銀河帝国の黒薔薇物語ー Rose & Freisetzung ー

mayu@リンホラ待機
@Mezz0Tk

Rose & Freisetzung

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 ラインハルト率いるミューゼル艦隊は、9月4日、ガス状惑星レグニツァの衛星軌道上を秩序を保って航行していた。

 イゼルローンを半ば追い出されるような形で哨戒に出た原因はラインハルトとフレーゲル男爵(とその他門閥貴族)の確執のためだが、その背景に数日前のアレクシスとフレーゲル男爵の決裂があることを、結局アレクシスもキルヒアイスもラインハルトに言えないままだった。

 ラインハルトの直属部隊を中央に、左翼にミッターマイヤー艦隊、右翼にロイエンタール艦隊、そしてアレクシス艦隊は彼らの後方を任された。

「惑星レグニツァ…中心は重金属と岩石からなる直径6400キロの固核があり、その上に凝縮された氷と水の層、さらに上層にヘリウムと水素の流動体が占めます」

 アレクシスは旗艦の司令官席に腰掛けながら、艦の外を走る雷がこちらに牙を剥かないことを祈った。

「雲層の成分は固体アンモニア。温度はマイナス14.6度。気流の速度は1時間に2000キロを越えます」

「こんなところに敵が潜んでいますでしょうか」

 アレクシスに頼まれて惑星レグニツァの情報をビューロー中佐が読み上げ終えると、ベルゲングリューン中佐が懐疑的に言いながらスクリーンの向こうの景色を見遣る。

 2人はこの作戦でアレクシスが幕僚に選んだ士官だった。

「この嵐では計器も索敵システムも当てにならない。身を隠すにはうってつけだろうが…私ならもう少しマシな場所を探すかな。…艦長、少し速度を落とせるだろうか。密集しすぎているから、前方集団ともう少し距離をあけたい」

「今は猛烈な追い風が吹いております。しばしお待ちください」

 この嵐の中で秩序を保って航行できるだけでも、艦長の腕前は確かである。

「わかった。タイミングは卿に任せる」

「閣下、嵐の外に出て索敵を行いますか?」

 距離のことだけ頼んで艦の運用は艦長に一任することにしたアレクシスに、ベルゲングリューンが提案する。

 すると、思案顔のビューローが口を開いた。

「しかし、もしも敵が雲の上に布陣していた場合、こちらの位置を知らせた挙句、狙い撃ちにされる可能性がある」

 この2人はミッターマイヤーとロイエンタールのように、多くの作戦を共にした親友同士らしい。

 やや感情的だが発言力のあるベルゲングリューンと、慎重だが的確な意見を言うビューロー。

 違う価値観を持つからこそ、互いの意見に耳を傾けられるのかもしれない。

「無人偵察機を外に出してみるか…」

 オペレーターが悲鳴に近い声で敵の存在を叫んだのはその時だった。

「第一級臨戦体制!」

 雲の中から、スクリーンで視認できるほどの至近距離に現れた敵の存在に対してできることは、戦闘体制を整えることぐらいだろう。

 嵐の中でなし崩し的に戦端は開かれたが、敵味方の撃ったミサイルや磁力砲弾は惑星レグニツァの重力に引きずられて落ちていき、惑星表面の爆発による電磁波の影響を受けたミサイルは軌道を狂わされて味方に襲い掛かる始末だ。

