鳶色の糸

物にも心がある

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雑踏と人々の楽しげな笑い声、子供たちの喧騒、道々を照らす提灯に威勢の良い客引きの声と食欲をそそる匂い。

ターミナルを背景に祭り囃子が鳴り響く中、久しぶりに着た浴衣の襟が気になり手を撫で付けた。

今日までの間に何度か着付けの練習をしたが、正直綺麗に着れているか自信はない。

人気のシルクちゃんとお妙さんが同時にお店に出ないというのは大変ではないかと思ったが、他にも売れっ娘は沢山いるからと休みを取ってくれたそうだ。

そんな優しい先生から合格は貰えるか不安を覚えつつ、二人を待つ。

祭りに来るのは何年ぶりだろうか。

人混みが好きではなくて敬遠していたけれど、やはり一歩踏み入れれば心踊る沸き立つ気持ちは押さえられない。

「連ちゃ~ん」

そわそわしながら待っていると、人垣の奥から私を呼びながら手を降るシルクちゃんが見えた。

手を振り返し、小走りで寄ってくるシルクちゃんを迎える。

「待たせてごめんねぇ」

「大丈夫だよ……お妙さんは?」

一緒に来ると聞いていたが、彼女の姿がない。

「お妙ちゃんね、急病の子のヘルプで来られなくなっちゃったの」

「そっか、残念」

「連ちゃん、その浴衣似合ってるよ~」

「ありがとう。見立てが良かったから」

私のために二人が選んでくれた浴衣は、生成りの生地に杜若が描かれている。帯も杜若に合わせた濃紫色。

シルクちゃんはピンクが好きなのだろうか、今日も淡い桃色の浴衣を纏っている。

「綺麗に着れてる?」

「うん、綺麗だよ~」

着付けもなんとか及第点を貰えて胸を撫で下ろす。

「それじゃあ、祭りを楽しみましょうか」

宵闇の空を照らす宴の灯りへ私たちは歩を進めた。

綿菓子にお面、りんご飴。射的やかたぬき、ヨーヨー釣り。

あぁ、懐かしい。子供の頃に親が連れてきてくれた地元の祭りの記憶が掠める。

焼きそば、お好み焼き、たこ焼きの粉ものの匂いは空腹を促す。

何を食べようか思案しながら屋台を見ていると、ひとつの店に目が止まった。

ゆっくりと歩んでいた足を止める。

「どうしたの?」

「ごめん、ちょっとあの店が気になって」

なになに~?と私が指差した店にシルクちゃんが向かってしまった。

慌てて私も後を追うと、客はおらず店先に一人の男の老人が座っていた。

屋台の商品に目を向けると、大小の簪が置かれている。

その簪の質は祭りで扱うような安物のようには見えない細工だ。

漆のような滑らかな仕上がりの物もあれば、彫金で仕上げられた物もある。

「きれい~」

良いものを客から貰っているであろうシルクちゃんも感嘆するほど。

私は深い青色の石がはめ込まれた銀細工の簪を手に取った。

「気に入ったかい?」

「はい、とても綺麗ですね」

露店商とはいえ上質だとわかる品だ、買える値段とは思えない。押し売りされても困るので興味を抑えつつ答えた。

「ひとつ千円でいいよ」

「え?」

千円で買えるような物じゃないのは私でもわかる。

「やすい~私、これにしようかな」

躊躇っているとシルクちゃんが小振りの桜模様が描かれた簪を手に取り購入した。

まいど、とやり取りをしている様子を眺めているとおじいさんが私に笑顔を向けた。

「お嬢さんはそれかい?」

「あの、良いんですか?もっと値が張るように感じるんですが……」

「いいんだよ、もう処分しようと思ってるんだ。残っても仕方がないから、気に入ったのなら買っておくれ」

なにか深い事情でもあるのだろうか、おじいさんの表情は寂しさが浮かんでいた。

簪を見つめているとシルクちゃんが隣のお店覗いてくるね~と離れてしまう。

「これはおじいさんが作ったんですか?」

「あぁ、そうだよ……ただ、もう年でね。目も悪くなってくる一方だし、納得のいく仕事ができなくなってきたんだ。後継ぎもいなくなって、もう店を畳もうと決心したんだよ」

゛跡継ぎもいなくなって゛その言葉に引っ掛かりを感じる。

「こんなに素晴らしい技術をお持ちなのに……」

「ありがとう......息子が生きていれば、残せたんだけどね」

あぁ、やはりこの人も家族を失ったのだ。脳裏に息子さんを亡くしたと語った平賀源外さんを思い浮かべる。

私はもう一つ、琥珀色の石がアクセントの簪を手に取りおじいさんにお金を渡した。

