ミッターマイヤーはミュラーを推してる

mayu@427ディナーショー
@Mezz0Tk

ミュラーの恋の話

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「作戦の成功よりも大事なことがある。それは、卿らが生きて帰ることだ。…ローエングラム公の体制下におけるもっとも重要な財産は、卿らのような得難い人材なのだから」

ガイエスブルグ要塞を用いてのイゼルローン攻略を命じられた際、多くを語らないラインハルトに代わってアレクシスは司令官となったケンプと、副司令官に任じられたミュラーにそう言った。

「ガイエスブルグもイゼルローンも、また人の手で同じものを作ることができる。だが、卿らは違う。失ったら代わりはいない。どうかその事を忘れるな」

アレクシスの言葉に対する誓いを、ケンプは守れなかった。

そしてミュラーもまた、危うくケンプと共にヴァルハラの門を潜っていてもおかしくない怪我を負って帰ってきた。

「ミュラー…!」

ラインハルトへの報告を終え、その場で意識を失ったミュラーが目覚めた時、視界の中に安堵の表情を浮かべたアレクシスがいた。

アレクシスはすぐに医者を呼び出すボタンを押すと、目覚めたばかりでぼんやりとしているミュラーを見下ろし、困ったように眉を下げた表情で言った。

「卿は3日も眠っていたのだぞ。よくそんな重症で直接報告に来れたものだ」

それほどの怪我だと知っていれば、さすがのローエングラム閣下とて病床からで構わないと言ってくれただろうに。

大体卿はいつも無茶が過ぎる。

もっと自分の身を大事にしたらどうなのだ。

今回の出兵も、確かに生きて帰るようにとは言ったが、ギリギリ生きている状態でも良いという意味で言ったわけではないのだぞ。

医者が到着するまでの短い間、散々説教じみたことを言われてしまったミュラーだが、アレクシスが退室した後、その表情には隠しきれない笑みが浮かんでいた。

「心配…して、くださったのか…」

「おやおや、惚気られるほど余裕がおありなら、もう大丈夫そうですね」

最初に応急処置した軍医が言った通り頑丈な身体を持つミュラーに、医者は感心したような呆れたような口調で告げて微笑んだ。

「あの方は最初に担ぎ込まれた時も付き添っておいででしたし、昨日も様子を見に来られたようですよ」

ミュラーは嬉しさのあまり、両手で顔を覆って呻いた。




イゼルローン要塞とヤン・ウェンリーを土産に凱旋できたら、どんなに良かっただろう。

きっとミュラーは、今よりもっと自信を持って、胸の内に秘めた想いを告白できたに違いない。

エーベルヴァイン閣下、あなたをお慕いしています、と。

けれど現実のミュラーは、ローエングラム元帥府において最初の敗北者であり、艦隊の9割を損失した責任を取らなければならない。

例えラインハルトがそれを許したとしても、ミュラー自身はそう簡単に自分を許すことは出来なかった。

「こんな自分では…あの方に相応しくない…」

今の自分に、あの方に想いを告げる資格はない。

ミュラーは自分にそう戒めた。

次の出征で名誉を挽回し、自分で自分に自信を持てたら。

その時は、この想いを伝えよう。


そう思っていた。

それが出来ると思っていた。

だがそれは、思いもよらない状況の変化によって、極めて困難なことになってしまった。


およそ3ヶ月という入院生活を終えてラインハルトの元に現役復帰の命令書を受け取りに出向いたミュラーは、しかしアレクシスには会うことが叶わなかった。

「閣下は現在、政務でお出かけになられております。急を要するご用事であればご連絡致しますが」

アレクシスの執務室には、エーベルヴァイン侯爵家…エルウィン・ヨーゼフ陛下の戴冠に伴い伯爵から侯爵になったのだ…で長年執事を務める副官しかおらず、挨拶がしたかっただけのミュラーは仕方なくその足を海鷲に向けた。

