ルシウス×後輩Deatheater

ねむい子
@kao_nashiko

夢見たものは

この小説は夢小説 (名前変換ができる小説) です。
キャラベルに登録してログインすると、登場人物の名前をお好きな名前に変更できます。

 おとぎ話の人魚姫は、人になることも叶わず、王子と結ばれることもなく、最後はひとり、海の泡と消えた。

 彼女の一生は、幸せだっただろうか。叶わぬ恋の果てに、死を選んだ彼女は。それでも、愛した人の幸せを願って死んでいった彼女は–––––。





 月のない夜だった。街全体が寝静まった真夜中、突如、闇を切り裂いて死の紋章が浮かび上がった。また、どこかで誰かが殺されたのだ。

 魔法界において闇の勢力である“死喰い人”は、その主、ヴォルデモートの思想に反対する勢力を粛清する。上流貴族であろうと、一般市民であろうと、関係ない。死喰い人たちには、主の命令を拒否する選択肢はない。より強い魔法使いを、より多く殺した者は、主からの信頼を得ることになる。主に忠誠を誓った死喰い人達の左腕には、闇の印が刻まれている。一度刻まれれば消すことはできない、主の僕として生きることを誓った印だ。リオの腕にもまた、その印は刻まれていた。


 「セブルス、見て。誰かしら。」

 「さあ……だが、今日あたり、あるんじゃないかと聞いていた。」

 セブルスと呼ばれた男は、窓辺で闇夜に浮かび上がる死の紋章を眺めるリオに背を向けて、椅子に座ったまま答えた。

 「……誰から?」

 「……。」

 リオの問いには答えず、セブルスは読んでいた本を閉じ、立ち上がった。

 「お前は今までに、殺したことがあるか?」

 「……何、急に。そんなの、」

 不意に訊かれて、リオは驚いた顔をしてセブルスを見たが、すぐに目を逸らして再び窓の外へ視線を戻した。

 リオが死喰い人となったのは、セブルスと同じく、ホグワーツ魔法学校を卒業して間もなくのことだった。それから、約一年が経とうとしていた。

 「そんな、意味のない質問には、答えない。」

 窓の外に浮かぶ巨大な髑髏の紋章を見つめたまま、平坦な声でリオは言った。


 セブルスは、在学中から闇の魔術に傾倒し、学年が進むにつれそれは加速した。そして、当然のように、卒業すると同時に、魔法界全体を恐怖で支配している闇の帝王の元へその身を委ねた。

 同級生だったリオとは、同じスリザリン寮に所属し、数少ない、親しく会話をする間柄であった。他人に対して一貫して興味を示さず、常に周囲と一線を置いて接するリオの性格は、一見とっつきにくいものであったが、内向的なセブルスにとっては、彼女のそういう所が居心地が良かったためであろう。

 だが、彼女から、死喰い人に加わりたいという意思を示された時には、とっさに返事ができなかった。確かに、リオも、“闇の魔術に対する防衛術”の成績は秀でていたし、知識も豊富だった。しかし、スリザリン生には似つかわしくない、優しい心の持ち主であることもセブルスは知っていた。不必要な殺生を嫌い、そもそも「死」というものを非常に忌み嫌っていた。

 「正当な死などあり得ない。」

 それが、彼女の信条だった。だから、純血以外を粛清するというようなヴォルデモートの思想ややり方を決して好ましくは思っていなかったはずだ。そのことで、何度かセブルスと意見を違えたこともある。だから、ヴォルデモート卿の元へ手引きしてほしい、とリオから頼まれた時は、何度も問い質した。何をすることになるか、分かっているのか?お前に、人が殺せるのか?–––––と。しかし、リオは頑として譲らなかった。しまいには、何度もしつこい、と、不快さを露わにした。そして、その瞳は真剣だった。セブルスの漆黒の瞳を、リオの琥珀色の瞳が射抜いた。

 なぜ突然そんなことを言い出したのか、と不審に思いはしたが、もしかしたら口に出さなかっただけで、彼女もいつしかヴォルデモートの思想に共鳴していたのかもしれない。言い合いになることを避けて、セブルスの方からその話題を意図的に出さないようにしていたから、気が付かなかったのかもしれない。また、リオは、それを声高に言うことはしなかったが、その血筋は“聖28一族”に記される、数少ない純血の魔法使いだ。純血主義を追求するヴォルデモートの考え方に共感したとしても、不思議はないだろう。事実、死喰い人には純血の魔法使いは多い。セブルスは、そうではなかったが–––––。


