鳶色の糸

澄んだ池の底にも淀みはある

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大きな画面に写し出されたアナウンサーの天気予報を眺めがなら、ベンチに囲まれた木の側で待ち人を待つ。

今日は快晴、買い物日和。待ちに待ったシルクちゃんとのお出掛けだ。

待ち合わせ時間より早く着いてしまったけれど、待っている時間も気にならないほど浮き足だっていた。

普段着用の洋服を持っていなかったので今日はいつものスーツ。回りを見れば洋服は私と天人くらいなもので、やはり勘違いされるのだと再認識した。

着物を買って着付けも一緒に教えてもらえるので、やっと着たきり雀から解放される。

今はどんな柄の着物が流行なのか観察でもしようか、そんな思いでベンチに腰掛けようと視線を移した。カップルと思しき男女らが占領していたが、一人分のスペースが空いていたのでそこに座ろうとしたその時、木の幹の影に男が辺りの様子を伺うように立っていることに気がついた。

誰かを待っているというには落ち着きがなく、むしろ誰かを探しているように感じる。

すると男が一点を見つめ、自然と私もその先を探すと数メートル先のベンチに女性が一人で座って休憩をしていた。

年のころは10台後半から20台前半だろうか。落ち着いた雰囲気を持ちとても美人だ。

女性の顏に見惚れてというわけでもなさそうで、かといって親しく声をかけるわけでもない。尾行という割りには周りに隠す風でもなく、ただ女性だけに気がつかれないよう遠くから見ているだけだった。