海鷲は、帝国軍の高級士官用のクラブである。

酒は当然のこと、ポーカーテーブルやビリヤード台も備える落ち着いた雰囲気のそこは、ローエングラム元帥府の提督たちもよく利用している場所だった。

そこならば誰かしらいるだろうというミュラーの予想通り、ポーカーに興じているミッターマイヤーとロイエンタールの2人を見つけることが出来た。

彼らはミュラーの復帰を喜び、敗戦の将などと侮ることなく席に加えてくれるだけの度量を持っていた。

「…ところでミュラー、最近エーベルヴァインとは会えたか?」

その事で度々お節介を焼いたミッターマイヤーからの質問に、ミュラーは内心の焦りを隠して首を横に振った。

「いえ、7月に『少し忙しくなるから見舞いに来れなくなる』と仰られてからお見かけしていません。お礼をしたくて伺ったのですが、いらっしゃらなくて。最近お忙しいんでしょうかね?」

その質問に、ミッターマイヤーとロイエンタールは注意深く視線を交わす。

やがて口を開いたのは、いつもの溌剌さのないミッターマイヤーだった。

「…閣下から、我ら大将以上の提督にのみ内密の話があった。ここでは話せん」

深刻そうな2人の表情に一瞬ヒヤリとしたが、そこに沈痛な色はなさそうな様子を見てホッと息を吐く。

不意に視線を上げたロイエンタールは、店の入口に話題の渦中の人影を見つけて口の端を引き上げた。

「続きは本人から聞くのがよかろう」

疑問符を浮かべるミュラーに顎で入口の方を指し示せば、若い提督はその顔中に驚きと喜びの入り交じった表情を広げてパッと立ち上がった。

その表情を見れば(よほど鈍感な者でなければ)ミュラーの気持ちは手に取るようにわかっただろう 。

「提督方、お邪魔致します」

アレクシスが長い足を動かしてやってくると、ミッターマイヤーが立ち上がってアレクシスに敬礼した。

これまでアレクシスからミッターマイヤーに敬礼することはあっても、その逆はなかったのに。

「ミッターマイヤー提督、そんなに畏まらないでください」

苦笑いしながら敬礼を返したアレクシスは、座ったままのロイエンタールに軽く敬礼してミュラーに向き直った。

「入れ違いになったみたいで、すまなかったな。折角訪ねてくれたのに」

「いえ、そんな…こちらこそ、お忙しいところを申し訳ありませんでした」

「ちょうど良かった。エーベルヴァイン、ミュラーに例の話をしてやるといい。心の準備が必要だろう」

ロイエンタールが先ほどミュラーにしたのと同じ提案を口にすると、ミッターマイヤーは咎めるような視線を親友に送る。

当人はもちろんそれに気づいているのだろうが、涼しい顔で無視していた。

「そうですね。ミュラー提督にだけ知らせないのも不公平ですし」

「では、話がまとまったところでおれは失礼しよう」

どうやら新しい愛人が出来たらしいロイエンタールは、挨拶もそこそこに海鷲を後にした。

ミッターマイヤーも奥方の待つ自宅に帰ることにしたので、ミュラーはアレクシスと2人、海鷲から元帥府までの道のりを共にすることになった。

「身体はもういいのか?」

「はい、ご心配をおかけしました」

並んで歩くアレクシスの軍服姿に違和感を感じて、すぐにその理由に気が付いた。

性別を明かしてからも、アレクシスは軍服を着用する際には上半身を人工筋肉で覆っていた。

