☆同居シリーズ☆

ねむい子
@kao_nashiko

雷鳴

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 嵐の夜だった。夕方から降り始めた雨は時間とともに激しくなり、ガラス窓を容赦なく打ち付けた。リオは、雨でぼやけた外の暗闇に目をやり、「よく降るなぁ…」と呟いた。ただのゲリラ豪雨で、すぐに止むものだと思っていたが、未だに弱まる気配はない。時計の針は23時を指そうとしていた。やがて、雨に混じって、雷の音まで聞こえ始めた。それも次第に強く近づいてきて、ついには閃光とともに激しい衝撃音を響かせた。雷に怯えるようなか弱い女ではないと自負しているが、それでも、夜の闇の中、いつ止むとも知れない豪雨と、ひっきりなしに響く轟音とに、不穏なものを感じずにはいられなかった。

 心細さを感じながら、リオは階下へ降りた。セブルスは起きているだろうか。寝ているのに起こしてしまったら悪い……けど、いつも日付が変わる頃まで起きているし、今日だって……。


 階段を降りると、廊下は真っ暗で、物音は、外から聞こえる激しい雨の音だけ。リオが杖を持った右手を軽く振ると、廊下にぱっと明かりが灯る。階段を降りて、2つ目のドア。室内の明かりは漏れない造りになっているので、部屋の主が起きているかどうかは外からでは分からない。ドアにそっと近づき、耳を澄ませて向こう側の気配を探ってみるも、全くの無意味だった。聞こえる雷雨の音はますます激しくなる。ノックをしようか、声をかけようか、それともやっぱり部屋へ戻ろうか。リオが躊躇っていると、突然、ドアが内側から開いた。

 「わっ!」

 リオは驚いて声を上げた。開いたドアの前には誰も居ない。

 「どうした、何か用か?」

 部屋の奥から、低い声がした。ザーザーと聞こえ続ける雨音にかき消されるどころか、妙な調和をとって耳に届いたその声は、別段心配などした様子でもなく、淡々としたものだった。

 「セブルス、ごめん。起きてた?」

 「起きていたから、気がついた。何か用か?」

 リオが部屋へ入ると、セブルスはいつものように机で書き物をしていた。リオは少しほっとして、ううん、用はないんだけど。と言ってセブルスの机の前に立った。–––と、その瞬間、ピシャーンとも、ドーンともつかない衝撃音が響いた。リオは思わず肩をすくめる。

 「近いな……。」

 セブルスは、独り言のように呟いた。厚手のカーテンを閉め切っているため、外の様子は見えないがーーもっとも見えたとしても暗闇だがーー窓を打つ激しい雨音は途切れることなく続いている。

 「セブルス……」

 「何だ。」

 「あのね、ちょっと、寝られなくて……その、雷…」

 言い終わらないうちに、またしても衝撃音が轟いた。

 「……っ!」

 リオは体を強張らせて目をつぶった。

 「成る程な。しかしこの雨は、今夜は止まぬぞ。一晩中ここに居るつもりか?」

 「えっ、いや、そういうつもりで来たんじゃないけど……」

 セブルスに、他意はないのだ。それは分かっている。しかし、「一晩中ここで(一緒に)過ごす」ということの意味をとっさに想像し、リオは赤面しそうになる。

 「ちょっと、しばらく、眠くなるまで、ここで本を読ませていただいてもよろしいでしょうか。」

 顔が赤くなったことに気づかれないようにリオはわざと書棚の方へ歩きながら背中でそう言った。声はうわずり、不自然な敬語になってしまったが、幸い、この部屋には膨大な数の本がある。リオの部屋にも書棚はあるが、セブルスの蔵書に比べたらほんのわずかである。セブルスの部屋で過ごす口実としては十分だ。

 「まぁ、それはいいが。……そうだな、」

 セブルスはペンを置いておもむろに立ち上がると、ストーブの上でカタカタと小さく鳴いていたやかんを手に取り、ティーポットへ湯を移し始めた。

 「私も、少し休憩しようかと思っていたところだ。」

 ティーポットをテーブルに置くと、そう言って、手際よくティーカップを2脚セットした。ティーポットの湯を一旦捨てて、常備してある茶葉をスプーンに2杯、ポットへ入れる。そこへ、やかんからまた熱湯を注ぐ。ふんわりと、紅茶の良い香りが漂った。