「これも友達に買います。大切にしますね」

「まいど」

優しげな目尻に皺を寄せて笑顔を浮かべたおじいさんは、手のひらの大きさの袋に入った物を手渡してきた。

中を見ると手鏡が入っていて、梅の花が描かれ漆で仕上げられている。

「貰っておくれ」

驚いて遠慮する私に二本買ってくれたサービスだよと囁かれ、そう言われてしまえば受け取るしかなかった。

プレゼントの簪と手鏡を巾着に仕舞い、自分の簪を手にシルクちゃんを探そうと辺りを見回したその時。

すっかり闇に包まれた空に、大輪の華が打ち上がった。

周辺の人々の視線も花火に奪われ、体が撃ち抜かれる爆音に雑踏はあっという間にかき消される。

世界は違えど花火は変わらない。色とりどりの華が咲き乱れ、私もまたその見事な花火に釘付けになっていると人垣の向こうから煙が爆発音と共に広がった。

花火とは異なる現象に人々はパニックになり、その場から逃げるように駆け出した。

「シルクちゃん!?」

咄嗟に彼女を探すと、通路向こうの屋台そばに立っていた。

慌ててそこへ向かうが人の波に逆うため歩く度にぶつかり、何度も転びそうになる。

あと少しでというところで、体の大きな男性とぶつかってしまい手に持っていた簪を落としてしまった。

逃げ惑う人に阻まれとても拾える状態ではない。

「連ちゃん!逃げよう!」

「一体何があったの?」

「わからないけど、もしかしたらテロかもしれないよ」

確かにこの状況であの煙が演出とは思えないし、現場付近にいたであろう客達も逃げてきていることから考えると頷ける。

危険性を思えばその場から離れなければならないことはわかっているのだけど、あの簪をどうしても諦めきれない。

「連ちゃん、どうしたの?」

「おじいさんから買った簪を落としちゃったの。それ探すから、シルクちゃんは先に逃げて」

「逃げないとあぶないよぉ」

「これは私のわがままだから、シルクちゃんを巻き込めない。お願い、先に逃げて」

私の言葉にシルクちゃんは渋々頷き、その場から離れた。

少しづつ人が減っていく通りに視線を落とし簪を探す。蹴られてどこかに飛んでしまったかもしれない。

<踏まれてぐちゃぐちゃかも……>

良からぬ想像をしながら目を凝らしていると、数メートル先に光る物が目に入り考えるよりも早く駆け出していた。

ふと逃げる人の中に、ゆっくりと歩を進める男に目が止まる。

黄色の蝶の描かれた着流し、不適な笑みを浮かべる顔の左目は布によって塞がれている。

市井の人とは明らかに違う雰囲気を纏い、その異質な風貌に私は息を飲んだ。

駆け出したはずの足は止まり、その人物から目が離せなくなっていた。

男は足元にあった物を拾い上げ、くるくると玩ぶ。私はそれが落とした簪であると気付きその様子をじっと見つめていると、男の視線は簪から私に移り交わった。

笑みを浮かべているはずの男の視線は鋭く、背中に緊張が走り体を動かすことができない。

その人は微動しない私のところへ来ると、簪を目の前に差し出した。

その時になってやっと理解した。この男は目が笑っていないのだ。

震える手で簪を受け取ると男はそのまま私の横を通りすぎて行く。フワリと嗅いだことのない独特の香りが鼻をついた。

普段なら直ぐに礼を述べるものを、今に限ってはそれが出来なかった。一呼吸遅れて振り向けど、彼の人の姿はもう見えない。

幻を見たのか夢うつつのような気分になったが道向こうからの騒音で私は我に返り、その場から逃げ出した。


*********************


私は食事もそこそこに室内に残る社長に集金回りに行くと告げ、勤め先の〈林檎ふぁいなんす〉を出た。

昨夜はシルクちゃんと合流し、お互いの無事を確認して帰宅する事が出来た。

祭りで起きた事は今朝の新聞一面に掲載され、それを読んだ私は仕事どころではない心境で午前を過ごし今に至る。

今日はいつもの集金業務のルートではなく、真っ先にその場所へ向かうことにした。

到着すると野次馬で人だかりが出来ていたので、掻き分け少しでも中が見えるように移動した。

以前来たときはけたたましい機械音が鳴り響いていた〈源外庵〉の入り口は黒服の人たちが立ち、中に入れないよう警備されていた。

建物前の広場は大勢の黒服達が何かを探している様子が伺える。

それもそうだろう。

新聞には昨晩のターミナルでの起こった事件の容疑者として平賀さんの名と顔が掲載されていたのだから。

