鳶色の糸

夢見れば夢は叶うものじゃない

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門の陰から中を伺うように子供たちが遊ぶ姿を覗き見る。

今日、入所したばかりの雄太くんが広場の片隅で座り込んでいるのが見えて、あらゆる環境が一変してしまい戸惑っているのが痛いほど伝わってきた。

「大丈夫よ。時間が過ぎれば、あの子も受け入れられるわ」

心配し見つめる私に、側にいる馬林さんがそっと呟いた。

昨日、役所へ保護を求めに行くと決意し朝から行動に移した。社長はなんだかんだと気を使ってくれたのか一日休んでいいと言ってくれて、珍しい事があるものだと驚きつつも有り難く休みをもらった。

そして身分証明がない私一人では大変だろうと、馬林さんが手続きの矢面に立ってくれることを願い出てくれたのだ。

ここは江戸でも数少ない孤児を育てる養護施設で、0歳から15歳の子供が暮らしている。

母親と暮らすことは叶わなくとも、ここにいればちゃんとした生活を送ることができる。

これでよかったのだと納得し、馬林さんと共に帰路に着いた。

「それにしても、日高さんって以外と世話好きなのね」

「はぁ、世話好きというか、お節介というか……自分では何も解決できないのに、トラブルのもとに首突っ込んで回りを巻き込んでいるだけだと思ってるんですけど」

「そうね。でも、回りが手助けしたくなるのはあなたの人柄もあるのではないかしら?」

そうなのだろうか。自分に人望があるとは思えないので、その言葉に釈然としない。

「しっかりしてるけど、一人で抱え込むから無理しているように見えてしまうのよね。かといって弱さをさらけ出すような性格じゃないみたいだし、見ていて手を出したくなるというか焦れったいというか」

人望ではなくて、放っておけないということなのか。

力なく笑ってしまう。

「完全に保護対象じゃないですか。……あの、私って無理してるように見えますか?」

「隠しているつもりならうまくやってると思うわ。ただ、分かる人には分かるわよ」

鳥倒は分かってないわねと笑いながら言う。

じゃあ社長も私をそういう目で見ているということなのだろうか。

基本、人を甘やかさないタイプだから過剰に反応を示してないだけで、確かに正体不明の私を雇ったり住まいを用意したり結局は面倒を見てくれている。

「そうですね。社長も馬林さんも私には色々してくださっていますよね」

「まあ、あのときのあなたの必死さを見たらね、どうにかしてあげようと思っちゃうわよ。でも、社長は少し違うみたい」

意味がわからず、彼の横顔を見つめた。

「始めこそはそういうのもあっただろうけど、今は違うわね」

「どういうことですか?」

「ちゃんと貴方の意見に耳を傾けて、貴方の意思を尊重しているってこと。知っての通り、社長はワンマンだから普段は人の言うこと全然聞かないの。今回の事、いつもなら余計なことをするなで終わりだったわよ」

それは何となく思った。私も保護の件は社長にNOと言われることを覚悟していたのだ。

まあもし言われたとしても、何とかしようとは考えていたけど。

「きっとそれが貴方の魅力ってことよ」

人の何かを変えるような大層なものは持ち合わせていないと思う。

でも、社長や馬林さんの後押しがあったからこそ、今回は雄太くんを助けることができた。

それが私の性格ゆえというなら、素直に受け入れようと思った。

「今日はありがとうございました」

午前中の仕事をそのままに着いてきてくれた馬林さんは、これから行くところがあるからと別れることとなった。

住まいのかぶき町までの道のりを一人で歩きながら、先程の会話を反芻した。

無理しているように見える、弱音をはかない、一人で抱え込むという客観的評価が頭に残っている。

<異世界から来ました。帰り方を探してますなんて、ほいほい言えないわ>

確かに仕事に就いてからもとの世界の事を考えないよう、意識的に仕事に集中していた。

内容が内容だけに弱音なんて吐けるわけがない。

ストレスを持て余し、それが八つ当たりという結果に繋がっているということも分かっている。

しかしその姿は、無理している上に弱音をはかない一人で悩みごとを抱え込む女となっていた。

<他人からどう思われているかなんて考え出したら切りがないんだけど>

シンプルかつスマートに生きたいと思っていたのに、この世界に来てからというもの方向性が随分と曲がってしまった。これではトラブル抱え込む面倒臭い女じゃないか。

「気分転換しないとマジでヤバイわ」

ここにいる限り、共有することも埋めることも出来ない不安と恐怖を抱えたまま私は生きていかなければならないのだが、もしこのまま帰れなかったらとか、この先の将来とか今は何も考えられない。

