ヒーローの日常

ねむこ
@nemuko_free

鳴り響くアラームの音。夜更かしをした身には、まるでドラムのバズロールのように聞こえて頭が痛くなる。

バンッと勢いよくアラームを止めれば、バキッと嫌な音が聞こえたものの、俺は戻ってきた静寂に安堵の息をついて、また穏やかな眠りへと誘われたのだった。


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「今準備してるところだぞ!

俺が悪いのはわかってるから、そんなに怒らないでくれよ!」


数時間後やっと目を覚ました俺は、壊れた時計と上司からのコールで自分の失態を即座に理解した。

ベッドを勢いよく飛び出してバタバタと準備をしながら着信ボタンを押せば、お前はどこにいるんだとお怒りの声が聞こえてくる。

30分で来いと無茶なことを言われるも、確かにそれくらいが許されるタイムリミットだなと時計を見てため息をついた。


OKボスと一言返して電話を切るときには、すでにスーツに着替えていた。ヒーローにとって早着替えは必須スキルだ。

朝食をとってる暇はない、仕方なく買い置きして置いたカロリーバーを手にし、リビングのテーブルに広げたままであった世界会議の書類をバックパックに詰め込んで、寝癖も気にせず俺は外へと飛び出した。


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ホテルから会議場までなら、猛スピードで走れば間に合うはずだった。ヒーローの俺が本気で走れば、信号で止められるバイクや車なんかよりよっぽど早い。

だが、ここからが予想外だった。


ホテルから飛び出し、GO!と走り出した瞬間、まず目の前の交差点で、今にもトラックに轢かれそうな少年が見えた。

俺は慌てず冷静にスーパーダッシュを決めるとそのままの勢いで少年を抱きかかえ、突っ込んできたトラックを片手で押さえた。

ずずずっと少しだけ後ろへと押されてトラックが止まる。新しい靴だったが、靴底がさっそくすり減ってしまった。


「君!気をつけなきゃダメだぞ!それじゃ!!」


少年を安全な歩道へ下ろして、運転手にビシッと指をさす。呆然としてる2人や通行人を置いて俺はまた駆け出した。


さらに数ブロック進むと、ゆっくり歩いているおばあちゃんの上に、道で作業してた塗装屋のペンキが降りかかりそうになっていた。

今度はダッシュじゃあ間に合わない、俺は着ているジャケットを華麗に放り投げておばあちゃんにかかる前にペンキをガードした。


「Hey!!周りをよく見てくれよ!」


ものすごく申し訳なさそうにしてる作業員をそれ以上怒ることもできない。

事態に気付いて礼を言うおばあちゃんに軽く手を振りながら、イエローになったジャケットを拾い上げて俺はまた走り出した。


さらに数ブロック先に行くと何か騒がしいパトカーの音が聞こえた。どうやら強盗が立てこもっているらしい。

俺が知り合いのSWAT突入部隊隊長に声をかけると、彼は安心した様子で俺に中の様子について説明し始めた。


「OK、任せて」


そこからはいつもの通りだった。

女子供の人質と引き換えで俺が中へと入る、あとはもうヒーローの独擅場だ。他の人質を守りつつ強盗たちを叩きのめす。

ちょっと急いでいたので、いくらか弾丸がかすって服が破けてしまったがなんてことはない。

俺が入って数分後にSWATも突入。無事制圧が完了した。


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俺はまた駆け出す。

そこからもトラブルの連続だった。小さいことから大きいことまで、とにかく色んな事件が俺に降りかかってくる。

そうして俺が会議場に着く頃には、予定より1時間もオーバーしてしまっていた。


駆け込んできた俺の姿を見るなり、上司やスタッフ達は怒るのも忘れて何があったと悲鳴をあげる。

とても大ごとになりそうだったので、大丈夫!早く会議を始めよう!と極めて明るい声で告げ、引き止める声も聞かずに会議室の扉を開いたのだが、入ってきた俺の姿を見て何カ国かは卒倒していた。

それも仕方ないかもしれない、とにかく本当に色々あった俺は、もうすっかりボロボロで普通の人間なら病院送りな状態だ。

しかし、アドレナリンが多量に分泌されて興奮状態の俺の足は止まらず進む。


真っ青な顔をして慌てて近づいてくるイギリスを無視して、俺は颯爽と会議室前方中央へと足を進めた。

イタリアは軽く悲鳴をあげてるし、ドイツも唖然としている、日本は真っ青になっていて、中国は「アイヤー!」と大げさなくらい驚いている。

フランスも慌てた様子でイギリスと一緒に俺に向かってきていたし、珍しいことにロシアもびっくりした様子で俺を見ていた。


なんだか意識がふらふらしてきたが「この一言を言わねばならない」という謎の使命感が俺を奮い立たせていたのだ。

そうして俺は、やっとの事でたどり着いた場所で、この一言を高らかに告げるのであった。


「よし!会議をはじめよう!」