恋する動詞111題・021~030

みもち(創作アカ)
@mimochi_sousaku

029. 抱きしめる:甲斐裕次郎

例えば、ボールとか、人懐っこい犬とか。

そういうのが自分に向かって飛んできたら、まずはそれを受け止めようとしちゃうのは、条件反射だと思う。


だから、すれ違いざま、別の誰かにぶつかって俺の方によろけてきた彼女を抱きとめたのは、俺の下心とかそういうのとは無関係で。

だけど、受け止めた後で、あれ、と思う。


ボールなら投げ返したり、犬なら撫でまわしたりするけど。

受け止めたのが、ちょっと気になってる女の子だった場合は、この後、どうすりゃいいんだろう?


勢いに圧されて壁にしこたま打ち付けた背中の痛みより、腕にほんのちょっとだけ触れてる彼女の肌の滑らかさの方に気を取られる。

突然のことに驚いて呆然としてるらしい彼女の髪からは、なんだかいい匂いがしてきて、意味もなく深呼吸してしまう。


……抱きしめちゃっても、いいのかな。


湧き出た欲望は、あっという間に俺の身体中を駆け巡る。

行き場に困ったこの両腕を、彼女の腰に回してしまえば、それはすぐに叶う。

腕の中に彼女を閉じ込め、自分だけのものにすることへの、抗い難い誘惑。


けれど結局俺がしたのは、彼女の肩に手を置いて、そっと身体を離すことだった。

「びっくりしたさー。大丈夫かー?」

努めて明るく言って顔を覗き込むと、我に返った彼女は途端におろおろと視線を泳がせる。

「あっ…あの、ごめ…」

「まぁ、わんの胸に飛び込んできたのは正解だな。転げなくてすんだろー?」

おどけた口調に合わせ、にっ、と笑うと、ようやく彼女もホッとしたのか、小さく笑う。


……ヘンなことしなくて、マジ良かった…。


心の奥で安堵の息を吐く俺を、彼女が不思議そうな顔をして見上げてくる。

慌ててなんでもないと言いながら、いつか、ちゃんと彼女を抱きしめられる日が来るといいなぁ、なんてことを思った。