そのあまりにも不審すぎる行動に気がついているのは私だけのようで、休日を楽しむ他の人らは気にも止めない。

このまま知らん振りも出来るが、あの女性が事件に巻き込まれでもしたら気分も悪い。

注意を促すだけでも違うだろうか。

私は座ろうとしたベンチを通りすぎて、件のベンチに座る女性の隣に少しの隙間を開けて腰かけた。

勘違いならそれでいい、この行動が無駄になってもいい、万が一のことを避けるために行動に移す。

「今日は天気がいいですね」

「え?えぇ、そうですね」

まずは基本の天気の話題から会話の切り口を探す。

近くで見ると本当に綺麗な女性だ。大和撫子とはこういう女性を指すのかと思わせる。

「急に話しかけてごめんなさい。友人との待ち合わせに少し早く着いてしまって、手持ち無沙汰でつい」

「いいえ、大丈夫ですよ。私も買い物に来たのに開店時間を間違えて、丁度もて余していたところでしたから」

「じゃあ、お互い時間潰しで少しお話でもどうですか?」

「構いませんよ」

にっこりと笑顔の了承をもらえたので、私も笑顔で話を続けた。

「じゃあ、まずは自己紹介から。初めまして、私、日高連と言います」

「連さんと呼んでいいかしら。初めまして、私は志村妙。お妙でいいわ。今日はお買い物?」

お妙さんの問いに頷きつつ、口を開いた。

「最近、この辺りに越して来て、初めて出来た友人と買い物に。着物が欲しくてその友人に話したら一緒に買いに行きましょうって」

「素敵なご友人ね」

私の微妙な着物談話にも話を会わせてくれるお妙さんはとても聞き上手だ。

問題はどのタイミングで例の男の事を伝えるか。

ここはさりげなく私が気がついた風を装って、お妙さんに注意を促す方向で行ってみるか。

「では連さんはかぶき町に住んでいらっしゃるのね?」

「えぇ。今は社長の計らいで会社の上に住まわせてもらってるの」

会話は私の身の上話にいつの間にか変わり、お互いに打ち解けた雰囲気になった。

「偶然ね、私もかぶき町のクラブで働いているのよ」

かぶき町のクラブで働いているのならば、彼女のストレスを感じさせない話術も頷ける。

軒を連ねる水商売の店に興味はあれど、正直一人で入る勇気もなかったし、飲み屋に一人も寂しいのであえて避けていた。

もともと家飲み派なので、外で飲むのは付き合いか誰かと一緒だったのだ。

「お妙さんがいるなら今度、行ってみようかな。女性はお断り?」

「そんなことないわ、女性も大歓迎よ。ぜひいらして」

お妙さんはそういうと名刺を取り出そうと鞄に気を向けたので、その隙に私は隠れている男の方に視線を移す。

木に隠れていてここからははっきりと見えないが、時おりこちらを覗き見る影を捉えていた。

「はい連さん、これ……どうしたの?」

私がじっと木の方を見ていたからか、お妙さんが不思議そうに尋ねてきた。

これはチャンスとばかりに、私は話を切り出した。

「あの、お妙さん。さっきから気になっていたんだけど、むこうの木の影からずっとお妙さんを見ている人がいるような……」

「え?どこに?」

「ほら、あそこのベンチに囲まれた木のところ。気のせいならいいんだけど、お妙さん綺麗だしもし変質者とかだったら」

大変と言い終わる前にお妙さんがベンチから立ち上がり男の方へ歩き出した。私も慌てて後を追う。

「お妙さん?」

「大丈夫よ、連さん。原因はわかっているから」

言っている意味が分からないが、笑顔を浮かべているはずのお妙さんの顔が心なしか怖い。

木の側まで来たお妙さんは、隠れているであろうその怪しい男に向かって声をかけた。

「近藤さん、何しているんですか」

その言葉に不審者の男が出てきた。

「さすがお妙さん、よくわかりましたね!やはり俺たちは以心伝心、運命共同体、末は一緒になる赤い糸でぶへらぁ!」

男の言葉に意も介さず、お妙さんは顔に拳を沈めた。

「いい加減にしてください、まだ懲りてないんですか」

「俺は諦めませんよ。何度殴られようと、貴方の愛を受け止めるために俺は生きていrぐふぉぉ!」

「存分にどうぞ、受け取ってくださいな」

笑顔のままお妙さんは男に殴り付ける。男の方はやり返すどころか少し嬉しそうな表情でそれを受け止めていた。

女性からの一方的な暴力に唖然としつつも、男の雰囲気が緊迫した状況には感じさせず見ていることしかできない。

「連ちゃん、お待たせ~」

止めようかどうしようか考えていたとき、背後から気の抜けた声が掛かった。

振り向けばピンク色の花柄の着物を着たシルクちゃんが立っていた。

「何かあったの~?あっ!お妙ちゃん!」

「あら、シルクちゃん?」

「どうしてここに?連ちゃんとお知り合い~?」

私とお妙さんを交互に見つめながら不思議そうにしている。

もしかしてお妙さんの職場って〈すまいる〉なのか。

「お妙ちゃんは何してるの~?」

「ちょっと害虫駆除を......ねぇここで立ち話もなんだし、一旦どこかに入りません?」

「え、でもあの人を警察に突き出したほうがいいんじゃ……」

「平気よ、あの人が警察ですから。それより行きましょ」

不審者の男性はお妙さんによって意識が正体不明となっていた。それに彼女も気に止めていない。

あの人が警察とはとても見えないのだが、というかそれが本当なら暴力で訴えられないのだろうか。不安に感じていると「ほら」と腕を引かれたのでそのまま見なかったことにした。

私たち三人は近くのレストランに入り、改めてお妙さんとシルクちゃんに説明をする。

「連さんのご友人ってシルクちゃんの事だったのね」

「そうだよ~連ちゃんとは友達!」

私の腕に絡みながら仲良しのアピールをお妙さんに示す。シルクちゃんだとこういう行動もいじらしく私はデレてしまう。

一人っ子の私には年の離れた妹が出来たように感じてしまい、溺愛状態だ。

お妙さんはそんな私たちを微笑ましく見つめている。

「そういえば、お妙さんとシルクちゃんは同じ職場なの?」

「そうよ。シルクちゃんは先輩だし、お店のエースなのよ」

「え~?お妙ちゃんの方が私よりお客様に人気があるし、とってもとっても頑張りやさんだから私も皆もすごいねぇっていつも言ってるんだよ」

そんなことないわよ、とお互いに謙遜しあっている。二人のタイプは被らないのでお客の層も違うのだろう。キャバ嬢にありがちな足の引っ張り合いや陥れるというようなドロドロとした世界は感じられない。