「後方集団は撃つな!今撃っても味方を撃ち落とすだけだ」

 かといって、このまま何もせずにいても仕方がない。

「艦長、上と下、卿ならどちらを突破する?」

 アレクシスの問いに、艦長は「上方です」と即答した。

「重力スレスレでも通り抜けることはできるでしょうが、抜けるまでの間に上から破壊された艦などが降ってくる可能性もあるため、小官なら上方を選びます」

 パーフェクトな返答に満足げに笑うと、アレクシスは2人の幕僚に視線を向けた。

「では2人に聞くが、この気候条件を味方にできる手があると思うのだが、それはどのような方法だろうか」

 ヒントはレグニツァの主成分だ、とこんな時なのにのん気に話をしている司令官に不安になるが、上官命令に応えないわけにも行かない。

 惑星レグニツァの主成分は、先ほどビューローが読み上げたとおりである。

 中心は重金属と岩石、その上に氷と水の層、さらに上層にヘリウムと水素の流動体…。

「あ、まさか水素を…?!」

 ベルゲングリューンのまさか、という表情と声に笑顔で応えて、アレクシスはその時に備えて核融合ミサイルの準備をさせる。

「本当なら艦隊の前に出たいところだが…」

 司令官に指示された後方を空けて前に出るわけにも行かない。

「き、旗艦ブリュンヒルトにミサイル接近!」

 オペレーターの悲鳴のような声にスクリーンを見れば、嵐に押されて敵の前に躍り出たブリュンヒルトに、敵の放った2発のミサイルが迫っていた。

 誰もが旗艦への着弾を覚悟し、ある者は目を閉じ、ある者は顔を背けた。

「ラインハルト!!」

 アレクシスも思わず立ち上がり、成す術もなくスクリーンに向かって叫ぶことしかできなかった。

 白い光が収まるまでの数秒、息の詰まるような沈黙が艦橋を支配する。

 だが、ブリュンヒルトは無事だった。

 どうやらミサイル同士がぶつかり合って爆発したようで、どこにも破損はないようだ。

 全身で安堵の息をついて椅子に座り込むアレクシスに、ビューローが「やはり下手にミサイルは撃てませんな」と呆然と呟き、ベルゲングリューンもアレクシスもそれに同意することしかできない。

 水素を爆発させるタイミングだけ油断なく見計らいながら、荒れ狂う気候に艦列を乱されないようにするしか手はない。

「閣下、ミサイルはいつ地表に…?」

「まだだ。タイミングは旗艦ブリュンヒルトに従え」

 その言葉にベルゲングリューンは怪訝そうな顔をする。

「司令官殿も同じ策を考えておいでだと?」

「当然だ。ミューゼル大将であれば、この状況を最大限に利用するだろう」

 一片の疑いもなくそう言い切るアレクシスに2人の幕僚は一瞬言葉を失い、しかしすぐに先ほどの悲鳴のような声を思い出して納得する。

 彼らもまた、共に戦い、互いに信頼する戦友ということだろう。

 やがて旗艦ブリュンヒルトから一発のミサイルが発射され、アレクシスもそれに従ってミサイルを発射させる。

「着弾を確認したら撤退だ。我らが下がらねば他の部隊も下がるに下がれぬ」

「追撃されないのですか?」

「こんな場所で追撃戦など無意味だ」

 不服そうなベルゲングリューンをビューローが窘め、彼らの方向性は決定した。




 イゼルローン要塞に帰還して数日後、ブリュンヒルトの艦橋にラインハルト艦隊の提督全員が集まっていた。

 つい先ほどミュッケンベルガー総司令よりもたらされた指令書を眺めていたラインハルトは、それをキルヒアイスに投げ渡し、読み終えたキルヒアイスがメックリンガーに手渡し、メックリンガーの手の中の命令書をミッターマイヤーとロイエンタールとアレクシスとで覗き込む。