とにかく溜まる一方のストレスを発散しなくては。

目下、楽しみにしているのはシルクちゃんとのショッピングだ。

連絡をやり取りした結果、来週の休みが重なるのでその日にしようということとなっている。

一人だけど友達も出来て、一緒に何かを楽しむ日常を取り戻しつつあることが唯一の希望だった。


******


始業の時間と共に社長に呼ばれた。

「新規の客だ。お前が受け持て」

言葉と共に書類が手渡され、債権者名に視線を移した。

<坂田銀時……>

法人名にも記載がありそこには「万事屋銀ちゃん」とあった。随分と可愛らしい社名に口許が緩む。

「法人契約ですか?」

「どっちでもいい。ほぼ一人の個人経営だ」

融資理由の内容は運用資金となっているが、それにしても個人と法人では回収期限も利率も違ってくる。社長としては適当な契約だと感じた。

「元金の2割を15日で回収しろ。回収が出来ないときは報告だけでいい」

「かなりの優遇ですね。お知り合いなんですか?」

「一度しか会ってない」

基本10日で3割の回収のところを半月で2割の優遇なのに、知人でもなんでもなく会ったのは恐らく融資契約の一度きり。

しかも普段の強制回収はしなくて良いとか、怖すぎる。私に担当を回すということは変なところではないのだろうけれども、本当に大丈夫なんだろうか。

顔がひきつるのを感じながら、私は了解する。

回収日までは日にちが大分あるので、そのまま名簿ファイルに閉じ込んだ。

今日の仕事が終われば明日は待ちに待った買い物。

そう考えるだけで気分が高揚し仕事も捗る。

「社長、山田花子の利息また滞納してます」

机向こうの鳥倒さんが手元の資料を眺めため息をついた。

「自宅へ行け。それでも無理ならすまいるで回収させろ」

「わかりやした」

滞納が続くと強制回収として自宅へ行き、金目の物を押さえられる。

花子さんはそうとう滞っているらしい。

「日高、お前も行け」

担当外だから関係ないと思っていたのに、相手が女性だからという理由で強制執行の同席となってしまった。

執行は午後一番に行われ、鳥倒さんと一緒に花子さんの自宅へ向かった。

場所はかぶき町から北方面、もとの世界なら大久保辺りだ。

長屋が並ぶ一角の場所に花子さんの自宅はあった。

鳥倒さんが大仰に引き戸を叩けば、花子さんが冴えない表情で出てきた。

「よぉ」

こちらの顔を見るや扉を閉じようとしたが、鳥倒さんが足で止める。

「人の顔みて閉めることねぇだろ。入るぜ」

小さな声で制止されるも物ともせず、私たちは部屋へ侵入した。

入ってしまえば花子さんは観念したのか、こちらを伺うばかりで玄関口に立ったままだ。

「強引に入ってしまってごめんなさい。怪我とかはない?」

年下であろう怯えた様子の花子さんに気遣うように話しかけると彼女の表情が和らぎ、ひとつ頷く。

「お金になるようなものは持っていっちゃうけど、暴力はしないから安心して」

「全部持っていってまうん!?困る、生活がでけへんようになる!」

「わかってる。今日のところは生活に必要なものは除外だから」

「……そうなん?良かった」

私の言葉に少しほっとしたようだ。

それでも思い出のものなどもあるそれらを持っていかれるのだ、いい気分ではないだろう。

鳥倒さんが換金できそうな物を物色している様子を食い入るように見ている。

その間、部屋を眺めると隅に消火器が何十本も置いてあった。足元には新聞のタワーがいくつも出来上がっている。

「あの、花子さん。どうしてキャッシングを?」

「うち、踊りで仕事をしとうて大阪から来てん。手持ちのお金もそこそこやったけど、こっちで仕事がすぐに見つかる思て。せやけど踊りの仕事は全て断られて、お金もななってきて」

「消火器は貰ったの?」

「ううん。知らへん人が来て、消火器を買うて売ればお金が増えるさかいって」

「じゃあ、新聞配達でも?」

「次から次に断っても契約せえへんと帰らへんって」

ねずみ講と新聞会社にカモにされたらしい。私は何も言えなかった。

「姉ちゃん、それ騙されただけじゃねーか」

聞き耳をたてていたのか、鳥倒さんが口を挟む。

「わかってる!……お金も底をつきかけてどうしようものうてキャッシングに手ぇ出したの」

「お金が溜まるまで、他の仕事は探さなかったの?」

「うち、算術やら書き取り得意ちゃうし、躍り以外に特技あらへんし......」

「学校は行ってないの?」

「がっこう?」

あれ、学校ってないわけ?学校って他に呼び方あったかなと考え、説明をする。

「えっと、学問を学ぶところ」

「寺子屋なら子供の時に通ったけど」

この世界の教育システムがわからない。

すると鳥倒さんがいくつかの物を持って私に手渡してきた。

「珍しい話じゃねぇだろ。すぐ仕事になるような学問教える藩校に通えるのは武家だけだしな。庶民は生活に困らない程度の読み書きと算術くらいだよ。それ以上の学問を極めたくても私塾はお偉いさんの反感買って無くなっちまったし、まして女に教育なんぞ進んでやる親なんていねぇよ。自分でやるには余程のコネと金がなけりゃ何もできねぇ」