 「やはりな。お前に人を殺すことなどできないではないか。」

 窓際に立つリオの背中に近付きながら、セブルスは言った。窓に映った彼女の顔が、瞬間、強張ったように見えた。

 「来るべき時が来たら、殺しだって何だってするし、それくらいの覚悟はしてる。馬鹿にしないで。」

 リオは振り向いて、語気を強めた。

 「–––––その、来るべき時、とやらの動機が、不純だと言っている。」

 「あなただって同じようなものでしょ?セブルス。」

 「な……っ、私は違う!」

 「大して違わないはずよ。偉大な闇の魔法使いになって?その先は?」

 「………」

 琥珀色の瞳と、漆黒の瞳が、交差する。


 「……不毛だな。」

 先に目を逸らしたのは、セブルスだった。リオに対してとも、自分に対してともつかない言葉を、溜息とともに漏らすと、その瞳の色と同じ、深い漆黒色のローブを翻した。

 「今日は帰る。」

 「来たばかりじゃない。……言い過ぎた?ごめんなさい。」

 言い合いになると頑固なくせに、こんな風にすぐに謝ってしまう。セブルスには真似できない、彼女のそういう所も、二人が友人関係を長く続けていられる理由かもしれなかった。

 「いや、お互い様だ。怒っているわけじゃない。また、来る。」

 「……そう。じゃあ、また。」

 「ああ。」

 部屋を出て行くセブルスの背中を見届けると、リオはまた窓の方へ向き直った。階段を降りるセブルスの足音が遠のいていく。窓の外の暗闇からは、既に死の紋章は姿を消していた。

 一人残された部屋の中で、先ほどの会話を反芻する。お互いに、踏み込まれたくない部分まで、踏み込んでしまった。動機が不純、そう言ってしまえばそうだった。

 「大馬鹿ね……。私も、あなたも。」

 窓ガラスに手を当てると、指先から、刺すような冷気が身体の中に入り込んできた。


 突然、階下で物音がして、リオははっと顔を上げた。誰かが玄関を開ける音だ。セブルスが、戻ってきたのだろうか?足音は、まっすぐに、階段を上ってくる。自分から帰ると言ったのに、すぐに戻ってくるなんて、セブルスらしくない、と思ったが、ノックの音に続いて現れたのは、意外な人物だった。


 「–––––ルシウス先輩。」

 リオ達より6つ年上で、学生時代はスリザリン寮の監督生を務めた、ルシウス・マルフォイ。聖28一族に名を連ねる、由緒ある名家の当主である。ホグワーツ卒業後、彼もまた死喰い人として闇の陣営に加わっていた。歳は離れていたが、セブルスに特に目をかけ、卒業してからも何かと世話をしていた。そして、セブルスと親しいリオとも、自然と交流は深まっていた。

 「失礼。セブルスが来ているかと思ったのだが。」

 「……ええと、残念ながら、今日は……。」

 さっきまで来ていたのだけど、という言葉を、リオは何となく飲み込んだ。

 「そうか。それは残念だ。」

 貴族らしい、流れるようなプラチナブロンドの髪と、薄いブルーの瞳、豪奢な衣服を身に纏い、品の良い口許を少し歪めて笑う癖は、学生の頃から変わらない。

 「–––––それで、お前達は、いつ結婚するんだ?」

 唐突にルシウスが訊いた。それはリオにとってあまりに意図しないものだったため、思わず「はぁ?」と、間抜けな返事をしてしまってから、慌てて続けた。

 「あ、すみません、あの、私とセブルスは、そういう関係では全くないんです。」

 「何だって?てっきり、学生の頃から付き合っているものだと思っていた。」

 「いえ、一度もそんな関係だったことはないですし、良い友人なんです、お互いに。」

 「そうか……それは失礼した。」

 リオにとってルシウスの勘違いは本当に心外なものであったし、喜ばしいものではなかった。まさか、そんな風に思われていたとは。他の誰かであれば、別にどう思われていようとどうでもよかったが、ルシウスにそう思われていたことだけは、ショックだった。その気色が伝わらないように、リオは努めて冷静な声で、話題を変えた。

 「あの、ところでさっき、空に紋章が……」

 「ああ、あれは私だ。強情な闇祓いが居てな。愚かな奴だ。」

 吐き捨てるようにそう言うルシウスの瞳はどこまでも冷ややかで、リオは思わず息を飲んだ。

 「そう言えば、お前はまだ、任務を言い渡されたことがなかったな。」

 先ほど、セブルスに言われたことを、今度はルシウスに見咎められた。確かに、死喰い人でありながら、リオはまだ誰のことも、殺すどころか、傷付けてさえいなかった。ただし、今、ヴォルデモートの力は日に日に拡大していて、その配下に集う者たちの数も尋常ではない。そのため、直接任務を言い渡される者はその中でもごく一部であったし、他の多数の死喰い人たちの誰もが殺戮行為を行なっているというわけではなかった。

