時間を忘れて2人は会話を続けた。笑顔は少しも崩れず、心から楽しいと思って続けている会話だ。


「…ねぇ」


 そして太陽が水平線に沈むか沈まないかの頃合。フェルセルは、あの時と同じ大人びた顔をする。取り巻く空気が明らかに変わったのを、カーレイはすぐに察知した。


「フェルセル、嬉しいんだ」

「嬉しい、ですか?」

「そう、嬉しいの。こうやって顔と顔を合わせて楽しく話せる相手…友達、私にはいなかったから」

「なら、私が友達第一号ってことですね」

「なってくれる?」

「当然ですよ、フェルセルちゃんと友達になれるなんて、光栄です!」

「言い過ぎだよ、カーレイちゃん…」


 握手を交わし、2人はまた楽しげな笑顔に戻る。


「そういえば、ここに来た時、カーレイちゃん何か浮かない顔してたよね。なにかあったの?」

「え…と…」


 言われてから記憶を掘り返してみると、その時に考えていたのは星界の事か女王の事だけだった。星界の事はフェルセルに話しても仕方ないため、もう片方の方を口にする。


「女王様の事で…」

「女王様が…どうかしたの?」


 女王に対する恐怖の情などあまり言うべきことではないとわかっていても、ぼんやりとした脳と、ある程度心を許した相手が合わさってつい口を滑らせてしまう。


「~って話を聞いてしまって…ライブの時に目に止まってヘタをしてしまったらどうしようって不安になってました」

「カーレイちゃんは…カーレイちゃんは、女王様のする事、悪いことだと思うの?」

「…どうなんでしょう、わかりません。ただ私が言えるのは、"怖い"って事だけです」

「そ…っか…」


 気のせいか、一瞬、フェルセルの顔が悲痛に歪む。


「間違ってるとは思わないんです、けどやっぱり怖いなって。私がここに来て日が浅いからかもしれませんけどね 」

「………怖い…」

「どうか、しましたか?」

「っ、ううん、なんでもないよ」


 首をブンブンと左右に振り、フェルセルはいつも通りの顔を取り戻す。


「そろそろ時間だから、先行ってるね!遅れたら許さないからね!」

「え、あっ」


 手を振りながら、フェルセルは高台を駆け下りて行った。その行動からは焦りが感じられたが、それは果たして何に対する焦りだったのか。


「……って、私も行かないと!」


 気づけば辺りはすっかり夜。ポカンとしてはいられないと体を奮い立たせ、カーレイも高台を後にしたのだった。


「あそこでしょうか…って、すごい人の数!」


 郊外へ向かう道には、凄まじい数の人々が同じ方向へ向かっている。無論行先も全員同じ、レイルズのライブステージ言うほど人口密度が高くはないカレントではこのような光景は非常に稀だ。


「みんな笑顔…本当にすごいですね、レイルズさん」


 尊敬に期待、ポジティブな思考でいっぱいになった心と共にウキウキ気分で数十分。建物がまばらになりだした郊外にドンと明らかに目立つ物、ライブステージが見えてきた。陸の灯台かと見間違えるかのごとき光量のそれに、人の流れはどんどん吸い込まれていく。

 さて、それからカーレイはどうしたのかというと、結果から言えば無事にライブ会場に入ることは出来た。

しかし、本来行くはずだった特別席ではなく、人に囲まれた通常席へと案内された。(席と言っても野外だから立ってるのだが)


「私の歌を聞きに集まってくれてありがとーっ!」


 しかし無知なカーレイは案内されたのが通常席だと知れず、そうこうしている内に時間が来て、ライブが始まった。


「今日は最高に満足して帰ってもらうから、そのつもりでねーっ!!」


 ステージ上のレイルズが客席に何かを問いかける度に、巨大な歓声が沸き起こる。カーレイは最初こそその規格外の音量に萎縮してしまったが、2度3度と聞いていくうちに次第に慣れるばかりか、混じって歓声を飛ばす方にもなっていた。


「さっ、まだまだ行くよっ!」


 会場のボルテージはすっかり最高潮。その強さたるや、一体だけ平均気温が上がってるんじゃないかと錯覚するレベルにまで至っている。


「~♪」


 曲は既に4曲目、上がり続ける熱気に汗を流し始めたその時だった。

 …曲と曲の切れ目に生じた僅かな静寂に、悲鳴が響き渡ったのは。


「大変だーっ!」


 熱気の中の楽しげな歓声が、途端にどよめきへ変わっていく。


「モンスターだ!!」

「グラールフが出たぞ!」


 グラールフが出た。そしてその言葉を待ってましたとばかりに、1匹のモンスターが人混みの中から飛び出してライブステージに乗る。

 黒一色の体毛に、鋭い爪と牙。図鑑通りのようなその姿は、実際に対面したカーレイだけでなく観客までもが1発で分かるグラールフの姿だった。

 当然の事ながら、会場は大パニック。恐怖の悲鳴と雄叫びが飛び交い始めた会場にアナウンスが流れ出す。


「ステージから見て左側方面からお逃げください!右側からは直ぐに警備隊が入ります!」


 観客は我先にと駆け出す。そしてその中に紛れ込んでいたのか更にもう2体のグラールフが同じようにステージに降り立ち、レイルズを見つけて唸り出した。

 もはやこれまでか。あと数秒でみんなのアイドルは醜き肉塊へ姿を変えてしまうというのに、誰一人としてそれに立ち向かう愚か者はいなかった。


「ああ……」


 後ずさるレイルズ、近づくグラールフ。

 そして一体が一際大きな雄叫びを上げ、凶爪をレイルズに突き立てようと飛びかかった。刹那の間に迫る死の使者、助ける者は……

著作者の他の作品

「なにか不思議な感情がこみ上げてくる」「世界が変わって見える」これはある...

キレーネに負ける話(ド直球)後編IFはR18です