【新刊サンプル】まりろまキンディア(後編)

吉見しろ
@yoshimi_siro

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まりろま❤キンディア(後編)

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冒頭




 水面に、自分の姿が映る。

 見慣れた顔に、左右で二つに結った髪。ぱちくりと瞬く双眸。特段変化はない普段通りの自分が、そこに居た。ただ唯一、身に纏う服だけがその例外だ。

「…………」

 無言のままじっと、ディアンヌは己が姿を見つめる。全く同じ顔の少女がこちらを見つめ返していた。

 明るいオレンジ色の、可愛らしいワンピース。胸元はちょっとだけ開いているけれど、でも、ディアンヌの好みを知り尽くしたような、そんなデザインの服。

 先日、ハーレクインが作ってくれたものだ。ひらひらといたずらに揺れるスカートの裾を、つまんでみる。

「……可愛い」

 改めて、口に出してそう言ってみる。

 とっても可愛い、素敵なワンピース。

 ハーレクインが自分の為だけに、何日も何日も苦労して作ってくれた服。この森に来てたくさんのものをもらったが、その中でもとりわけ嬉しかった贈り物が、これだ。

 彼が嬉しそうにプレゼントしてくれた、あの顔は今もはっきり覚えている。喜ぶディアンヌに「とっても似合うと思うんだ」と、照れながら笑う彼が、太陽みたいに見えたのだ。

 ――とても、嬉しかった。時間が経った今も、ありありとその時の幸福感が蘇るくらい、ただただ幸せだった。

 もちろん、もらったワンピースも嬉しかったものの、彼が時間を割いて作ってくれたのが何よりも格別な事に思えた。生涯の伴侶として認められたような気がして、とても幸せだったのだ。

 ――だが同時に、ディアンヌは不安にもなった。

 これを着たら、なんだかハーレクインが居なくなっちゃいそうで、また一人ぼっちになりそうな気がして――怖かった。

 ただの直感だ。何故そう思ったのかは、分からない。

 それでも、無性に怖かった。

 大好きで大好きで仕方がない彼の、その気持ちが詰まった服を着ているのに――世界で一人ぼっちみたいな孤独の中を生きるのが、怖かった。そう直感的に思ったのだ。

 だが実際には、ディアンヌに恋人が居た覚えはなく、あくまでそれは例え話に過ぎない。それでも何故か現実として、彼女は途方もない孤独と絶望を感じながら、この二百年くらいずっと生きてきた。

 故にこのワンピースを着たら、またそれに戻ってしまうんじゃないかと、また一人ぼっちになるじゃないかと怖くて仕方がなかった。何故そう思うのか分からないのに、確信に近い何かがディアンヌを不安にさせたのだ。

 ――でも、ハーレクインは言ってくれた。

 ずっと側に居てくれるって。

 仕方なくディアンヌと結婚しただけなのに、それなのにずっと一緒にいてくれると、彼はそう約束してくれた。

 だからディアンヌも、その言葉を信じたいと思ったのだ。

 ハーレクインの服を着て、ハーレクインのお嫁さんとして生きていきたいと、心からそう願っている。

 だからこそ、勇気を振り絞ってこのワンピースを着てみたのだ。

「……可愛いかな?」

 とても静かな、妖精王の森の朝。まだうっすらと霧が残る泉の水辺に立つディアンヌは、水面に映る自分の姿を照れながら眺めていた。風に揺れる泉に映ったディアンヌは、もじもじと見つめ返している。

「とっても素敵よ?」

 少し離れた先にふわりと浮いているエレインが、優しく微笑む。見かけはディアンヌよりも更に幼い幼女だが、纏う雰囲気も仕草も、落ち着いた女性そのものだ。

「兄さんが、あなたの為に頑張って作ったんだもの。とても似合うと思うわ」

「う、うんっ」

 その妹であるエレインに褒められて、ディアンヌはますます頬を赤らめた。

 正面から見ても、横からの角度を確認しても、ちょっと上体を捻って後ろ側を確かめても――どこから見ても可愛いワンピースだ。

 こんな素敵な服をハーレクインが作ってくれた、自分の為だけに。

 それが嬉し過ぎて、ディアンヌは照れ照れと自分の姿を眺めていた。そんな彼女を、エレインもまた穏やかな笑顔で見守っている。

「さっそく、兄さんに見せていってあげたら? 誰よりも兄さんが、ディアンヌのその恰好を見たかったはずだわ」

 それとなく告げられた進言に、彼女は「う、うん」と俯く。

 ハーレクインに、この服を着た姿を見せる。気恥ずかしい反面、期待で胸が膨らんでいくのを自分でも感じた。

 ――ハーレクインは、喜んでくれるかな?

