隊長と部下との境界線

やよい
@yay0izuki

名も知らぬ隊士達が次々と遺骸となって運ばれていた。涙ぐむ隊士も少なくはない。

が、またその隊士の名も沖田は知らない。


「少し無頓着すぎやしないか?」


以前近藤に云われた言葉だ。

それは部下に対してのものなのか、それとも死へ対するものなのか。

何にせよ、その言葉にすら興味が湧かなかった。

沖田は気のない返事を返し、近藤はしょうのない奴だ、と肩を竦めたのであった。


「覚えても皆直ぐに死んじまう。なら覚えても仕方ねぇじゃねぇですかぃ」


「あぁ、だからお前にはダチが出来ねぇんだな」


ぼやいた言葉に返ってきたのはそれこそ沖田の考えに興味がないといったような男の口振りで、一人なにかに納得している。


「茶化さないでくだせぇ」


第一、あんたもダチなんて居ないでしょうがとムッとして云い返せば土方は白い灰をとん、と散らす。


気に障った様子はないようだ。

少なからずカッ、となった沖田にはその態度が余計に腹立たしいのだが。


「俺は覚えてるぜ。昨日亡くなった奴の顔、名前、一人残らずな」


「……」


副長が下の奴を覚えてないとなると、指揮に関わるんだよ。と煙草を口にくわえ直すと、残された書類の山をこなしていく。


まるでお前は隊長失格だな、と云われたようであった。

無論それに否定の意義はないのだが、沖田は何とも煮え切らない顔で土方の背中を見ていた。


「あんたは俺に部下と上手く付き合っていけって言いたいんですかぃ?」


「お前のない頭に全員の顔と名前を覚えろなんて言いやしねぇよ。だが、少なくともお前を慕ってくれてる奴の顔くらいは覚えてやっても良いんじゃないか?」


飽くまで強制はしないがな、と土方が云えば沖田は低く唸る。

真選組は出来た当時こそは二十数名と弱小の組織であったが、今となっては百をも越す大組織。

時が経つのは早いもんだと、思い起こすのはまた別の話で。沖田は首を傾げこう漏らすのだ。


「そうは言うけど土方さん。俺を慕う奴なんているんですかねぃ」


週に一度、道場で一番隊隊長の沖田が直々に隊士の稽古を見る日がある。

簡単に云えば沖田の稽古は不評であった。

他の隊長格の教え方に比べ、随分と荒っぽいのだ。

一対一の勝負なら時に態と隙をつくり相手に一本を取らせる。

時には今のは良かったぞ、と褒めてやることが大事なのだ。それは近藤も口が酸っぱくなるほど沖田に云ったのだが、性分故か、それとも考え方の違いからか、沖田にはその指導法が出来なかった。


稽古と云えど稽古試合ともなれば一切手を抜かない。相手が参りましたと辞退するか、または気を失うまで打ち込むか。

それには近藤も諦めて何も云わなくなったが、内心溜め息を吐いていただろう。


「しかしお前のやり方が一番実戦にはむくだろうな。一番隊隊長にシゴかれた奴はそう簡単にくたばらねぇのが現状だ」


「……それって褒めてるんですかぃ?」


「そう聞こえたんならそうなんじゃねぇの?」

「何だからしくねぇや。今日の土方さん」


ははっと笑って、やけに素直な上司の背中をバシバシと叩いてやる。

いてェよ! と怒った口調ではあるが目は怒っておらず、


(まさか、あんたに慰められるなんてねぃ)


むず痒い気持ちになった。



土方の部屋を出て自室へと戻る途中であった沖田は、


「沖田隊長!」


一人の隊士と廊下で出会した。見覚えもなく、これといって特徴のない顔で、手には白いタオルが持たれていた。

あぁお前は、なんて言葉が出てくる訳もなく無難に おぉ、お疲れ。とだけ返してやった。


「先日は、どうもありがとうございました!」


そう云って隊士が躰を直角に折り、頭を深々と下げるから流石に驚き目を剥いた。

ずいっと差し出された白いタオルをパチパチと瞬きをしながら凝視して。隊士の顔をもう一度見れば酷く緊張しているのが伝わってくる。


「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、昨日の捕物の最中に負傷した腕を見遣って、隊長が止血にと」


云われて沖田は あぁ、と思い出す。

たまたま目にしたのが惜しみなく血を流していた人の腕で、顔も見ずに縛りつけてやったのだ。

それを律儀にも深々と頭を下げ、新しいタオルを持って返しにきた男に何故だか後ろめたさを感じてしまう。


「態々ありがとな」


自然と出た言葉に隊士は慌てて滅相もありません、と云うから沖田は思わず可笑しくて苦笑した。

そしてふと思ったことを口にしてみる。


「一つ訊きてぇんだけど、あんた俺のこと好きかぃ?」


尋ね方を間違えた。隊士の顔が真っ赤になり、慌てふためきながら あの、その、と喉に言葉をつっかえている。


「は、はい! 心より尊敬しています!」


整理して男がだした答えに、沖田は口許が歪むのを必死に堪えた。予想以上に、その言葉が嬉しかったのだ。

失礼します、と足早に立ち去ろうとする男を沖田は引き止めて。


「あんた、名前を教えなせぇ」


初めて自分の部下の名前を覚えた。

沖田は覚えた男の名前を忘れぬように何度も口で繰り返し、再び向かったのは土方の部屋。



「土方さーん!」


廊下に声を響かせながら部屋を開ければ先程と変わらぬ位置に居る土方が 煩ェよ! と、負けじと声を張る。


一番に報告したかった。


聞いてくだせぇと、沖田はとても嬉しそうな顔をして。


「俺のこと好きって言う奴がいたんでさァ!」


やはり今一つ言い回しが悪く、


「…ほー、何処の隊の奴だ?」


その隊士は、後々、沖田の知らない処でとばっちりを受けることになる。


それはまた別の話としておいて、


沖田が部下と溶け込めていったのは、この頃がはじまり。


著作者の他の作品

豪雨の日に真選組が駆り出されてお話

沖田隊長が隊入試験をするお話