当たり前に義務教育があって、当たり前に専門の勉強が学べる環境が平等に与えられている私の世界では考えもよらない。

確かに日本の識字率は当時にしては進んでいただろうけれど雲泥の差だ。

これをカルチャーショックというのだろうか。

言葉にならず押し黙っていると、鳥倒さんがニヤつきながら花子さんの肩に手を置いた。

「そんな花子ちゃんに朗報だ。ここ金目の物ねぇし、ひとつ知り合いの店で働いてみねぇか?」

「店?」

事の経緯を聞くまでの私なら止めただろうけれど、働き口がほとんどない彼女にはある意味救いの道なのだろうと思った。

「すまいるっていうキャバクラよ」

「え!キャバクラなんて、私出来へん……」

「初めての子はみんなそう言うが、慣れればちゃんとやってるぜ。返済後もそこで働きてぇなら続けていい。こっちとしても利息増やしてトンズラされるよりましだしな」

しばらく考えたあと、花子さんは承諾した。

鳥倒さんは彼女をすまいるへ連れていくということで二人を見送ったあと、担当の集金を済ませて会社に戻った。

軽い挨拶のあと花子さんの押収品と集金を渡し、椅子に沈む。西日が室内を照らすなか今日の最後の資料をまとめようとパソコンに向かうが、打ち間違えたり文章が思うように打てず、書いては消し書いては消しを繰り返していた。ついには手が止まってしまい、嘆息を漏らしてしまう始末。

「どうかしたの?」

「あー、いえ。すみません、ため息なんて」

馬林さんが様子を伺いこちらを見つめた。

盛大なため息をつけば気にもなるだろうに、うっかり気を緩めってしまったと反省する。

「山田さんのところで何かあった?」

「いえ、集められる物は集めましたし、彼女もすまいるで働くことを了承してくださったので、何もトラブルはありませんでした」

「なら何をそんなに落ち込んでいるの?」

私の性格を冷静に分析してる馬林さんが、何もないと見逃してくれるはずもなく。

あぁ多分、今の私は何かを抱えていると思われているんだろうな。

「些細なことです。山田さんの身の上話を聞いてしまって、女性の地位って低いんだなってしみじみ感じてしまったんです。知識や技術があればそれなりの仕事に就けるのに、学問すら平等に受けられないという現実にショックを感じてしまって……」

彼女は踊りで仕事をしたいといっていたけれど、私の世界なら専門的な踊りを学べる機会や仕事の融通は遥かに多いだろう。

身分や性別でそれらが壁となってしまうなんて、夢にも思わなかった。

「そうねぇ、女性に学は不要だとつい最近までは常識だったし。天人襲来によって江戸を中心に少しずつ思想の変化はしているけれど、地方はまだまだでしょうね。それに幕府はそういう変化は手放しに喜んではいないのが現実よ」

「幕府がですか?」

この世界の政治は民主主義による選挙制ではなく、江戸幕府による封建社会のままだ。

今後、庶民へ政治の世界が開かれることがあるのかどうかすら怪しい。

「危険な思想を広められれば、幕府に歯向かう危険分子を産みかねない。過去に攘夷志士が出現しそれを根絶やしにする政策が打たれている。ひとつでも芽は潰しておきたいんだろう……日高、お前は学問をしたいのか?」

話を聞いていたのか社長が急に話始め、私はちろん馬林さんも驚きの表情を浮かべた。

「え?私ですか?……そうですね、学べる機会があるのなら学びたいです」

実際、もとの世界ではいくつか経理の資格試験を取っていたし、税理の知識もあった方が良いと感じていて学校に通うか検討していた。

「私だけじゃなく、世の女性の多くはそう思っていると思いますよ。夢を持つことや知識を得たいという欲求に性別は関係ないですから」

社長の言う幕府の思惑というのは正直ピンと来ない。むしろ抑圧された状況の方がクーデターを起こされやすいような気がするが、そうならないために廃刀令の施行がなされたのだろうか。

ただそれは多くの一般市民には関係のない事だ。私たちが望むのは生活の安定と平和な日々。

誰が国を導こうとそれらが保証されていれば人は政治に関心など寄せない。

でもこの世界には天人という未知の存在がいることを思い出し、自分の浅はかな常識では語れないのだと思い直した。