 「はい、私なんて、特筆すべき力もありませんし、ルシウス先輩みたいに……王、から、信頼を得ることなんて、できません。」

 「謙遜するな。お前の魔力が強いことは私がよく知っている。セブルスも優秀だが、魔力だけなら、セブルスよりも、強いかもしれん。私からあの方に推挙して、」

 「そんな……!先輩にそんなことをしていただくのは申し訳ないですし、私にはそんな力は、ありませんから、」

 リオは慌てて、ルシウスの言葉を遮るように言った。それが、ルシウスの気に障った。自分の言葉を否定されたことに対してなのか、死喰い人としての使命を受けることから逃げるかのようなリオの物言いに対してなのか、定かではなかったが、ルシウスの瞳には、明らかに、怒りの色が宿った。

 「–––––お前、恐れているのか?」

 急に、ルシウスの声から温度が消えた。低く、威圧感のある声に、リオは思わずたじろいだ。しまった、と思った。しかし、この上言葉を重ねれば、更に怒りを買うことは明白だった。また、口先だけで取り繕っても、ルシウスには通用しないだろう。取り乱しても仕方がない。

観念したリオは、ゆっくりと息を吐くと、冷静さを取り戻し、静かに答えた。

 「恐れてなど、いません。」

 そう言って、おもむろに左の袖口のボタンを外し、ブラウスの袖を肘まで捲り上げると、腕の内側を見せつけるように、ルシウスに向けた。そこには、さっき暗闇に浮かんでいた紋章と同じ、髑髏と蛇が、黒く焼き付けられていた。

 「この、印……一生消えない、この印をこの身体に刻むと決めた時から、覚悟はできています。」

 リオの瞳が、真っ直ぐにルシウスを捉えた。その挑戦的とさえ思われる視線に、ルシウスは、いつもの彼女には感じたことのない、胸の奥底で何かがチリリと灼けるような、感情を抱いた。次の瞬間、ルシウスは、剥き出しになったリオの腕を強く掴んだ。

 「ほう。–––––覚悟?どんな覚悟があると言うのだ?」

 そう言うと、ルシウスは、掴んだ右手に力を込めた。リオは痛みに思わず顔を顰めた。見下ろすルシウスの瞳は氷のように冷たかった。そしてその口許は小さく歪められ、薄い唇の端を上げて笑っていた。

 後から考えても、なぜそこでそんな行動に出たのかリオには全く分からなかったが、その時、彼女の胸に、抗えない衝動が沸き起こった。まるで何かに突き動かされたかのようだった。リオは空いている右の手でルシウスのローブの襟元を掴んで引き寄せた。ルシウスにとってはさして強い力でもなかったが、不意打ちを喰らったため、抵抗することもできず、リオの方へ体勢を崩した。そしてリオは、噛みつくように、ルシウスの唇に、キスをした。


 一瞬とも、永遠とも思われる時間の後、リオは、そっと唇を離すと、再びルシウスの瞳を見つめ、言った。

 「これが、私の覚悟です。」

 その琥珀色の瞳は先ほどよりも熱を帯びて幾分潤み、どこか悲愴感が湛えられているようだった。流石のルシウスも呆気にとられていたが、事態を把握すると、また元の冷ややかな瞳でリオを見下ろして、笑った。

 「……面白い。私がお前の物にはならぬと知っての“覚悟”か?」

 わざと選んだかのように、リオの胸を的確に突き刺す言葉を放つ。

 「知った上で、お前は私の物になる、と言うのだな?」

 リオは、胸の昂りと、溢れそうになる涙を必死で堪えながら、しかし、ルシウスの瞳から決して目を逸らすことはなかった。

 叶わないと分かっていたのに、気がついたら、愛しくて愛しくて、仕方がなくなっていた。叶わなくても、せめてこの人の近くに居たいと思った。馬鹿げたことだと誰よりも自分が知っている。だけど、それでも–––––。 

 リオは、掠れた声で答えた。

 「……はい。」

 告げるつもりはなかった。この不毛な片想いを、まさか成就させようなどと、そんな大それたことを考えていたわけでは決してなかった。ただ、同じ世界に身を置いて、少しでも側に居たかった。永遠に、愛される日は来なくとも、信頼を得ることはできると思った。そうありたかった。ただ、それだけだった。それなのに。予期せぬ方向へと回り始めた歯車は、もはや誰にも、リオ自身にも、止めることはできなかった。


 「–––––いいだろう。」

 言うが早いか、ルシウスはリオの身体を引き寄せると、その唇を自らの唇で塞いだ。荒々しい所作とは裏腹に、その指は、驚くほど優しく、リオの髪を梳き、愛おしむように抱き寄せた。それはまるで、新しい玩具を手にした子供が、傷を付けないよう、大事に大事にその玩具を扱うのに似ていた。

 ルシウスの腕の中で、リオは目を閉じて、胸のうちで呟いた。


 「私もあなたも、大馬鹿ね、セブルス。」

 




 おとぎ話の人魚は、叶わぬ恋を、叶えぬまま、愛する王子の幸せを祈って、ひとり死んでいった。

 私は、彼女のように純白には、生きられない。偽物でも、紛い物でも、手に入れずにはいられなかった。その先に待ち受けるのが、絶望でしかなくても。