同居シリーズ

さいか
@saika_0720

この件に関して私、何も言うことございません。

この小説は夢小説 (名前変換ができる小説) です。
キャラベルに登録してログインすると、登場人物の名前をお好きな名前に変更できます。

「………確かに、"アイディアが浮かばないなら気晴らしに飲みにでも行けば良い"、私はそう言った。だがな、翌日仕事…あまつさえ納期を抱えた状態で誰がオールしろと言った?」



低くくぐもっては居るが良く空気に溶ける声が響いた。

出来の悪い生徒に言い聞かせるよう、セブルスはオークの机に両腕を乗せ直し、真っ直ぐに薄紫の瞳を見据え言葉を続ける。



「……さらに、相手はあのMads Mikkelsenだと?まこと、笑わせてくれる。」



重い沈黙が場を満たす。失望したかのように、セブルスは重い溜息を吐いた。

ただいま、と帰ってきた紫苑の髪やコートは少しだけ濡れていて、見知らぬ香水とアルコールの匂いがした。ああ外は雨が降っていたのか、昨日から家に籠り魔法薬を精製していたセブルスは感知出来なかった故、音立てぬ霧雨なのかもしれない。

帰りが遅いものだから恐らく徹夜する気なのだろう、ソファに座ってセブルスが見上げた時計は午前1時を指していた。出来上がったばかりのベイクドポテト、思い出したようにバターを塗ったパンを食べてばかりいた。なんと早い朝食だろうと胃が重たくなるのと比例して、何故だか胃と胸が気持ちが暗くなってきた頃。ようやっとセブルスから紫苑へ連絡が来た。



【セブルス、マッツがこっちに来てるみたいで、今飲んでるの!ビール専門店で色んなビールが有って、飲みきれなさそうだよ!また連絡するね?】



マッツ。Mads Mikkelsen。

ブラジルに城を構えるCastelobruxoで教鞭を取る薬草学の権威だ。一体どうやって紫苑と知り合ったのか、セブルスは深く知らなかったし、知ろうとは思わなかった。

セブルスが覚えているマッツの表情。彼はいつも微笑んでいた。彼の表情はいつも穏やかだが、飴を溶かし込んだような琥珀色の瞳中には感情と呼べるものがないように思えた。マッツの笑みには、少なくともセブルスに向けられる笑みには、人間性が驚くほど欠けていた。



だのに、紫苑から送られてきたメッセージに添えられた写真に映り込む彼は、口角を上げ艶やかなエロチカにも似た微笑みを完璧なまでに浮かばせていた。その隣でビールグラスを持って満面の笑みでピースサインをする紫苑。この笑顔が向けられているのは写真を送付する相手である筈のセブルスなのに、どうも納得がいかない。一言で言うならば胸糞悪い。




「話が盛り上がりまして、つい、、気付いたら朝陽が私を照らしておりまして、そのまま慌てて出勤しまして、」

「……それは今朝聞いた。正確には見た、だがな。」



また連絡する、と言われたきり、次の連絡が来たのはまさかの早朝7時。開いたディスプレイに映し出されたのは、



【つい楽しすぎて時間を忘れてしまいました…家に帰る時間も無いので、このまま支度だけして出勤します!】



呆れすぎて何度かの溜息が出た。そうして緩く鳴く鳥の囀りで朝が来たことを思い出し、返信する気力も無いままsmartphoneとやらをソファに投げ捨てた。紫苑からの連絡を待って、気付けば朝を迎えていただなどと、誠、馬鹿馬鹿しい。間抜けた吐息のような独り言を覚えず漏らした。



「……本当にすみませんでした…。」



何度こうやって頭を下げれば機嫌を治すのか。紫苑は向けられた鋭利な視線と組まれた長い指を恨みがましく睨みながら、うんざりする程吐いた台詞を再び紡ぐ。

仕方ない。勝手に「連絡する」とセブルスとの約束し、勝手に違えたのは紫苑だ。たった一本の電話、一通のメッセージをする手間を惜しんだ不義理さに、セブルスの不満は常日頃の鬱憤も重なって爆発したのかもしれない。塵積とは良く言ったものだ。短くはない同居生活で蓄積された鬱憤は相当だろうと向けられたままの視線を見て紫苑は思う。



「……で、何をしていた?」

「何ってどういうこと?朝までマッツとお酒飲んでいただけだけど?」



久し振りに逢った友は、「時間を作ってくれて嬉しい」と出合い頭に公衆の面前で頬に口付けを落してきた。そのまま、胸元に手を当て、普段通りの優雅な礼を披露した。英国式挨拶は未だに慣れない。呆ける紫苑の手を引いて、マッツは最近知ったというビール専門店へエスコートした。

