狂気に墓

かいわれ
@tatannotatann

抱いた疑問

 いつあの狂気が現れるか分からないため、鶴丸の傍にいるようになった。といっても四六時中は難しく、周囲に勘づかれるわけにもいかないため、気配を捉えられる距離を保っている程度。鶴丸と直接話すことは、まだ避けてしまっていた。

 しかし、そうも言って居られない時もあり、今がまさにその時だった。


「万事屋の近くにね、新しいカフェができたんだって。一緒にいこうよ!」

「一期一振が言っていた店か。俺も気になっていたんだ」

 廊下の先、寄り添うように白い着物と桜色のワンピースが揺れている。一歩踏み出すごとにふわりと揺らめいて、近づいて。笑いあう明るい声と相まって、それはとても仲睦まじく見えた。けれども二人の向かう先は、本丸の中でも人気の少ない薄暗い区画。


 俺はわざと足音を立て、二人の裾が触れ合う前に声をかけた。

「すまない、少しいいか」

 途端に振り返ってきた二人のうち一人を、布の下から注視する。

「山姥切か。どうしたんだ?」

 鶴丸は穏やかな表情をしていた。あの狂気など微塵も感じられず、そっと力んでいた肩の力を抜く。

「……五虎退の虎を見なかったか?」

 呼び止める事が目的のため、適当に先ほど洗濯場の近くで見かけた五虎退を理由として挙げる。虎の名前を呼んでいたから、決して嘘というわけでもないだろう。

 ただ恋人同士の貴重な時間を邪魔する理由としては、弱めなことは否めない。

 ほぼ日常的に迷子になっている五虎退の虎は、もう何度も使った手だった。現に理由を告げた瞬間、主の目に険が含まれたのが見えた。それに罪悪感が鎌首を擡げるも、俺のすべき事を譲るわけにもいかない。


「ははは、また迷子が出たのか!相変わらずあの子たちは元気だな」

 一方の鶴丸は特に気にならないようで、にこやかだ。

「……この間も迷子になってたよね?」

「この間は屋根の上に登っていたんだったか。どんどん行動範囲が広くなっているから、探す難易度も上がって大変だよな」

 そう言って小虎を探すようにキョロリと周囲を見渡した鶴丸に、このままではいつも通りになると思ったのか、主が気を引こうと裾を引っ張る。そして話題を代えようと、こんなことを言いだした。

「そういえばさ!最近、山姥切とよく会うね?」

 思わずピクリと肩が揺れた。


 この本丸で唯一身を守る術がない主と鶴丸が二人になる事だけは、なんとしても避けなければならない。ただでさえ主は一度標的にされている。そのためそうなりそうな時は今のように、とにかく止めに入るようにしてきた。だから確かに、この3人で顔を合わせる事がどうしても起きてしまっている。

 それを不自然に思われるのは不味い。どうにか言い訳しなければと考えていると、あっけからんとした言葉が聞こえてきた。


「お、そうなのかい主?」

「えっ!?鶴丸もでしょう!この間の虎の他にもいろいろ、山姥切に声かけられたじゃない」

 どうやら鶴丸と主には認識の差があるらしい。だがざっと思い出してみた限り、主がよく会うと感じるのはむしろ当然といえる回数に渡っていた。しかし鶴丸はピンとこないようで、首をかしげている。

「確かに最近山姥切と話すようになったが……回数が多いとは思わなかったな」

 むしろ、足りないと思っていたんだが……


 何気なく最後に付け加えられた言葉。思わずキュッと胸が締め付けられた。以前は確かに、鶴丸と俺は毎日のように話をしていた。俺自身、多くなったというよりは少なくなったと感じているくらいに。

 この寂しさにも似た感覚を、鶴丸も共有しているのだろうか。


「鶴丸…」

 思わず零れた名前に、鶴丸が目を見開く。その瞳が一瞬だけ、以前のように柔らかな色合いになったかのように見えた。

「なあ、山姥切ーー」

「鶴丸!」

 何かを言いかけた鶴丸の腕を、主が強く掴む。

「わ、私は鶴丸との会話が足りないと思うことがあるの!恋人、なんだし……!」

 そういって上目遣いに、どこか必死に鶴丸を見る主。

 俺はそれを見て、そっと後ろに下がった。……そうだ。俺はこの鶴丸に用はないのだ。


 俺が布を引っ張るのと同時に、鶴丸は俺から視線を外し、主を抱き寄せる。

「それは大変だ!俺も君ともっといろんな話をしたいと思っているから、沢山話そう!山姥切、すまいないが今日は主との時間を優先させてくれ」

 こうなってしまったら、これ以上引き止める事は難しいだろう。俺は無言で首を縦に振った。けれどもせめてと、人気のあるところに誘導する。

「引き止めて悪かった。この先は日陰が多くてまだ肌寒い。語らうなら庭の茶室が開いているぞ」

 茶室のすぐ傍では、短刀たちが遊んでいた。気配に敏感な短刀ならば、鶴丸の異変にもすぐ気がついてくれるだろう。俺の部屋からも近い。

「それはいいことを聞いた!ありがとう山姥切、行ってみるぜ」

 そう言うと二人は茶室の方に歩きだした。


 俺はその白い方の後ろ姿を見つめる。

 気配りができて面倒見がよく、それでいて童子のような明るさと爽やかさ。鶴丸は以前と全く変わっていない。あれ以来、狂気の欠片も表に出てきていないことも相まって、まるであの日のことが嘘のように。

 しかし鶴丸が俺を殺そうとしたことも、俺が鶴丸を殺しかけたことも全て現実。

 だからこそ、俺にはどうしても気になることがあった。

 もう見えない背中に問いかける。

「……あんたの狂気はどこから来たんだ……?」

 鶴丸国永が、なぜあの恐ろしい狂気をその身に宿したのか。

 知りたいと思った。

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