アフロディテは誰に微笑む

腐ったうめぼし
@umeboshi_huhuhu

Tri



「…ねぇ、ユンギ」


2人でそれぞれベッドに横になっていた。ユンギも僕にかける言葉が見つからなかったのだろう。

無言が続いていたから、僕の方から思い切って声をかけた。


「…どうした」


「せっかく、誘ったのに…嫌な思いさせて、ごめんね」


「なんで、お前が謝るんだよ」


「僕が周り、見えてなかったからあんな事に…」


ユンギは一見冷たく見えるし誤解もされやすいけど、声でわかるよ。すっごく心配してくれてる。

…もう、限界…どうしたらいいのか分からなくて泣きそうなんだ。


「…どうしよう。…僕、明日…から」


「…俺はジナの事嫌いになったりしねぇよ」


「え。」


予想外の言葉が返ってきた。

ユンギにそんな事を言われるのは初めてで、戸惑ってしまう。


「…αστέρι に刃向かうことなんて、俺らができるわけない。 

けど…ジナは俺の、永遠の、ルームメイト…だし」


「…ユンギ」


言いたいことが上手くまとまらないんだろうけど、ユンギなりに僕を励ましてくれてるんだ。

怖くて怖くて仕方なかった気持ちが少し薄らいだ気がした。


「だから、絶対…退学なんてするな」


今までにないほど真剣なトーンでの言葉だった。

"αστέρι"は今まで何人もの生徒を退学に追い込んできた。"δόξα"から逃れられた者など今までにいない。

でも、


「…ユンギは、僕の大事な親友だよ」


「…」


「だから、頑張る。僕、負けないよ」


「ん。」


電気を消して、目を閉じる。

怖くて怖くてたまらない。

…まぶたの裏に浮かんできたのは、キムテヒョンが美しく笑った、あの表情だった。

憎くて、怖くて…どうしようもなくて…。


だけど、いつのまにか眠りについて、朝を迎えていた。


ユンギには一緒に行こうと言われたけれど、

これは1人で頑張るしかないんだ。

ユンギとはクラスも違うし、ここで甘えるわけにはいかない。

それに、大事な人にこれ以上、迷惑をかけたくないんだ。


重い足を引きずって、学校の校門をくぐる。


靴を脱いで、…ロッカーを開ける。




目の前が真っ暗になった。



…予想はしていたけれど、…




"死者の書"


それが、存在感を主張してぶら下がっていた。












そして冒頭へと戻る。



『3年B組のキムソクジンが"死者の書" 貼られてたって〜』

『久しぶりの "δόξα" だな 』

『そいつ、テヒョン様にコーラぶっかけたらしいな』

『お〜それはお怒りだろうな』


もうすでに、多くの生徒に僕が "δόξα" の標的である事は知れ渡って閉まっている。

僕は極力気にしないように、どうにかクラスへと辿りつく。まだ、何をされるのかわからない。


陰口は言われるが、何かをされるわけでもなく、お昼の時間となった。

僕の方を見てヒソヒソ言う人達のいる空間でご飯を食べたくなくて、教室から出る。

空き教室でも探そうかなと思ってしばらく歩くと、別の棟にそれらしき場所があった。


「…よかった〜。誰もいない…」


薄暗く埃臭いけれど、自分のクラスなんかよりマシだ。もともと教室として使われていたらしく、机も椅子もたくさん置かれている。

お弁当を広げておにぎりを一口ほおばる。


「…美味しい〜」


やっぱり、美味しい物を食べてる時は嫌なことを少しだけ忘れられる。

そんな呑気な事をを考えていた僕は、この教室の後ろのドアから誰かが入ってきた事に気づかなかった。



突然、後ろから大きな衝撃があって、床へと押し倒された。抵抗する間もなく上に乗っかってくる。

…2人組の男子学生だった。押さえつけられたまま逃げ出そうとするけど、僕一人の力じゃビクともしない。


「っ、おい、何すんだよ!」


「へ〜言われた通り、男の癖に可愛い顔してんな」


「…俺も、っ、興奮してきたかも」


…どういう事だ。様子のおかしい2人は僕の服に手をかけた。


「やめろよ!!」


「おとなしくしてれば、痛くしないよ?」


「は?…やめろって!」


もう…言われなくても、どんな事をしようとしているのか嫌でもわかった。

僕は男なのに、なんで…?

やっぱり、キムテヒョンと、パクジミンの命令なのか?