古城を改装したようなロビーを抜け、テラスに近い席で再会の乾杯を。カン、と空気に透る合図とともに、宴は幕を開けた。



「仕事が煮詰まっていると言っていたね、どうしたの?」

「巧い色遣いが浮かばなくて。そういえば、昔もこうしてマッツに相談したね。」

「我が校のローブをデザインしてくれた時だね、紫苑のデザインは学生にとても人気だよ。」



長い黒檀の髪に上質な紫水晶の瞳、白い肌に映える紅の唇を持つその美貌を、紫苑は今は漆黒のローブに埋めていた。その向かいで、上等な男が緩やかに微笑む。見た目だけなら極上の二人だが、時間の経過とともに会話内容が変貌を遂げる。



「で、この間は糞爆弾を見事に食らったよ。見た目が綺麗な薔薇でね、全く気付かなかった。」

「え、薔薇?」

「そう、珍しい瑠璃色のグラデーション薔薇。」

「薔薇の糞爆弾…!!いやだめ、見た目を想像してもダメだけど、涼しい顔して糞爆弾食らったマッツって…、ちょっと、笑いすぎて、無、理、」



懐かしむよう、マッツは記憶を辿る。

光の加減もあるのだろうが、緩やかにグラデーションする瑞々しい色相は、瑠璃色と形容するに相応しい色の河を作り出している。それは緩急をきっちりと反映させて、飛沫のような色の氾濫をも生み出していた。

気儘な嬌態を見せつける切り花に心を奪われたのは事実だ、一対の茎に思わず指を指し掛けた瞬間。それは木っ端微塵に炸裂した。



「マッツが悪戯に引っ掛かるなんて珍しいね、疲れてたの?」

「………いや、紫苑、君を思い出して、ね」

「え?私、糞爆弾?」



そこじゃないよ、という科白の代わり、マッツは自分の瞳と同じ琥珀色の液体を嚥下する。告げたのは瑠璃色の薔薇だが、惹かれたのはその隣の、見事な黒檀のハイフィールドと綺麗な薄紫の波。まるで誰かのようだと純粋にそう感じたのだ。



「……瑠璃のグラデーション、良いかもしれない…要望とは正反対の色彩だけど、巧く使えば面白いエカルラートに変わる!マッツ、素敵なインスピレーションをありがとう!」



魅力的な紫水晶の瞳を輝かせた紫苑を、マッツは美しい笑みを貼り付けたまま眺めている。残酷に時を刻む時計を伺えば、もうじき3時になろうとしていた。帰すつもりはなかったと、家で紫苑を待つ彼は、さぞや胸中焼ける想いだろう…とても面白い、と、心の中で呟いて口の端を歪めた。






それから幾刻か後、漆黒の空に僅かの陽光さえ透けて見え始めた頃、漸く紫苑は楽しすぎた時間の終わりを悟った。

もう少し具体的にいえば、今日がまだ金曜日だった事を思い出した。そして其の後は覚えていない。正確には、覚えているが思い出す程の間も惜しんで脱兎の如く身支度を整え、途中でサイズの合わない服を買って職場へ向かい、猛烈な睡魔と闘いながら無事に納品までこぎつけた。

酩酊しても可笑しくない思考回路、寧ろ酩酊しているからこそ仕上げられたかもしれないデザインは、マッツとの会話からインスピレーションを得たものだ。

昨夜が無ければ完成しなかったであろう製品、マッツに感謝の意を捧げると同時、長らく連絡をしていなかった同居人を思い出す。



怒髪天だろうという予想など遥かに超えていた。




「取り敢えず、着替えて来い。」

「判りました、直ぐに戻ります。」




ローブと下に着込んだ服、染み付いた男の香水とアルコール、更に雨の香が折り重なって噎せ返る花のような匂いがした。面白くない。実に面白くなかった。

紫苑の小さな背が扉の向こうに消えていくのを見送り、セブルスは着込んでいたローブを置いてジャケットを脱ぎ、袖口のカフスを外してワイシャツのボタンを2つばかり外す。

あと1時間、帰宅が遅かったら迎えに行くところだったなどとは口が裂けても言えない。朝まで眠れずに起きて居ただなどと、悟られてはならない。



直ぐに戻ると告げた言葉通り、廊下から足音が聞こえ紫苑が元の場所に座る。覚悟を決めたように口を引き結んだ。



「お喋りに夢中で時間が経つのを忘れ、気付いたら朝だっただと?思春期の小娘か貴様は。」



延々と続く説教。学生時代から慣れ親しみたくはなかったのに結果、誰よりも慣れ親しんだ説教。このモードに入るとセブルスは全く手がつけられない。余程の事がない限り、ねちねちと説教をする。最後に「グリフィンドールから10点減点」とか言い出さないだろうか。紫苑はスリザリンだったけれど。昔の癖で、紫苑は俯きぐっと奥歯を噛み締める。もう謝罪の科白の語彙が無い。

紫苑が大好きな低く深い声。その声で名を呼ばれたいと、学生時代何度思ったか、知れない。その名を呼ばわれるのは、叱責される為ではない。筈なのに。




「紫苑、」



朝までビール片手に談笑していたと言われ、嘘か本当か、疑う気にもなれない。本当に決まっているからだ。判っている、判っていた筈だった。

だのに、送られてきた写真に写る挑戦的な男の表情、嬉しそうにその男の話をする紫苑、同時に小さな灯を燈されたかのようにセブルスの中に熱が沸き上がった。枯葉に着火されたかのよう、明確な怒りが業火と成り心の中を焼き尽くして燻ぶらせる。

