七夕

故郷を離れて過ごす初めての七夕だった。


昔はよく天の川を見に出掛けたものだったけど。この頃の京は物騒で、父を亡くしてからは尚更、星を見に夜出歩くこともなくなっていた。


晋作さんと出会って、星を見上げる夜が増えた。


「見えるか?」

「うーん……」


お金がなくて、野宿した夜もあった。離れ離れになって、月に願いをかけた日々もあった。


動乱の京を離れて見上げる夜空は、信じられないほど黒くて、それでも光に満ちていて……それだけで心慰められることが幾度あっただろう。


せっかくの星祭の夜。彦星が渡るという河を見られたらよかったのだけど。


「難しそうか」


ここ最近の七夕はいつも曇っている。あるいは雨が降っている。所詮、こういうものなのかもしれない。そんな淋しい感慨に浸りかけたとき、晋作さんが徐に三味線を鳴らし始めた。



「惚れた女を

 追いかけ追っかけ

 いざ渡らんや

 星の河」



初めに目が合った。気づけば、微笑み合っていた。



晋作さんの声色は相変わらず艶やかで、でも遊び心もたっぷりで。なんだかんだ少女趣味の私を慰めようとしてくれているのがわかった。


「なんですか、もう」


そんな意図がわかって、少しはぐらかしてみせると、それから晋作さんはどんどんと都々逸を紡ぎ始めた。



「機を織り織り

 牛を引き引き

 逢瀬はまだか

 二つ星」



「ふふっ」


いつになく戯けた節回しに、こちらも楽しくなってくる。まるで読み聞かせをするように、晋作さんが奏でる織姫と彦星の物語は、それから四半刻ほど続いた。



***



「天の川のこと忘れちゃいました」


すっかり馴染んだ二人寝の褥。先刻の都々逸が忘れられず、私は思わず呟いた。


「見えなければ、見えるようにするまでだ」


暗い寝間に響く晋作さんの声は低く、優しい。七月ながら雨に冷えた夜風に、二人で分ける体温はあたたかい。


「……花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」

「え?」

「先人の言葉だ」


その掠れた囁きは私の吐息を射止め、やがて静かな水音が続いた。瞳を閉じ、意識を熱に任せれば、遥かな夜空のせせらぎが聞こえた気がした。


満開の桜も、曇りなき満月も、確かに見事なものかもしれないけれど。


雨に向かいて月を恋い、垂れ籠めて春の行方知らぬこそ生まれる情緒を、私は知っている。

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