 セブルスの淹れる紅茶は美味しい。いつ淹れても同じように、完璧な美味しさだ。それはこんな嵐の夜でも変わらなかった。テーブルを挟んで、ソファに腰掛け、セブルスと向かい合って温かい紅茶を飲む。リオの胸にあった不穏な感じは、幾分か和らいだ。それでも、突如切り裂くように轟く落雷の音を平気でやり過ごすことはできず、その度に顔を歪める。そんなリオを眺めて、セブルスは、ふと心に魔が差すのを感じた。

 「–––家の裏の、銀杏の木、」

 「え?」

 「あの高さだと、もしかしたら雷が落ちるかもしれんな。」

 「ええっ!–––落ちたら、どうなるの?」

 「落ちたら、木が燃えて、家まで燃えるかも–––」

 「いやあっ!どうしたらいいの?逃げる?でも雨……どうしよう」

 こんな豪雨の中で炎が広がるとも考えづらいし、そもそも壁は煉瓦造りで、魔力で結界も施してあるこの家がそうそう燃えるはずはないのだが、恐怖や不安に駆られると、こうも判断力が鈍るものなのか、と、セブルスはおかしくて、ふっと微笑を漏らした。

 「何笑ってるの!」

 リオはもはや、雷に怯えていることを隠すのも忘れて、必死だった。そう、リオは、雷が本当はかなり苦手なのだ。そんなものに怯えるなんて子供じみている、という自覚があるから、「怖い」と思うことすら、自分の中で、なかったことにしようとした。しかし、いつにない激しい嵐に、すっかり取り乱していた。セブルスが、彼女のそんな姿を見るのは初めてだ。

 「そんなに恐ろしいのか、雷が。」

 「怖い!嫌だ!嫌い!」

 そう宣言してしまうと、何だか吹っ切れたような気がして、リオは立ち上がると、セブルスが座っているソファへ滑り込むように腰を下ろした。また、雷鳴が響き渡る。リオはとっさに、セブルスのローブを握り締めた。

 「子供か……」

 セブルスが、呆れたように、溜息混じりにそう言ったが、なりふり構わなくなったリオは全身で雷の音に怯えていた。

 「こんな、雷などよりも、もっと恐ろしいものとお前も戦ってきただろうに。」

 「それとこれとは、別!」

 遺伝子レベルで、苦手なものは苦手なのだ。どれだけ恐るるに足りないと自らに言い聞かせても、法則が掴めず、いつ終わるとも知れない轟音は、恐ろしい。セブルスのローブを握り締めたまま、無意識のうちに、その肩に縋っていた。

 「……、」

 セブルスは、何か言いかけて、やめた。ここは、抱きしめてやるべきだろうか?いや、そういう関係ではない。……そういう関係とは?何なのだ、この状況は?セブルスの頭の中を、様々な疑問が巡った。しかし、答えが出なかったのだろう、セブルスは、リオを肩に凭れたままにさせて、反対の腕で杖を一振りすると、書棚から本を一冊引き抜いて手元に呼び寄せた。


 小一時間ほど経っただろうか。雨は相変わらず激しく降っているが、雷の音は遠ざかったようだった。

 「おい、雷は収まったようだが、」

 セブルスが肩ごしに声をかけるが、反応がない。代わりに、そういえば肩に感じる重さが少し増したような気がする。

 「おい–––」

 セブルスが振り向こうと肩を動かすと、ずるりと、リオの体はセブルスの膝の上へと倒れ込んだ。見ると、すやすやと寝息を立てている。

 「……この状況でか……。」

 思わず呟いたが、リオが目を覚ます気配はない。起こそうにも、何と言って声をかけたものか、セブルスは柄にもなく戸惑っていた。そうして、また、考えることを放棄した。

 –––そのうち目を覚ますだろう。

 セブルスは再び、手元の本へ、視線を戻した。膝の上のリオをよけるために少し無理な体勢になったが、やむを得ないという様子で、読書を続けた。


 雨は明日の朝には止んでいるだろうか。それまでには、リオは目を覚ますだろうか。目を覚ました時、彼女はどんな顔をするのだろうか。

 テーブルの上には、既に冷めてしまった紅茶を少しだけ残したティーカップが、何か言いたげに佇んでいた。