 12時40分を期して、左翼部隊全兵力を上げて直進、正面の敵を攻撃せよ。

「…これは…」

 絶句するアレクシスの言葉を引き継いだのはメックリンガーであった。

「これは、何か戦術的な意図があってのことですかな?」

 左翼のみが特出したところで、敵右翼と主力部隊の両方に叩きのめされるだけだ。

「そこに我が軍の主力と右翼が加わってくるのではないか」

「加わっては来るでしょうが…それはいつになることやら」

 つまりミュッケンベルガーは、我々を囮にして、後から悠々と我々ごとまとめて片付けてしまおう、と。

「ただ1つ方法がある。ミュッケンベルガー元帥にしても、その側近どもにしても、我々の苦戦を安楽に見物していられなくなるような策が」

 ラインハルトの大理石の頬に苛烈な笑みが広がった。

「しかしまぁ…大方予想していたことだが、周りは敵だらけだな」

「あぁ、全く閣下も敵が多いことだ」

 ミッターマイヤーとロイエンタールと共にブリュンヒルトを辞してから、先のレグニツァでの戦いよりももっと厄介な戦いになりそうな次の戦に頭を抱える。

 そのミッターマイヤーも、レグニツァからの撤退途中で門閥貴族の青年からの奇襲を受けたので、彼も彼で貴族に敵を作ってしまったわけなのだが。

「閣下、お帰りなさいませ」

 ブリュンヒルトまでアレクシスを迎えに来たミュラーを見て、ミッターマイヤーが何とも言えない表情をする。

「卿は…まるでキルヒアイスのようだな」

 ロイエンタールの呆れたような言葉に、ミュラーもアレクシスも苦笑いすることしかできない。

 フレーゲル男爵の襲撃(?)に遭ってから、イゼルローン要塞の中を移動する際には必ずミュラーが護衛としてつき従うようになっていた。

 その話はアレクシスの名誉のために固く口止めしているので、当然2人にもその理由を話すことができず、ただ苦笑いすることしかできないのである。

「行こう、ミュラー。出発と作戦が決まった。ではお二方、作戦の成功を祈りましょう」

 そう言って敬礼したアレクシスにミッターマイヤーとロイエンタールも敬礼を返し、それぞれの旗艦に戻っていく。

 ラインハルトから示された作戦を、どうやって部下たちに納得させるかを考えながら。




「畏れながら申し上げますが、総司令殿は馬鹿でございますか?」

 先のレグニツァでの戦闘から艦橋人員とも大分打ち解けたエーベルヴァイン艦隊だが、その中でもベルゲングリューンの遠慮のなさは毎日アレクシスの笑いのツボを刺激して仕方がない。

「あっはっは!卿は本当に、言葉を包むことをしないな」

 普通の司令官であれば、上官侮辱罪で射殺されてもおかしくない。

「言いたいことはわかるが…立場上、私は同意できない」

「閣下までこうでは困ります…」

 ビューローがほとほと困った様子で言うので、それもまたアレクシスの笑いを誘う。

「まぁとにかくだ、始まってしまえばミューゼル大将の奇策が成功することを祈るしかない。そのために我々ができることは、この艦隊行動がいかにも意味ありげに、整然と行われることだ。各艦長にそれを伝達してくれ。心配しなくても、95パーセント、我々はどちらからも撃たれはしない」

