★助手シリーズ★

ねむい子
@kao_nashiko

鬼の霍乱

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 冬のある日の昼下がり、外は一面の銀世界で、音もなく、リズムを乱すことなく降る雪は、その静寂の中で途切れることなく地上を純白に染め続けた。季節の変化や天候などとは無縁である、窓のない地下の一室でも、地上の雪景色を肌で感じるほど、刺すような冷気が部屋を満たしていた。


 「……先生、そんなところでいつまでもぐずぐずしていても、余計酷くなるだけですよ」

 咎めるような、半ば呆れたような溜め息を漏らしながら発された声の先に居るのは、セブルス・スネイプ–––––ホグワーツ魔法学校の魔法薬学の教師である。 スネイプはソファに全身の体重をあずけるように凭れ、閉じていた目をうっすらと開いた。その瞳はどこか虚ろで、常日頃生徒たちから陰険教師と恐れられている姿とは程遠いものだった。

 「……今、何時だ、」

 スネイプは億劫そうに首を少しだけ上げると、先程の声の主に向かって訊いた。普段より数段力のない、掠れた声だった。

 「午後3時35分–––––時間なんてどうだって良いから、早くベッドで休んで下さい!」

 リオは声を荒げてソファに近付いた。今朝、顔を合わせた瞬間からスネイプの様子がおかしいのは明らかだった。普段から蒼白い顔は更に血色が悪く、足取りも重い。声は掠れ、洩れる息は酷く熱を帯びている。どう見ても、風邪を引き込んでいた。

 「片付けはやっておきますから、部屋に戻って下さい。」

 「仕事が、溜まっているのだ……寝ている暇など、」

 「こんな状態で何の仕事ができるっていうんですか!現にそこでそうしたまま1時間は経ってますよ?!」

 「………」

 「先生!!」

 返事をせず、再び目を閉じたスネイプに、良い加減痺れを切らしたリオは、スネイプのローブを引っ張り、無理矢理ソファから引き剥がそうとした。しかし、身体の大きさからして、全身の力を抜いているスネイプをリオの腕力で動かすことができる筈もない。

 「もう…っ、先生、良い加減に、–––––っ!?」

 半ばむきになりながらスネイプのローブを掴んでいたリオの視界が、不意に揺らいだかと思うと、次の瞬間、その身体はスネイプの胸に倒れ込んでいた。勢いよく腕を引っ張られた衝撃を感じる余裕もなくなる程、リオはその体勢に激しく動揺した。

 「ちょっと、なっ、何するんですかっ!離して下さい…っ」

 「……お前は、体温が低いのだな……」

 リオの抵抗など一向に効果がないという様子で、目を閉じたままスネイプは静かに呟くと、空いている方の手で彼女の身体を抱き寄せ、心地良さ気にその冷たい額を撫でた。

 「それは…先生、熱があるからです!そうじゃなくて、こんな、ふざけてる場合じゃ無くて……っ」

 スネイプに腕をしっかりと掴まれているため、リオはこの状態から抜け出そうにも抜け出すことが叶わない。腕を振りほどこうと抵抗は試みるものの、スネイプの顔や腹を殴ってしまってはいけないと気遣って、全力で抵抗することもできずにいた。

 「先生……お願いですから……、」

 これ以上耐え切れない、という声で懇願するように云いかけて、リオは身体に伝わって来る、規則正しい寝息に気づいた。同時に、腕を強く掴んでいた力は徐々に消えていった。 今ならばスネイプの腕から抜け出すことは可能だったが、リオはそうしなかった。スネイプを起こしてしまわないように、という思いと、本当は、ずっとこうしていたいという、もう一つの思いと–––––。


 リオは、スネイプの助手としてホグワーツ魔法学校に赴任した。常に不機嫌で気難しいスネイプに慣れるのには時間がかかったが、魔法薬学に関するリオの知識の豊富さや、無駄のない彼女の言動をスネイプは気に入り、徐々に打ち解けていった。打ち解けたといっても、スネイプの愛想の悪さが特に変わったわけでもなく、馴れ馴れしく接するような親しさではなかったが、スネイプは、少なくとも仕事に関してリオを信頼しており、他人に何かを頼んだり任せたりすることをほとんどしない彼が、リオにだけは、種々の雑用や講義の準備や事後処理を任せるようになっていた。

 しかし、リオがスネイプに抱いている特別な感情は、スネイプは恐らく持ち合わせていない。リオはそれをよく知っているし、また、スネイプに自分の気持ちを悟られてしまったら、今ある均衡が崩れてしまって、永遠に元には戻らなくなる気がして、自分の気持ちは堅く隠している。それでも、こうして近くで過ごせることが、今の彼女にとっては幸せだった。

 そんなリオにとって、このような状況は拷問以外の何者でもなく、哀しい表情でスネイプの腕に抱かれていた。


 翌朝、昨日の不調が嘘のように、スネイプはいつも通りに広間に姿を現した。昨日、結局いつまで経っても目覚める気配のないスネイプに、リオはそっとその腕から抜け出すと、毛布を掛けてやった。そしてスネイプはそのまま朝までソファで眠っていたらしい。

 スネイプが、リオに昨日したことを覚えているのかいないのか……当然、そのような事を訊く勇気がリオにあるはずもなく、覚えていたとしても、恐らくスネイプにとってはどうでも良い事なのだろう。リオはそんなスネイプを恨めしく思った。同時に、胸が灼けつくような愛しさを感じた。

 リオは、今日も変わらず無言で降り続ける雪を見上げ、収拾のつかなくなったその気持ちに、溜め息を一つ吐いた。