理性で抑止し続けた筈の科白、心からの怒りに乗せ、セブルスは吐き捨てた。



「そんなにもあの男とのお喋りは楽しかったか?良い歳した男女が何時間も喋るだけだと?あれも男だというのが判らないのか?」

「な、、、」

「それともあの男は清廉潔白だとでも言いたいか?」

「ちょ、ちょっとま…、マッツは友達だよ?友達と朝までつい喋っちゃっただけで、どうしてそんなに怒っ………」

「友達?朝まで放さなかった男が?」




壊れた水道管のよう、一度吐き出した科白はもう止まらなかった。黙り込んでいてもこのままでは埒が明かないと、紫苑が口を開けば倍以上に真正面から声が返ってきた。低い深みのある声で、それがまた卑怯だと紫苑は感じる。普段は紫苑の心臓を騒がせるその声で、今は紫苑を唯詰る。



「もう少し危機感を持てと言っているんだ!」

「なんでセブルスがそんなに怒るのよ!」



紫苑の悲痛なまでの言葉に、セブルスの沸騰気味だった血管が、さぁっと音を立てて血の気が引く。



「私を好きだと言ったのは、終ぞ嘘か?紫苑」



何だ、まるで自分の事忘れ去り別の男を想った事が悔しいかのような言葉の数々は。何だ、自分を安堵させるようなこの言葉、は。

自分を好きだろう、なんて、一生言葉にしないと決めていた。紫苑に愛され続ける資格など無いのに、と、セブルスは自分を嘲笑った。ははと嗤って、それから顔を伏せた。紫苑の顔を見る事ができず、どのような表情を浮かべているかなぞ、確かめる勇気は微塵もなかった。

自業自得、というのはこの状況を言うのではないか。時間を忘れて朝帰りをした挙句其の侭仕事を遂行した小娘より、自分の感情を巧く消化できずに八つ当たりなど、良い歳した大人が聞いて呆れる。


セブルスは、表層までは浮かんでいなかった、想像以上に領域に踏み込まれて尚、不快に思って居なかったその事実を強制的に教えられ狼狽したのだ。言葉の綾だと告げようか、否定は早いほうが良い。唇を開いて、閉じて。セブルスの唇が三度開き次の言を告げる前に、



「…良かった、私は思った程嫌われていないと自惚れても良いのですね。」



理不尽な嫉妬に返って来たのは意外な答えだった。

至近距離ふわりと笑んで、紫苑はセブルスの顔を覗き込んだ。突き付けられた混ざり物なしの紫水晶の瞳。本物を溶かし込んだような色は、他に見た事がない。セブルスは眉根を寄せ、何も言葉を発したくはないと唇を閉じている表情。先程の激高の方がましと思うくらいに、不機嫌の度合いが増している。




「セブルス、朝帰りした挙句徹夜で仕事してボロボロで帰宅し、心配かけた事は謝ります。でも、マッツは友達だから。これからも飲みに行くしご飯も行く。忘れないでくださいね?私が愛しているのは貴方だけです。」



予期していた言葉。


「………………なら、」

「なら?」


張りつめていた一本の糸のような怒りが霧散する。


「次は遅くなる前に遅くなると連絡しろ。女の夜道の一人歩きは危ない。送って貰えないなら私を呼べ。」



セブルスは息を整え、極めて冷静に文句と要求を口にした。最初からこう伝えればよかったのだと思えど後の祭り。口を吐いて出た言葉は取り消せない。

紫苑の心に対して、自分はどう答えるべきか。受け入れるのも拒むのも、生半可な気持ちであってはならない。そう思って居た筈のセブルスの心は、一人の男の行動によっていとも簡単に崩落した。好きだ、と一言も言っていないが、間接的な告白みたいなものだろうか。そんな筈はない。あってはならない。



「セブ…」

「夕食もまだなのだろう、軽く作ってくる。風呂でも入れ、香水臭くてかなわん。」

「あ、の、…」

「………なんだまだ言いたいことでもあるのか」



咎められると思った紫苑は、気まずく唇を尖らせぼそぼそ紡ぐ。


「………非常に申し上げ難いのですが、明後日またマッツと飲む約束しました………仕事終わりに……」



「…………時間と場所を連絡しろ、いい機会だ、丁度もう一度挨拶したかったところだからな」



深く息を吐き出し腹立ち紛れの文句、引き攣る紫苑の横顔を眺めながら、セブルスは意地の悪い笑みを満面に貼りつかせたのだった。

時を同じくし、「そろそろ参加人数追加の連絡、くるかな」と、穏やかな微笑みを浮かべた男が一人ごちる。いつかセブルスが垣間見た、感情を焼失した恐ろしい表情ではなく、その表情は「セブルス・スネイプ」という人物に対する好奇心に満ち溢れていた。