銀河帝国の黒薔薇物語ー You raise me up ー

mayu@427ディナーショー
@Mezz0Tk

財務尚書補佐官

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--- You raise me up ---



 ラインハルトが元帥府を開いておよそ一ヶ月。

 登用を予定している提督たちの中で、オーディンに駐留していた者たちは次々と転属してきて、3人しかいなかったラインハルトの元帥府は若い活力に満ちていた。

 キルヒアイスも少将となり、初めて持つ自分自身の部下の人事に動き回りながら、相変わらずラインハルトの副官としての仕事もこなして毎日忙しくしている。

 すでにラインハルトの参謀長と事務局長、さらに幕僚長を兼任しているアレクシスは、自身の艦隊を持つつもりはないのでその点での苦労はないが、キルヒアイスにカストロプ公討伐の勅命が下るようにする作戦が、思いも寄らない事情で中断されてしまっていた。

 財務省の役人たちが、討伐部隊に同行するのを渋っているのである。

 前回派遣されたシュムーデ提督の討伐部隊に同行していた役人たちが提督共々全員戦死してしまうという事態になり、文官である彼らは完全に及び腰になってしまった。

 そうなると、キルヒアイスに勅命が下ることが内定していても、討伐隊を出すことができない。

 せっかくラインハルトが、キルヒアイスのために旗艦を用意したというのに。

 とはいえ、本来であれば上級大将にならなければ得ることができないはずの自身の旗艦を与えてしまうというのは、さすがに他の提督たちの反感を買いそうで心配だが。

 財務省の態度に業を煮やしていたのは、国務尚書と司法尚書も同様だった。

 そして、早急にこの件を片付けてしまいたい3人の尚書たちが話し合った結果、1つの決定がラインハルトとアレクシスの元にもたらされた。

 ジークフリード・キルヒアイスにカストロプ討伐を命じる勅命が下ったこと。

 アレクシス・フォン・エーベルヴァイン中将を一時的に予備役とし、財務尚書補佐官として出征に同行して当地の資産調査を行うべし。

「………は…?」

 この命令書を見たとき、幼馴染3人の中でも一番沸点が高いと自他共に認めているアレクシスでさえ一瞬本気の殺意が紅榴石の瞳に走った。

「ひとりで?元財務尚書で、公爵の館の資産を?私が?」

 もちろんアレクシス1人に最後までやらせるつもりはなく、反乱を指導しているマキシミリアンを討伐し終えた時点でオーディンから追加の調査官が派遣されてくるらしい。

 そして追加調査官に仕事を引き継いで戻り次第、予備役中将から大将へと昇進させる、と。

「なぜ政治的な功績が軍での昇進になるんだ…」

 基本的に銀河帝国では、軍人が国政に携わることはできない。

 それで折衝案として予備役にしたのだろうが、いくらアレクシスが旧クロプシュトック領を統治しているからといって便利に使いすぎではないだろうか。

 文句を言っても行くしかなさそうなので、せいぜい高く恩を売っておくとするが。

 しかし、ここで大きな問題が1つ。

「予備役になってしまうと…参謀長と幕僚長と事務局長のポストが空いてしまうんだよなぁ…」

 アレクシスもキルヒアイスもいないという状況にラインハルトが発狂しそうだが、キルヒアイスならば平定に1ヶ月もかからないだろうし、その間は1人で頑張ってもらうしかないだろう。

「アレクシス!!」

 デスクで命令書を眺めてため息をついたアレクシスの部屋のドアを、ラインハルトが蒼氷色の目を怒りに閃かせながら遠慮なく開け放つ。

 今この時期に片腕と頭脳が一気にいなくなられるのは、ラインハルトにとっては痛手以外の何者でもないだろう。

 ラインハルトは扉が防音なのをいいことに、同行を嫌がった財務官を腰抜けだの職務怠慢だの罵り倒し、次いでこのような命令を下した3人の尚書に一頻り文句を喚き散らしてから、キルヒアイスに向き直って、最も現実的な命令を下した。