「残りの5パーセントは?」

 心配顔のビューローに、アレクシスは口の端を引き上げて笑う。

「同盟軍に私やミューゼル大将と同等の頭の持ち主がいて、その人物が敵の大艦隊を指揮できる立場にある確率はそのくらいだろう」

 アレクシスの予想は半分は当たっていたが、その人物には大艦隊を指揮する権限もなければ、自分の主張を押し通そうという気力もなかったのであった。

 ティアマト星域に布陣した両軍に動きがあったのは、ミュッケンベルガーから命じられたとおりの12時40分。

 左翼を任されていたミューゼル艦隊が、純白の貴婦人ブリュンヒルトを擁する前方集団に率いられ、敵中央部隊に向かって前進を開始した。

 同盟側は帝国軍の動きを注意深く見守っていたが、帝国軍の他の艦隊には動きが見られない。

 このままでは左翼部隊は孤立し、帝国軍は重要な戦力をみすみす失うだけになってしまいかねない。

 そのような愚行を犯すはずがない、という極めて合理的で常識的な敵の判断により、ミューゼル艦隊の命は救われたのである。

 ラインハルト率いる左翼部隊は、敵部隊の光学照準可能距離に入る直前で右に転進。

 そのまま整然と統率された動きで、敵左翼部隊のさらに左側面に部隊を再構成させることに成功したのである。

 左翼部隊が通り過ぎた後には、光学照準可能距離で相対する両陣営の主力部隊が残され、彼らは慌てて砲火を交えることとなったのだった。

 旋回を終えた艦橋ではビューローが全身で安堵の息をつき、アレクシスも信じてはいたがホッと胸を撫で下ろした。

 ミューゼル艦隊は敵に対して有利な位置に展開できたが、だからと言って全体の戦況が有利になったわけではない。

 どちらかといえば味方同士の連携がない帝国軍の方が、戦略的には不利と言えるかもしれない。

 こんな時、総司令がラインハルトで右翼と左翼をキルヒアイスと自分が指揮していたら。

 そうしたら、こんな無益な戦で無闇に兵を死なせたりはしないのに。

「閣下、敵の一部隊がイゼルローン方面に向かっております」

 オペレーターからもたらされた情報はすぐに陽動だとわかったが、かといってそれを放置して味方に被害が出るのは困る。

「ミュラーを呼び出してくれ」

 ビューローにそう頼んだ時、そのミュラーから通信が入った。

『エーベルヴァイン閣下。敵の陽動部隊、私にお任せいただけませんか』

 そう申し出てきたミュラーの表情に、多少の緊張はあっても恐怖は見られない。

 何より、自分から武勲を立てようとするその姿勢は好感が持てる。

「わかった。やり方は卿に任せる」

 ミュラーは高揚した様子で敬礼して通信を切った。

 幸いアレクシスの部隊は後方に配置されており、ミュラーの部隊が抜けても痛手を被ることもない。

「旗艦ブリュンヒルトに繋いでくれ」

 オペレーターに頼みながら座席から立ち上がり、立体スクリーンにラインハルトの顔が映し出されるのと同時に敬礼する。

 ラインハルトの後ろに立つキルヒアイスがほんの少し微笑んだのが見えたので、恐らく2人ともアレクシスが通信してきた報告の内容を察しているに違いない。

「敵の陽動部隊ですが、うちのミュラー准将に任せました。それほどかからずに殲滅して戻るでしょう」

『ずいぶんと買っているのだな』

 自信あり気なアレクシスの言い方に、ラインハルトも興味を抱いたようだった。

「はい。まだ若く経験が浅いところがありますが、いずれ閣下のお役に立ってくれるでしょう」

 ミュラーは確かに一般的には若い提督ではあるが、それでも6歳も年長の人物を「若い」と評するアレクシスに幕僚2人は思わず顔を見合わせた。

 多くの者は知識を実践し、経験することによって成長する。

 だが、目の前で会話する2人の華麗な天才たちには、経験は必要ではないのかもしれない。

 今回幕僚として共に作戦に従事するにあたって、ビューローもベルゲングリューンも、アレクシスに対して、その見た目や年齢に見合わぬ老獪な智将であるという認識を持ちつつあった。




 第4次ティアマト会戦は、ゴールデンバウム王朝の長い歴史においては何ら実りのない戦であった。

 だが、この戦はラインハルトにとって次にステージに上がるための踏み台になったし、ミッターマイヤー、ロイエンタールと言う心強い味方を得ることができたのだ。

「いよいよラインハルトは上級大将、そしてローエングラム伯爵か」

 イゼルローン要塞に戻ったあと、ラインハルトは提督たちの健闘を称え、そう遠くない将来、元帥となって必ず彼らを招集するという約束を交わした。

 ラインハルトは、いよいよ彼自身の意思と翼で羽ばたく自由を手に入れる。

 そう、その未来は、決して遠くはないだろう。

 それまでにアレクシスは、自分に与えられた旧クロプシュトック領を安定させ、政治的な実績を宮廷に示さなければならない。

 今回のミッターマイヤーの件やフレーゲル男爵のこともあって、ブラウンシュヴァイク公の血族からは眼の仇にされるかもしれないが、それならそれで、他の大貴族に恩を売ればいい。

「…フリードリヒ4世は、まだ後継者を指名していない…」

 そして、そのことで最も恩恵を受ける人物が1人いる。

 国務尚書リヒテンラーデ侯爵。

 フリードリヒ4世の元で長く国務尚書を勤めている彼は、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯といった門閥貴族に国政を任せることを良しとは思っていない。

 そのためには、いざというときにリヒテンラーデ候に売れる恩を仕入れておく必要があるだろう。

 はぁ、とため息を1つついて、アレクシスはこれから先ラインハルトが手に入れるのであろう宇宙の星々を艦の窓から見つめる。

「こんな宮廷での策謀、ラインハルトやジークフリードにはさせられないものなぁ…」

 彼ら2人が、真っ直ぐに前を見て宇宙を駆けていけるように。

「宇宙の敵は、君たちに任せる。地上の敵は、私が引き受けよう」

 アレクシスは気付いていなかった。

 このとき自分が、遠くない未来を思って微笑んでいたことに。

 3人で進む未来が、ずっと先まで続いていると思っていた。



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