むしろお妙さんは頼れる姉御肌に見える。シルクちゃんに何かあれば手助けもしてくれそうだ。

「二人はどこで知り合ったの?連さん、お店も来たことないんでしょ?」

あ、これは不味い展開だ。シルクちゃんの借金は話せない。

「連ちゃんの会社の同僚さんが、私のお客様なの。アフターで偶然会って紹介してもらったんだ。連ちゃんかぶき町がわからないから、色々教えてあげてって。ね?」

言い訳を頭でフル回転していた私の横で、すらすらと話し出す彼女に驚きつつも相づちを打った。

ナイスフォローです、シルクちゃん。

「う、うん。それで今日はお買い物まで付き合って貰っちゃって」

「あのねぇ、連ちゃん事情があって着物を持っていないし着たこともなくて困ってたの。だから私が一緒に着物を選んで着付けも教えてあげるって約束したの」

「まぁ、そうなの……ねぇ、よかったら私にも手伝わせて」

思わぬ申し出に目を丸くした。

「安くていい生地を置いている呉服屋さん知っているのよ。それに着付けの練習をする場所も必要でしょ?かぶき町から近いし、部屋だけはたくさんあるから私の家でやるといいわ」

「でも、迷惑じゃない?」

「困ったときはお互い様よ」

朗らかに笑いながらいうお妙さんは本当に頼もしく思えた。シルクちゃんはお妙さんの参加を手放しで喜んでいる。

すまいるの従業員と親しくなることに多少の抵抗感はあったが、会社で特に注意をされている訳でもないので断る理由も見つからない。

ほんの少し思案したあと口を開いた。

「じゃあ、言葉に甘えて宜しくお願いします」

今日は賑やかな一日になりそうだと、二人の笑顔に私も微笑んだ。

女子が三人も集まればあれやこれやと話題や興味が逸れつつ、お妙さんが今日は出勤なのだと知るやさっさと買い物を済ませてお妙さんの自宅へ移動する運びとなった。

目の前に現れた立派な門構えに圧倒されているとお妙さんがどうぞと案内役を勤める。

お手伝いさんが出迎えをしそうな大きな屋敷だが、一歩立ち入ると人影がない。

居間に通されるまで誰にも会うこともなく、私は疑問を投げ掛けた。

「お妙さん一人で住んでいるの?他にご家族は?」

「弟が一人いるわ……二人で住むには少し広すぎるの。だから遠慮なく使ってちょうだい」

彼女があまりにも自然に話すので聞き落としてしまいそうになったが、両親がいないことに気がつく。

込み入ったことを聞くつもりはないが、たった二人でこの広い屋敷を切り盛りをするのは大変だろう。

普通に考えればお屋敷に住めるような良いところのお嬢さんがホステスという職業を選んだのも、ご両親がいないが故の収入を優先した結果の選択だったということだ。

先日の花子さんを思い出し、私は口をつぐんでしまった。

「お妙ちゃんのお家は剣術道場なんだよね~?」

「そうよ。昔は門下生が沢山いて、何人かは下宿も兼ねていたから毎日が賑やかだったわ」

時代の情勢と家庭の状況で続けられなくなったのだろうと察する。

たった一人の家族と過ごすにはこの家は寂しすぎる。でも、お妙さんは感傷に浸るような様子は見せない。

「だったら部屋が勿体ないからたまに女子会をするのも良いかもね」

「あら、良い提案だわ」

「やろやろ~!」

でもその前にまずは着付けの練習ね、と当初の目的どおり先生二人を前に教習が始まった。

着物の知識がゼロの私のために、二人が選んでくれた着物に袖を通す。

予算的に1枚が限度かなと思っていたのだが、シルクちゃんとお妙さんが帯揚げ帯紐のお下がりをくれたのと、お妙さんが紹介してくれた呉服屋で安く手に入れることができて、着物2枚と帯3本、襦袢や足袋、草履などの小物を新しく揃えることが出来た。