「キルヒアイス、最短で敵を倒して戻って来い」

 ラインハルトの命令は、いつだって楽をさせてくれない。

「最大限努力いたします」

 無茶だ、と答えない辺りにキルヒアイスのこの作戦に対する自信を感じる。

「アレクシス、戻ったら山積みの仕事が待っているからな」

 勘弁してくれ、と心の中で悲鳴を上げたが、その思いはラインハルトも同じだという同情の方が勝った。

「戻り次第、すぐに職に復帰いたします」

 参謀が欲しい。

 それから事務処理能力が高い者も。

 ラインハルトとアレクシスの思いは強まる一方だった。



 予め準備していたこともあり、アレクシスとキルヒアイスのカストロプ領への出征の準備はそれほどかからずに終了した。

 だが、案の定と言うか当然と言うか、ラインハルトとキルヒアイスのことをよく知らない提督たちは、今回のカストロプ討伐にキルヒアイスが抜擢されたことに不満を抱いているようだ。

 キルヒアイスは今までずっとラインハルトの副官を勤めており、艦隊の指揮は今回が初めて。

 階級も他の提督たちより低い少将で、そんな彼がローエングラム元帥府最初の出征を飾ったというのも気に入らないのかもしれない。

 その辺りのフォローもしたいところだが、自分がいない間のことはミッターマイヤー辺りにフォローを頼んで、ラインハルトのフォローはロイエンタールに頼むことにした。

 他の提督たちとキルヒアイスの間の仲を取り持って欲しいとミッターマイヤーに依頼すると、彼は普段溌剌とさせている瞳に同情の色を湛えてアレクシスを見返した。

「それは構わんが…何と言うか、卿は相変わらず苦労性だな」

 一年ほど前、まだラインハルトがミューゼルの姓だった頃に起こった事件でも、ロイエンタールに苦労性だと言われたことがある。

「全くだ、とても辺境伯様には見えないな」

 同じくラインハルトの補佐を頼んだ金銀妖瞳の提督も面白がるような表情を浮かべている。

「よしてください。ただの使いっ走りですよ」

 そう答えて疲れた笑みを浮かべるアレクシスを労わるように、ミッターマイヤーはポンと肩を叩いた。

「どうだ、たまには一緒に飲まないか」

 ミッターマイヤーからの誘いは嬉しかったが、出征の準備以外にもやらなければならないことはある。

 ラインハルトが熱望しているケスラー少将を元帥府に移動させるために、領地の人員も整備しなければならない。

 だが、アレクシスは基本的には上司からの誘いは断らない主義だ。

 酒の席での情報は馬鹿にできないのである。

「よろしいのですか?」

 アレクシスが前向きな返答をすると、ミッターマイヤーはちょっと意外そうな顔をした後で嬉しそうに破顔した。

「そうか!いや、今回は卿を労わる席だからな。いくらでも付き合うぞ」

 同じく意外そうな顔をしていたロイエンタールは、嬉しそうなミッターマイヤーの様子に苦笑いしている。

「しかし、いいのか?キルヒアイスと閣下抜きで」

 その言葉にアレクシスはきょとんと目を丸くする。

「私はあの2人と四六時中一緒なわけではないのですが…」

 そう言ってみるが、確かにミッターマイヤーたちと会うときはラインハルトとキルヒアイスも一緒だったような気もする。

 この1年近く軍務からは遠ざかっていたので、最後に共に出征したティアマト会戦での印象が強いせいかもしれない。

「しばらくお話しする機会がありませんでしたし、お2人の近況もぜひ」

「では、早速卿を手伝って早く終わらせるとするか」

 元々自身の艦隊を持っているミッターマイヤーとロイエンタールは、元帥府に異動するにあたってしなければならなかった手続きは自分たちと副官とで分担して早々に終わらせてしまっている。