2人がかりで、ズボンのベルトも外され、シャツはほとんど引きちぎられた。


「…やだって、!」


「そんな事言われると逆に興奮するんだけど」


「……っ!」


どうする、どうしたらいい。

力では叶わない。

こんなやり方で僕に最悪な目に合わせようとする

アイツら… "αστέρι" は、本当に同じ人間とは思えない。ただの悪魔だ。


もう力も出ず、ダメだと思って涙が零れそうになったその時、別の方向から声が聞こえた。


「……うるさいなぁ」


耳障りの良い、その声の主が顔を表す。

…チョンジョングク、だった。


「…ジョングク様、なんで、こんな所に…!」


「昼寝、してたんだけど…お前らうるさい」


先程までの男達が嘘みたいに、チョンジョングクにへこへこと頭を下げている。…なんでこんな所に、気がつかなかった。


「えっと、すみません…!でもこれは、テヒョン様とジミン様のご命令で」


「…俺の睡眠の妨害、しないでくれる?」


言葉は少ないが凄みを聞かせて言ったその言葉に、

僕を襲った男子生徒2人はすぐに謝り、逃げるようにこの教室から飛び出して行った。


その瞬間、僕が今どんな格好でいるかも忘れて

怖くて怖くてたまらなかったからか、涙がとめどなく溢れてきた。


「…こ、わかっ、た…」


「…ねぇ。なんで男の癖に襲われてんの」


ジョングクさんに見られているのに、涙がとまらない。

そうだ。…お礼、言わなきゃ…


「…あ、の…助けてくれて、…ありがとう」


「別に。寝てんのに…邪魔されたから」


目を背けながらそう言われた。…多分、いや絶対、この人は僕を、助けてくれたような気がする。


「あのさ、服…どうにかしなよ」


静かな声でそう言われ、僕は下を向いて自分見なりを見てみる。


「……え!?…」


制服のシャツも、中に来ている肌着も破け、ベルトは床に落ちていてほとんどパンツも丸見えの状態だった。他の人に見せられる状態ではない。


…どうしよう。


替えの服もない。自分の部屋に戻ったらあるとしても、学校のある時間帯に宿舎へ戻る事は禁止されている。


…もういっそ、ここで時間を潰してサボってしまおうか。そんな事を考えていると

ジョングクさんが立ち上がり、僕の頭の上から何かを被せてきた。


「…これ、何…?」


「別に、暑いからいらなくなった。」


つっけんどんな風にそう言う。それはジョングクさんがさっきまで来てきたブレザーだった。


「…いやでも、そんなに暑くないよ?」


「俺は暑いんだよ…」


"αστέρι"の1人なのに、なんでこんな事してくれるの?

キムテヒョンとパクジミンとは仲間でしょう?

僕を助けて、服を貸したなんて知られたら…どうなるの?


言葉には出さないけど、ただただ疑問に思った。


…と、いうか…この人は、僕が今…δόξαの標的になっている事も知っているんだろうか。


でも今は、有難く受け取っておこう。


「…ありがとう。」


身なりを整え、…これで教室にも戻れる。


静かな沈黙が流れた。なんだか気まずくなって話しかける。


「い、いつもここ!…来てるの?」


「まぁ、たまに昼寝しに来てる」


ジョングクさんが今日、昼寝しようと思ってなかったら僕はどうなってたんだろうとゾッとする。


「…僕も、ここに来てもいい?」


…いや、いやいやいや!何を言ってんだよ僕は!

絶対迷惑!睡眠妨害だよ…

しかもこの人は僕の敵、なんだよ…


「い、いやごめん!今のな…」


「別に、勝手にしてよ」


すっごく冷たい風を装った言い方だけれど

明日もここに来たいな、なんて思ってしまった。




するとジョングクさんは小さく、それじゃあといって立ち上がりこの部屋を出ていこうとした。


後ろ姿を見送っていると、突然振り返った。


「…あの、俺年下だし…ジョングクって呼んで」


「…え」


返事をする間もなく行ってしまった。

予想外すぎて何を言われたのか一瞬理解出来なかった。


…ん?ジョングクと呼べ?って言われた、よな…


ジョングク、が出ていったドアの方を見つめる。


「…なんなの…アイツ…」



ジョングクが貸してくれたブレザーに顔を埋めると、爽やかな花の香りがした。


どうして、こんなにも…心臓が大きく音をたてるんだろう。

昨日、目が合った時と同じように。


新しく何かが、始まる気がした。