彼女は"自身"を殺す【坂口安吾】

宇鷺林檎
@RingoUsagi1020

二話

………………ああ。

 溜息のような嘆きの声を一つ吐いて、どさりとベッドへ。深い深い海へ潜るような気分で、その身を突っ伏した。


 このまま、「現実」へ引き戻してくれるものがなければ、何日だって何週間だって、ここで泣き通してしまいそう。

だけれど、その役目を担ってくれていた唯一の存在は、私を見限って去っていった。


「……は……

はは……。

強くなれたと思ってたのにな」


『強い』って何?

穢され、傷つけられ、貶められても、平気そうに黙っていること?

ごく普通の、自分の好きな服を着て外を出て、そこで汚らしいケモノに喰われても、そこで波風を立てないこと?

それとも、弱者を甚振ること?

 もしそれが『強い』の答えなら、絶対に間違ってる。私はそう、勇気を持って言える。

「…………私にはわからないよ」

ねぇ、私がさ、悪かったからさ。

だから、私のそばにいてよ、安吾。

 もうあんたがいなきゃ、今の私は何も考えられないよ。


(……でも、あんたはもう、

私のお守りは疲れたんだろうな)


 目元がかっかっと熱くなる。

 じわりと溜まった熱い涙が、ぼろりと。堰を切ったように、鼻筋を超えて流れていった。

…………嗚呼。

何も考えられないや。

仕事、しなくちゃいけないけど、もう。

今は、もうわからない。




ぼうと蕩けて、輪廓がなくなった意識を、突然蹴飛ばしたのは、電話のベルが鳴ったからである。

 けたたましいベルの音色は、私のセンチメンタルも、涙の跡も、驚きと狼狽が塗り替えていく。

 慌てて、受話器の柄を引っ掴む。

「…………はい、もしもし」

 受話器の向こうから、こちらの耳に入ってくる喧騒は、電子信号化されて、なんだか血の通わぬロボットみたい。

 しばらくの沈黙の後、

『おい、さっさと仕事せんか太宰!』

 と、突然の男の怒号が飛んできて。

「あのぉー、もしもし。

情報屋の果暮さんでしょうか」

 飄々とした男の声が、唐突にそう聞いた。

「そうですけど」

「これから一時間後に訪ねても宜しいですか?お仕事の依頼なんですが」

「ああ……、わかりました。


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