Mirrordoll

卯月姫@夏花
@hanahanasikihim

哀れみでもいい

少し手続きがあるから、と朝霧少佐が部屋を出た後。

「いや~でもほんまによかったなー冬華!まぁオレはすぐ帰ってくるやろな~と思ってたけどな」

時雨がうんうんと頷きながら僕に話しかける。時雨の情報は『基本陽気でバカな女好き』。〝冬華〟はどんな時雨の冗談でもちゃんと聞いてあげるそうなので二人の仲はいいらしい。冬華が美少女なのも一理あるだろうけど。

「調子いいこと言って…まぁ今日は仕方ないか。なんてったって冬華が帰ってきたんだもん!!」

花火とは同じ班で同じ女子であり、年も近いことから唯一無二の親友のようだ。

花火は潜入、変装が得意らしい。方言を使っていないのも余計なクセを無くすためだそうで、もしも僕が普通に会っていたら同じような特技にきっと親近感を持って意気投合していただろう。

「私も久しぶりに二人に会えて嬉しい!二人とも元気にしてた?」

「えっ?……あー…うん。あたし達は、まぁ……でも西宮が、さ……」

「ほんまに人が変わったみたいにへこんどったで」

「っ……悠くん、が……」

「今日のこともめちゃくちゃ楽しみにしとってんで!それやのになんか静かやなあいつ、久しぶりに大好きな彼女と会って照れとんねんで絶対。な!悠!

うわっ!何だよ時雨…うっせぇな…」

時雨が半分小馬鹿にしながら悠の肩を思いっきり叩く。悠は嫌そうにしながらも時雨と楽しそうに喋っている。

そんな様子が微笑ましくてつい見つめてしまう。

「……花火ちゃん。」

「ん?」

「少しね、悠くんと二人で話したいんだけど……」

「!…まぁ愛しの恋人との久しぶりの再会なんだしね~。よし!わかった!」

「もう、からかわないで!…ありがとう花火ちゃん」

「えへへ♪ねー時雨!!

花火が時雨を呼ぶ。上手く言って外へ連れ出してくれるつもりなのだろう。

「んあ?」

「あたしピン無くしちゃってさーちょっと探してほしいんだけど」

「はー?なんでオレが探さなあかんねん」

「お願い!探し物の天才の時雨にしか頼めないの!」

「そっ…こまで言われたらしゃーないな!よっしゃ行くで花火!」

「ありがとー♪」

花火の言い方が上手いのか時雨がチョロいのかはたまたその両方か。

とにかく花火と時雨が連れ立って部屋を出ていってくれたので、僕は悠と二人きりになった。

二人が出ていく時も悠は何とも思っていないように見えたが、僕と二人きりになった今、明らかに機嫌が悪くなったように見える。

「……ねぇ…悠 …大丈夫?」

「……何が?」

「いや、その…………ごめんね悠。」

「何でお前が謝るんだよ。」

「……だって…楽しみにしてたって聞いたし…。」

「しょうがねぇだろ、これがお前の任務なんだから。」

「………うん。」

本当に罪悪感は感じていたのだ。

いくら(最初は)誰でも完璧に欺けると思っていたとはいえ、騙すことに罪悪感がなかったことなんかない。

ましてや愛する恋人に為り代わることはいつもより苦しいことだってわかっていたつもりだったのだ。

やっぱり僕には人の心なんてないらしい。


自己嫌悪に苛まれて沈んでいる僕を見かねてか、珍しく悠の方から僕に話しかけてきた。

「名前」

「……え?」

悠が僕を真っ直ぐ見る。

「お前の名前、何て言うんだよ。」

「僕の、名前…?」

予想外の質問だった。

悠が〝僕〟自身に興味を持つなんて。

ただ、この質問に相応しい答えを僕は持っていない。

「僕に個体として識別するための名前はないよ。マスター…研究者達には『かがみ』って呼ばれてた。」

「鏡…かがみ、か…」

呟くように言った後、悠はパッと顔を上げた。


きょう。」


「……きょう?」

「お前の名前。生き物なんだから名前いるだろ。捻りが無くて悪いけど。」

「僕に名前をくれるの…?」

「俺は〝お前〟をこう呼ぶ。冬華と区別するためにもな。」

そう言って悠は少しだけ笑った。

「これからよろしく。鏡。」

一瞬で沈んでいた心が浮かび上がったのを感じた。

嬉しい、嬉しい嬉しい!

初めて見た悠の優しい顔。まるで自分の存在をもらえたような気持ちだった。

やっと許してもらえたのだ。自分の様な異物でも朝霧班ここにいてもいいのだと。


鏡の胸はとてもあたたかくなっていた。この会話のすぐ後に帰ってきた時雨と花火に何か嬉しいことがあったのかと聞かれるぐらいには浮かれていた。

嬉しかったのは名前をもらったことだけではない。冷たいと思っていた悠の優しさが少しだけでも見れたことだった。

素直に喜ぶ鏡を見て悠は少し微笑ましく思った。そして鏡に対する自分の気持ちが少しずつやわらかくなっていくのを感じていた。

少しして朝霧が皆を夕飯に呼びに来た。


その日食べた夕飯は、今までのどんな食べ物より美味しい、と鏡は思った。


著作者の他の作品

黒を纏った、雪のように美しい〝悪魔〟に、恋をしたのだと思っていた。

魚が泳ぐ教室で、『神様』と話したありふれた夏のこと。