 要するに、出征もないので暇を持て余していたのだ。



 帝国軍の様々な施設がある軍務省の中に、海鷲の巣という高級士官用のラウンジがある。

 ピアノの生演奏が行われている落ち着いた雰囲気のそこは、ロイエンタールとミッターマイヤー御用達の場所だった。

「閣下たちとはあまりこういう場所には来ないのか?」

 慣れた様子でつまみとモルト・ウイスキーをボトルで注文するロイエンタールの横で、寛いだ様子のミッターマイヤーに尋ねられる。

「そうですね。あの2人は目立ちますし、色々と噂が絶えなかったので宅飲みが多いですね。あとは貴族のいない普通のレストランとか」

「それこそ目立ちそうなものだがな」

 平民出身のミッターマイヤーも妻と出かけた際に外食するが、そんなところにラインハルトのような人物がいれば目を引きそうなものである。

「元帥閣下になられたにもかかわらず、相変わらずの暮らしぶりか」

 ロイエンタールの言葉に悪意はなく、好意的に諦めているような口ぶりだ。

「さすがに下宿は引き払わせましたよ」

 2人と出会った時のラインハルトは、当時大将でありながら自宅を持たず、新無憂宮からそれほど離れていないリンベルク・シュトラーゼ地区に下宿していた。

「キルヒアイスも一緒なのだろう?」

「私はお隣さんで妥協してくれないかと言ったんですがね」

 そう言ってアレクシスは苦笑いを浮かべる。

 人生の半分を共に過ごしてきた2人だ。

 今更別々に暮らすというのもしっくり来ないのかもしれない。

「あの2人なら引く手数多だろうに、浮いた話の1つもないのはそのせいではないか?」

 既婚者であるミッターマイヤー的には、年下の同僚と上司である2人にお節介を焼きたいようだ。

「貴族の社交界ならば女に出会う機会はあるだろうが、あの方はそういうのもお嫌いだろう」

 その手の話が全くないのも心配だが、漁色家であるロイエンタールのアドバイスというのもそれはそれで心配である。

「さすがに嫁まで見繕ってやるつもりはないですからねぇ」

 苦笑いするアレクシスに、ミッターマイヤーとロイエンタールも笑みを浮かべた。

「…今回の出征がキルヒアイスの初陣だろう。卿から見て、キルヒアイスはどうだ?」

 それからしばらくは旧クロプシュトック領の復興状況や、両提督の近況、今後元帥府に登用すべき人材などの話をしている中で、ふとロイエンタールの眼差しが鋭くなった。

 カストロプ討伐の件について尋ねるロイエンタールの目は真剣で、手の中でグラスに入ったウィスキーを弄びながらも、彼の優秀な頭脳はキルヒアイスがローエングラム元帥府の初陣でもあることの意味をしっかり考えているようだ。

「他の提督たちも、今回の出征には関心を持っているだろうしな」

 ミッターマイヤーもボトルの半分近くを消費しているにもかかわらず、頭の中では冷静に今回の出征に関する他の提督たちの反応を思い返していた。

「艦隊の運用や用兵に関しては、ラインハルトがもう1人いるようなものです。私は全く心配していませんが…あれは、少し優しすぎて詰めが甘いところがあります」

 蛇は頭だけになってもなお獲物に喰らいつくという。

 キルヒアイスの甘さが、そう言う事態になりはしないかと、そこだけが心配だ。

 そのとき、アレクシスの持つ通信端末が着信を告げ、提督たちに断りを入れて席を立つ。

 立体映像には、ちょうど話題にのぼっていた赤毛の旧友の姿があった。

『アレクシス、打ち合わせしたいことがあるんだが、もう帰ってしまったかい?』

 物腰柔らかく訊くキルヒアイスの後ろから、ラインハルトの尊大な「いいから呼びつけてしまえ」という声が聞こえてくる。

「元帥閣下のご命令とあれば、すぐに馳せ参じますとも」

 ため息混じりに返事をすれば、キルヒアイスが申し訳なさそうに眉を下げた。

 通信を切って提督たちの元に戻れば、アレクシスの酒気の抜け切った表情を見て事情を察してくれたらしい。

「まぁ、あまり根を詰めすぎんようにな」

「次は勝利の祝杯を上げようではないか」

 2人の提督に見送られ、アレクシスはどうにか外の空気でブランデーの酔いを飛ばしながらラインハルトの元帥府への道を早足で戻っていく。

 どちらにしろ、2人と別れた後はまた元帥府に戻るつもりでいたのだ。

 それが少し早くなってしまっただけに過ぎない。

 出征まであと3日となれば、多少無理をしてでもオーディンにいるうちに片付けてしまいたい雑務はたくさんあった。

 元帥府に戻ってきたアレクシスを見て、24時間態勢で元帥府の警護、受付を行っている兵士たちが困り顔で敬礼する。

 上司たちが勤勉すぎると、部下も手抜きができないのである。