だが、今はそれを使っていないようで、見慣れた姿より一回り華奢で、女性らしいシルエットが分かるようになっている。

「皇帝陛下のことは、ニュースで知っているな?」

女性に体型のことを尋ねるのはやはり失礼だろうという思いから疑問を飲み込んだミュラーは、確認の形で尋ねられて大きく頷いた。

「はい…陛下の安否が心配です」

誘拐されたエルウィン・ヨーゼフ皇帝は自由惑星同盟のメディアでも姿を見かけず、実は亡命途中で死亡したとか、病に伏せっているとか、色々な噂が飛び交っている。

アレクシスが周囲を見回し、元帥府の、人の手では見張りきれない庭園へと足を向けたので、ミュラーもそれに着いていく。

アレクシスの足は、手入れもされずにそびえ立つルドルフ大帝の像の前で止まった。

像の両目にはカメラがついており、像に向かって敬礼を怠った不届き者の姿を記録できるようになっているが、現在は精々庭の監視カメラ程度の役割しか与えられていなかった。

オーディンの北半球では、すでに短い夏が終わりに近づいてきている。

9月の頭の今日はまだ夏の名残が残っているが、日が傾いて風もあるので、屋外でも汗が吹き出すような気温ではなかった。

「陛下は廃位される。可哀想なことをしてしまったが、前皇帝の直系の男子であった以上、身を守るためにも帝位を継ぐ必要があった…」

遠い異国の地に攫われた子どもの今後を憂いている様子のアレクシスに、皇帝には悪いが、その横顔の美しさに見蕩れてしまう。

長い睫毛が影を作っている繊細な表情は芸術的で、過去の高名な画家が丹精込めて描き上げた天使の姿のようだった。

「だから、銀河帝国は新たな皇帝を頂かなければならなくなったのだが…」

アレクシスがルドルフを見上げながら、ミュラーにしか聞こえない程度の音量で囁いた。

「私が、皇帝になる」

ごく小さな声であったにも関わらず、その声色には重々しい響きがあった。

「銀河帝国第38代…ゴールデンバウム王朝の、恐らく最後の皇帝になるだろう」

ミュラーは声も出せずに、隣でルドルフを…遥か祖先の姿を見上げるアレクシスを見つめることしか出来ない。

…ミッターマイヤーがアレクシスに対して敬礼したのは、そういうことだったのだ。

目の前のこの人が、遠くない将来、至尊の冠を頭上に乗せることになる。

「それは…閣下ご自身の意志…でしょうか」

ようやく絞り出した声は、情けないほど小さかった。

「そうだな…最初はまぁ、そうだったんだが…もうそんなつもりはなかったんだ。ラインハルトに出会ってからは」

アレクシスが皇帝になって国を変えることが、エーベルヴァイン家の望みだった。

だが、アレクシスはラインハルトに出会ってしまった。

ゴールデンバウム王朝そのものを壊して作り直そうとするラインハルトと。

その苛烈さに触れ、意志を共にすると決意した時から、皇帝になるのはラインハルトだと思ってきた。

だからこの話をされた時、アレクシスも戸惑ったのだ。

「だが、あいつは自由惑星同盟へと未曾有の大出征をするだろう?皇帝になるのは宇宙を手に入れてからがいいと言って聞かないし…また子どもを帝位につけては正統政府とやらと同じだと批判されるだろうし、他に適任がいなくてな…」