 似合うって言ってくれるかな? 可愛いって、褒めてくれるかなぁ。

 期待してしまう一方でほんの少しだけ不安にもなるディアンヌに、エレインは「大丈夫よ」と励ました。

「誰よりも兄さんが喜ぶわ。見せに行ってあげて」

 他でもない彼の妹にそう勇気づけられて、ディアンヌは小さく頷いた。

「う、うん」

 エレインが、自分に嘘をつくはずがない。大喜びとはいかなくても、ハーレクインだって多少は喜んでくれる、はず。だって「着てくれないの?」と催促してきたぐらいだ。

 よし、と意気込むとディアンヌはまだ赤みの残る顔をより溌溂とさせた。

「ハ、ハーレクインの所に行ってくる!」

「ええ」

「す、すぐに戻ってくるね!」

 そう言って駆けだそうとする彼女に、エレインは「ふふふ」と笑い声を零す。まるでおつかいに出かける子供を優しくたしなめるように、にっこりと告げた。

「戻って来なくても大丈夫よ。その代わり、兄さんにいっぱい褒めてもらうといいわ」

 からかっているにしてはあまりにも穏やかな笑顔でそう言われ、ディアンヌはまたポッと頬が熱を持った。途端に、ハーレクインに「似合うね」と頭を撫でられている光景を思い浮かべ、照れを隠すように一際大きな声で宣言する。

「行ってくるね!」

 短くそれだけ告げると、にこにこ笑っているエレインをその場に残し、ディアンヌは颯爽と駆けだした。

 まだ冷たい朝の空気を日の光が照らす森。妖精達の明るい笑い声が満つる森の中を、転んで服を汚してしまわないよう慎重に、でも上機嫌で走っていく。

 目指すは、この森の王、ハーレクイン。

 もう既に起きて、ふらふらと行動している時間だ。今日は珍しく、彼女の姿を遠くから眺めてはいないものの、うっすらと感じる彼の魔力の方へ向けて進んでいく。

 それにしてもと、まだ少し熱を帯びている頬を冷ますように、両手を添えてみる。

「……エレインったら」

 ハーレクインの妹であるエレインにまで、ああ言われてしまうとは。彼女にも、大好きなのだと知られてしまっているみたいだと、気恥ずかしくなる。

 やっぱりボク、バレバレなのかもしれない。という事は、ハーレクインにも大好きだって気づかれているのかも、と不安になる。

 そもそも、妖精族は心が読めるそうだ。

 彼は「苦手なんだ」とはいうけれど、全く読めないわけではないはずだ。ディアンヌが彼を大好きだと知っているからこそ、遠慮してあんなに気遣ってくれているのかもしれない。彼は、性根の優しい人だから。

 そうだったら、どうしよう? でも好きだって気づいてもらいたいのは本当だし、と思い悩んでいる間に――探し求めている背中を、見つけた。

 いくつも巨大キノコが群生している、その内の一つ。一際傘が大きいものの上に、腰掛けている小さな後ろ姿。妖精界では珍しい、人間みたいな服。羽こそないものの、立派なこの森の王。

「ハーレクインっ」

 遠くからそう呼びかけると、あちらを向いて座っているその背がびくりと震えた気がした。傍らのオスローを撫ぜていた手が、止まる。

 その近くまで駆けていったディアンヌは、身長の高さほどある傘の上に座ったままの彼を見上げた。少し乱れた息を整えながら、彼からよく見えるように両手を広げる。

「ハーレクイン」

 ようやく、その瞳がゆっくりとこちらを振り返った。見慣れた金色に僅かばかり驚きが混じるのが、少し離れたこの距離でも分かる。

 ――このワンピースを着たボクに、驚いている。

 そうと分かって、もじもじと視線をさ迷わせるディアンヌ。照れている彼女に、ハーレクインはその場からするりと落ちると、近づいてくる。

 彼が間近にやってくる気恥ずかしさから口元を髪で隠すと、もじもじと肩を揺らした。

「ハーレクインの服、着てみたの」

 すぐそこまでやってきた彼が、改めてじっと、ディアンヌを見つめている。驚ききっているのか、無表情に近いその顔から感情は上手く読み取れない。だが、瞬きを忘れたように見つめるその瞳に照れて、ディアンヌはそっと視線を落とした。

「に、似合う?」

 そう聞きはするものの――求めている答えはたった一つだ。

 似合うと、言って欲しかった。

 彼が選んだ色、彼が選んだデザイン。彼が作ったその服が、ディアンヌにぴったりよく似合うと、彼のその口で告げて、喜んでもらいたかった。彼本人によく似合うのだと、そう言ってもらえているような気がするから。