容疑者なら工場はすでに捜査の対象だし、黒服の彼らは恐らく警察。

ただ記事には逮捕されたとは書かれておらず、平賀さんは犯行後どこかに隠れていると察しがついた。

ここへ来たのはここしか当てがなかったのと何か手がかりがあればと思ったからなのだけど。

<これじゃあ、入れない……>

私は集金ルートの合間に何度か訪れて、捜査が終わるのを待つことにした。

警察が去ったのはそれから4日後のこと。

いそいそと規制線テープを越えて中に侵入し、シャッターが閉じられた入り口に立った。

以前に置いてあったインターフォンロボットは無く、建物内に人がいるような気配も無い。

それでも何かしないと気がすまなかった私は、反応はないと分かりつつもシャッターを叩いて平賀さんの名を呼んだ。

シャッターを揺らす音だけが空しく響く。

肺に残った空気をやり場のない気持ちと共に吐き出し、やれるべきことをして少しスッキリした私は頭が冷静になっていくのを感じた。

こんなことをしてもなにも変わらないことはとうに理解している。

それに今の状況で会えたとしてどうするつもりだったのか。

よくよく思えば、自分の行動が可笑しくて自嘲してしまう。

源外庵に背を向け、私はふらふらとした足取りで立ち去った。

帰路の途中、見覚えのある佇まいの店に歩みが止まる。あの変な名前のリサイクルショップだ。

特に用はないのだが、なんとなく店内に足が向いた。

相変わらず薄暗く整然としない商品が並び、奥のカウンターにはあの着物美人の店長が新聞を読んでいた。

私の気配に気が付いたのか、素早く新聞を折り畳むと笑顔で挨拶を向けてくる。

「いらっしゃい……おや、あんた携帯電話を探していた......」

ここへ来たのはひと月ほど前なのに私の事を覚えていたのかと驚いた。

「覚えていたんですか?」

「洋装の客なんて、そうそう来ないからね。お目当ての物は見つかった?」

「はい、お陰さまで平賀さんに良くしていただいて……」

そうかい、と呟いた店主がふと手元の新聞に目をやった。

平賀さんのことはここ数日、新聞を賑わせている。店長もすでに知っていることだろう。

「……お礼、きちんと言えてないんです」

煙管を手にし火をつけ、煙をくゆらせた店長は私を一瞥する。

「ここにも警察の捜査が回ってきたけど、私はなにも知らないよ。会ったのはターミナルの祭りの何日か前に、そこにある機械人形を持って来たのが最後だ」

そこ、という視線の先に目をやると、見たことのある機械人形が置かれていた。

「これ、平賀さんのところにあったインターフォンロボ!」

「それがなんなのか知っているのかい?」

「はい、頭を叩くと呼び鈴のようにしゃべって来訪を知らせてくれるんです」

「ふーん」

私はインターフォンロボを抱き上げて、起動スイッチを探してみた。

ちょうど背中の部分にそれらしい突起があったので押してみる。

機械独特の音がロボットから発せられると、顔の中心に二つの明かりが点り、それが起動の証拠であることを示していた。

そっともとの場所に置いて、平賀さんがやっていたようにロボットの頭を叩く。

「イタッ!イタイヨッ!ドウシテ、タタクノ!ダレカッ!タスケテ!」

ええぇぇぇぇぇっ!

私はロボットからの思いがけない言葉に狼狽する。

「なんだい、虐待しているみたいじゃないか」

「いやぁ、前のときはもっと違ったんですけどね……」

なんだ、この居たたまれない気持ち......。

ショックを覚えながらロボットの電源を落とした。

「気に入ったなら持っていっていいよ」

「え?でも……お金払います」

「いらないよ、それタダで引き取った物なんだ。使い道もそれじゃあ客に勧めにくいし」

狭い店で荷物になりそうだから、と店長は本音で言っているようだ。

「こっちも多少なりと渡そうとしたんだけど、大事にしてくれる人に貰ってくれればいいって受け取らなかったんだよ。あんたなら大切にしてくれるだろ?」

なんだか平賀さんが私のためにくれたような気がしてしまい、ロボットを抱き締める。

「お言葉に甘えて連れて帰ります」

店長も満足そうに笑みを浮かべて、私を見送ってくれた。

自宅に戻っ私はタンスの上にロボットを置いた。

その傍らにはスマホがある。

繋がりがある二つの品が今ここに有るということに、不思議と平賀さんとはそのうち会えるような気がした。