それと浴衣一式。なんでも今度、ターミナルでお祭りがあるらしく、一人で着付けの練習するのに丁度良いから三人で行こうという事になった。

ここで覚えないとお祭りにいけないので、必死になる。

「連さんって着物着ると雰囲気変わるわね。とっても似合うわ」

「お妙ちゃんもそう思った?私も連ちゃん、着物似合うなぁって思ったよ~」

「ありがとう。でも、普段着てないから着物に着られている感じがする」

締め付けられたことがない帯回りが苦しいし、稼働範囲が狭められてぎこちない動きになってしまう。

所作というものが身に付いていないので、不自然になってしまうのだ。

「大丈夫よ、何回か着ているうちに着なれてくるわ」

「そうそう、そのためのお祭りだよね~」

習うより慣れろ、という事か。

今日は着物を着たまま帰って、家では畳み方の復習をすることにした。

わからなくなったらいつでも連絡していいと、お妙さんと携帯電話の番号とメールを交換もした。

気がついたら二人目の友達ができて嬉しくなる。

そろそろお妙さんが出勤の時間だという頃に、玄関から「ただいま戻りました」と男性の声が聞こえた。

「あら、新ちゃんだわ。丁度よかった、弟が帰ってきたから紹介するわね」

迎えにいって戻ってきた彼女の横にいる弟のしんちゃんを見て私は驚愕した。

「あ!!」

私がこの世界に来て初めて入店したお店のウエイターだった眼鏡くん。

上司に殴られ、あまつさえ暴動の犯人に仕立てあげられていた眼鏡くん。

私が驚愕していたので、眼鏡くんもとい<しんちゃん>も驚いてしまっている。

「あ、え?あの……」

「どうしたの、連さん?」

「ご、ごめんなさい」

なんでもないです。というと怪訝そうにしつつもお妙さんは紹介を始める。

「こちらはお友だちの連さんとシルクちゃん」

「初めまして。志村新八です」

お互いに初めまして、と挨拶を交わす。

「弟くん、お妙ちゃんに似ていて美男子だねぇ。将来が楽しみ~」

「えぇ!そんなことないですよ。ていうか美男子って……」

どうせなら男らしいとかそういうのが、ともごもご言っている。

女の子のしかも飛びきりの美人なシルクちゃんに言われて悪い気はしないだろう。新八くんは顔を赤くしながら謙遜しているが、私も新八くんは美男子の部類に入ると思った。

それにやっぱり姉弟だ、雰囲気が似ている。

「姉弟かぁ。私一人っ子だから羨ましいな」

ついと口にしてしまった言葉にお妙さんはやんわりと伝えてきた。

「私でよければ、いつでも姉妹になるわ。連さんはお姉さんになるのかしら」

聞けばお妙さんは18歳、新八くんは16歳とのことで、未成年に水商売させてるのかーと驚きつつも江戸時代の成人年齢は低かったんだっけ?そもそも飲酒に関する法ってあるのか?と訳がわからなくなったので言及はしなかった。

そんな私の横でシルクちゃんも「私も姉妹になる~」と騒ぎついには、それなら新ちゃんも弟ねと話が広がり、可愛い妹二人だけでなく弟まで出来てしまう。

「いつでも来てね、連姉さま」

言われたことがない呼び掛けに、嬉しいような気恥ずかしいような気持ちが全身を包む。

近いうちにまた会いましょうと約束を交わし、志村家を後にした。

そういえばシルクちゃんの年齢を聞いてないなと、二人で夜の道を歩きながら私は思い出す。

「ねえ、シルクちゃんはいくつなの?」

「え~?……私はーたぶん20歳くらいかなぁ」

微妙な物言いに不思議に思っていると、シルクちゃんは困ったような笑いを浮かべた。

「気がついたら親がいなかったから、よく覚えてないんだ~」

この世界に来てから出会った人々は、私が想像も出来ない人生を歩んでいる。

これが普通なのだと割りきるにはあまりにも環境が違いすぎて戸惑ってばかりだ。

それなのに境遇を悲観する事もなく、繰り返す日常を懸命に生きている姿は眩しく思える。

やがて鮮やかな看板が視界に入った。

かぶき町は何かしらの事情を抱えた人間がたどり着く、淀みのような場所なのだと今なら理解できる。

私にとっては居場所だったように、身を寄せ合い足りないものを補完する町。

「そっか。じゃあシルクちゃんにも妹と弟が出来たってことだね」

うん、と小さく頷く彼女の体を抱き寄せて、私たちは華やかなネオン輝くかぶき町の奥底に沈むように身を委ねた。