「どうかな?」

 とダメ押しで聞いてみると、その声でハッと我返ったのかハーレクインは「ああ、うん」と頷いた。

「とってもよく似合うよ」

 求めていた言葉をその口から聞いて、また熱くなる頬を隠すようにディアンヌは髪の端を引っ張った。

 ――嬉しい。

 全身をじわじわと回るその幸福感に酔いしれる。ハーレクインがこの服を似合うと言ってくれた。とても、幸せだった。

 どことなくハーレクインに元気がないような気はしたものの、至る方向からまじまじと確認する視線に全身を撫でられて、すぐさま有頂天になる

 照れている間に、彼は自分の作った服に問題がないのをチェックし終えて、満足そうなディアンヌを見、それからふいと視線を落とした。

「あ、その、オイラそろそろ、グロキシニア様の所に行かなくちゃいけないから」

「うん」

「ま、また後でね」

 そう言うや否や、ディアンヌの顔を見ることもなくするすると浮かび上がって、どこかへ行ってしまおうとする。――でもまだ、肝心な事を言っていない。

 遠ざかっていこうとする背に「ハーレクインっ!」と大声で呼びかける。ぴたりとその場で立ち止まるものの、こちらを振り返らない彼へ更に大きな声を張り上げた。

「ありがとっ、ハーレクイン」

 どれだけ口にしても、この気持ちには足りない。まだまだ伝えきれないのだ。

 ――嬉しかった。これ以上ないくらい、ディアンヌは幸せなのだ。

 このワンピースも。ずっと傍に居るって約束してくれた事も。そもそも、行く宛てのない自分と結婚してくれて、ここに置いてくれている事も。

 彼には、感謝してもしきれない。でも、こんなに何もかも嬉しいのは――それはきっと、ハーレクインが相手だからだ。

 他の男の人では、こうはなからなかったはずだと、分かっている。

 ハーレクインだからこそ、こんなに嬉しいのだ。

「ボク、この服、とっても大事にするね!」

 そう大きな声で礼を言うと――ままあって、彼はくるりと振り返った。離れていった時の半分にも満たない速度でのろのろと近寄ってくると、その掌がディアンヌの頭にのる。

 優しく撫ぜられて、思わずふふっと笑ってしまう。いい子だと褒められているみたいで、とても嬉しかったからだ。

 幸せいっぱいで頬を綻ばせる彼女に、ハーレクインも微笑んだ。

「キミの為に作った服だもの。キミが喜んでくれたなら、オイラも嬉しいよ」

 そう言って、額や頬の輪郭を撫ぜていった手は、するりと離れていく。名残惜しそうに目を瞬くディアンヌを余所に、彼は「ちょっとだけ行ってくるね」とだけ告げて、一歩分遠ざかった。

「うんっ。お昼ごはん、食べないで待ってるから」

 早く帰ってきてねとは言えず、暗にそう口にする彼女にハーレクインはこくんと頷いた。

「じゃあ、行ってくる」

 そう告げてこちらを向いた背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。

 ハーレクインが、行ってしまう。

 なんだか無性に寂しいような、もう手が届かなくなりそうな、そんな不安が過るものの――あっという間にその後ろ姿は木々の合間へと消えてしまった。

 ディアンヌはしばしその場で、彼が行ってしまった森を見つめる。

「……どうしちゃったんだろ?」

 なんだか、少し元気なかった気がする。昨日、鼻血を出して頭を打っちゃったから、それが原因かも?

 それとも――あんまり似合わなかったのかな?

 頭をかすめた思いに、自分の身をまじまじと見つめる。

 ディアンヌの体にぴったりのワンピース。サイズもそうだが、彼女を引き立てるように考え尽くされたその服は、自分でも似合うとは思う。

 ――もう少し喜んでもらえると思ったのにな。

 靴の爪先で、足元の小石を弄る。膨らみきったまま、宙ぶらりんになってしまった期待を持て余し、ちょっぴりだけ切なくなったのだ。

 確かにハーレクインは喜んでくれた。似合うと言ってくれた。頭まで撫でてくれた。

 でも欲を言えばもう少し、動揺したり、照れて貰いたかったのだ。

 可愛いとまで言ってくれなくても、いつも以上に顔が赤くなったり、ドギマギしてもらいたかった。異性として、褒めたり恥ずかしがったりしてもらいたかったのだ。

 ――やっぱり、ボク、魅力的じゃないのかな?

 ううんそもそも、ハーレクインどこか体がおかしいのかも?

 だって突然鼻血を出して倒れるだなんて、ちょっと変だ。妖精族は病気にかからないかもしれないけれど、例外はあるかもしれない。

 根本的に、ハーレクインは王様なのだから、誰よりも大事な体なのである。どこかおかしいのなら一刻も早く治さないと、皆も、ディアンヌも困るのだ。

 なにより――もうちょっとだけ、側に居たい。

 先刻の寂しそうな彼の顔を思い出すと、弾かれたように駆け出した。彼が消えた木々の合間を一目散に走っていくと、すぐさま前方に、ふらふらと飛んでいる見慣れた背中を見つけた。

「ハーレクインっ」

 と駆けてきた勢いのまま抱き着くと、両腕の中から「わぁあああっ!」と悲鳴が上がった。



本文につづく




次のページは、中盤になります。

ふんわりネタバレしなくもないので、冒頭以外読みたくない方はリターンして頂ければ幸いです。



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