ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

しらすちゃん
@srs_zzz

帆翔-2

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バタン、と音を立てて閉じられたドアを眺めながら、苗字名前はしばらくその場に立ち尽くしてしまった。

どこから整理していけばいいのか、と考える。

まず、頭を撫でられた。撫でられたところを手で押さえる。心配するな、という意味がこもっていたのだろうかと思案する。次に、玄関脇の棚に置いてある鍵を見る。キーケースについているわけでもなく、生身のまま無造作に、ポンと置かれている。外に出るときはこれを使えと言っていた。とりあえず、玄関の鍵を閉める。リビングに戻るところで、バスルーム…脱衣所のドアが開きっぱなしであることに気づいた。脱衣所の中をのぞくと、洗面化粧台に洗濯機、そしてドアが二つ。それぞれ浴室とトイレに分かれているようだ。好きに使っていい、とは言われたが、さすがに気が引ける。トイレに行きたくなったらコンビニに行こう、と脱衣所のドアを閉めた。

リビングに戻り、先ほどまで座っていた場所に座る。パソコンの横には、言われたとおり、いくつかの資料がクリアファイルにまとめられ、重ねられている。苗字の正面…相澤が座っていた場所の後ろにあるベッドの上には、先ほどまで彼が来ていた洋服が、乱雑に投げ捨てられていた。

警察無線を傍受した途端、スッと変わった相澤の顔つきを思い出す。

今までの気だるそうな顔から一転、ヒーローの顔になったそれに、素直に、格好いいと思ってしまった。その後、服を脱ぎだしたので大いに焦ってしまったのだが、それは置いておくとして。

「…本当にプロのヒーローなんだなあ」

ぽつり、と独り言ちる。相澤消太――イレイザーヘッドは、10年以上プロヒーローをやっていると聞いた。一方、そんな彼と同年代でもある自分は、先日の件を除けば――個性を使って人助けなんてしたこともないし、ましてや幸いにも敵に遭遇したこともなかった。この前まで、平々凡々の一般人だったのだ。それが、サイドキックとはいえ、ヒーローを名乗ることになろうとは。 自分で決めたとはいえ、あれよあれよという間にここまで来てしまった。まるでフィクションのようなサクセスストーリーだな、と思わず笑ってしまう。

もちろん、今の今まで散々考えている。本当に、ヒーローになれるんだろうか、と。

「なれるのか、じゃない、ならないといけないんだ…!」

パン、と両の頬を手で挟み、気合を入れる。今は、目の前のことを一つずつこなしていくしかないのだ。

クリアファイルに手を伸ばし、頭の片隅でヒーロー名を考えながら、資料に目を通し始めた。


***


ふとスマートフォンをみやると、時間は20時を回ったところだった。ここに来たのが17時ごろだったので、いつの間にか3時間も経っていたことに驚いてしまう。一通り、置いてあった資料には目を通したし、報告書の書き方も概ね把握をした。しかし、家主が帰ってくる気配が一向にない。ぐう、と腹が鳴ってしまったので、何か食べ物を買ってこようと立ち上がる。すぐに戻ってくるから、持ち物はスマートフォンと財布だけで大丈夫だろう。玄関に向かい、靴を履こうと屈んだところで、苗字の耳に聞き覚えのある声が届いた。動きを止め、耳を澄ませる。…声の主は相澤だった。 位置的に、エレベーターホールを出たあたりだろうか。普通の人間ならば聞こえるはずもない会話だが、人より何倍もの聴力をもつ苗字の耳は、どんなことを話しているかまで容易に把握することができた。

「人を待たせてるんだよ…ついてくんな」

「待たせてるだぁ?じゃあなんでお前、自分の家に向かってるんだよ」

相澤ともう一人、男性の声だ。こちらの声も、どこかで聞いたことがある。どこで聞いたのか思い出していると玄関前まできたのか、ドアノブがガチャガチャと動く。慌てて鍵を開けてドアを開くと、驚いた様子の相澤と目が合った。口を開こうとしたのもつかの間、ドアがバタンと閉められる。ドアの向こうの、会話が聞こえた。

「部屋を間違えた」

「はあ?!間違ってねえだろ!なんか隠してるのか!?」

「隠してない、なんでもない」

相澤の声とは対照的な、耳を澄まさなくても十分に聞こえるくらい、大きい声だった。やはり、どこかで聞いたことがある声だ。この声は、確か──

「嘘つけ!猫でも拾ったのか!?ええい、邪魔するぜ!イレイザーヘッド!」

「あ、おい、こら!」

相澤の静止もむなしく、勢いよく玄関のドアが開く。相対する二人。暫しの沈黙。

トサカのような髪型に、サングラスをかけた長身の男が、目を丸くして驚いている。その見た目は、苗字も十分に見おぼえがあった。

「プレゼント・マイクだ…」

「ちょ、え、女、の子…?」

苗字がぽつり、とその名前をつぶやくと、プレゼント・マイクが困惑の声を上げた。同時に、このあとどうなるか予想がついた相澤が自身の個性を発動する。

「っ…!」

「『だ』れぇぇぇぇ?!」

相澤の予想通りにプレゼント・マイクの個性発動し抹消されるも、音速で届く声の一部が彼女を直撃する。ほんの一瞬といえども彼の声は衝撃波となって、耳の良い彼女の脳をいとも簡単に揺らした。頭を思いっきり殴られたような感覚に、苗字の視界が歪む。

「苗字さん!」

頬にあたるひんやりとしたフローリングの感触。そして、水の中に沈めたスピーカーから聞こえるような、くぐもった相澤の声。彼女の意識はそこで途切れた。