困ったように微笑んで、アレクシスはミュラーを見上げた。

「思いがけず転がり込んできた地位だが、私は私の意志で帝位を継ぐ。…ゴールデンバウムに死に花を咲かせてやるさ」

真っ直ぐにミュラーを見上げるアレクシスの瞳は、ミュラーがよく知る煌めく紅榴石で、そこに迷いは見られない。

…この方は、もうお決めになったのだ。

それを悟ると、ミュラーは改めてアレクシスの前で背筋を伸ばした。

「…エーベルヴァイン閣下、1つお願いがございます」

「?何だ?」

首を傾げるアレクシスの髪は、最後に会った7月よりも襟足が伸びている。

元々少年のような雰囲気だった彼女だが、今こうして向き合って見ると、本当に、可憐で素敵な女性だった。

「敗戦の将でありながら厚かましいお願いだとは承知しております。ですが…どうか私に、最初に貴女に忠誠を誓う栄誉を頂けませんでしょうか」

王に忠誠を誓う騎士のように。

ミュラーはアレクシスの前に、恭しく跪いた。

「ラインハルトではなく、私でいいのか?」

ローエングラム元帥府の提督たちは皆、ラインハルトが皇帝になることを望んでいるものだとばかり思っていたアレクシスは、ミュラーの言葉に驚いているようだった。

「はい。貴女に、誓いたいのです」

本当に誓いたい想いは別にあるのだが、もうそれを口にすることは出来ないだろう。

相手は皇帝。

自分は平民。

あまりにも身分が違いすぎる。

やがてアレクシスが小さく微笑んでミュラーの前に右手を差し出した。

「では…ミュラー大将、私に忠誠を誓ってくれるか?」

アレクシスの手を取ったミュラーは、内心の想いを押し隠して笑った。

「はい…マイン・カイザー。わたくし、ナイトハルト・ミュラーは、貴女に忠誠を誓います」

人差し指に嵌っている黒薔薇の指輪に口付けると、アレクシスが低く笑い声を上げた。

「カイザー(皇帝)か。カイザーリン(女帝)ではないのだな」

からかうような言い方だったが、これにはミュラーも焦って離そうとしたアレクシスの手をぎゅっと握りこんでしまう。

「これはその、閣下にはやはりカイザーの方がお似合いになると…!あ、別に女性らしくないとかそういうことではなく…!」

「わかっているさ。さぁ、そろそろ戻ろうか」

握っていた手を引かれるまま立ち上がり、名残惜しいがそっと手を離す。

「(もう二度と…この方の手に触れることは出来ないのだろうな…)」

それどころか、ラインハルトのように警護の者が付けば、2人で話すことも出来なくなるのかもしれない。

ミュラーには、その日がなるべく遅く来ることを祈ることしかできなかった。




無常にも時は飛ぶように過ぎ去り、新皇帝即位のニュースが、神々の黄昏作戦の会議の数日後、全宇宙に向けて発信された。

自由惑星同盟によって誘拐され、銀河帝国正当政府の皇帝として祀り上げられたエルウィン・ヨーゼフ皇帝を排し、新しい皇帝が即位する様子が。

ミュラーは新無憂宮の黒真珠の間で、リアルタイムで発信されている即位式に参列していた。

ゴールデンバウム王朝第38代皇帝アレクシス一世。

軍服を基調とした華麗な礼服に身を包んだ麗しき男装の女帝は、国家宰相たるラインハルトから頭上に至高の冠を頂いて、開いたばかりの薔薇のように微笑んだ。

華麗な金髪に比類ない美貌の国家宰相と、天使の輪を描く黒髪に戦女神のような女帝。

2人が手を取り合う姿の、なんと神々しいことか。

多くの者が感嘆し、銀河帝国の輝かしい未来を思って感激する中で、ミュラーはひとり現実に打ちひしがれていた。

…あの方は、決して手の届かない場所に行ってしまった。

わかっていたはずだ。

あの日、帝位を継ぐことを告白された日から、こうなることはわかっていた。

至高の座に着いた人と平民出の士官では、どんなに努力しても釣り合うものではない、と。

2度目の失恋の喪失感は、1度目のそれとは比べ物にならないほどミュラーを落ち込ませるのだった。




アレクシスが皇帝として即位したことで国政を引き受けるようになり、ラインハルトは本格的に出征の準備に専念しはじめた。

フェザーン制圧の先発はミッターマイヤー。

その疾風のように速い用兵で知られる上級大将に次ぐ2番手に選ばれたミュラーもまた、忙しく出立の準備をしていた。

その方が余計なことを考えなくて済むというところもあり、ミッターマイヤーとも密接に作戦の確認を行ったりしていた、ある日のこと。

「ミュラー提督、これからしばらくお時間をいただけませんか」

そんな要件で尋ねてきたのは、現在は皇帝アレクシスの補佐を行っている、エーベルヴァイン家の老執事だった。

「はぁ、まぁ…大丈夫ですが…」

どんな用事かと首を捻ると、老執事はニコリと微笑みかけて、手に持っていた紙袋をミュラーに手渡した。

「これを、新無憂宮の正門の外にいる少年に渡してきてほしいのです。中等教育学校の制服に黒い帽子を被っていますので」

外は寒いですからコートをお忘れなく。

あの子が凍えてしまう前にお早く。

追い立てられるように紙袋とコートを持って部屋を出たミュラーは、釈然としないものを抱えながら言われた通りに新無憂宮の正門に向かう。

間もなく12月になろうかというこの時期、少し外を歩くだけでもコートが手放せなくなってきていた。

老執事が言った通りの場所に、ミュラーにとっても懐かしい中等教育学校の短いズボンの下の素足が寒そうな制服にコートを着た少年が人待ちの様子で立っていた。

「あれ?」

黒い髪に帽子を被った少年は紙袋を抱えて出てきたミュラーを見て、その紅榴石の瞳を丸くし…。

「へ…っ?!」

陛下、と叫びそうになったのを咄嗟に我慢できたのは、アレクシスが大きな声で「兄さん!」と遮ってくれたおかげだった。

「遅いよ兄さん!寒かったんだぞ!」

言いながらアレクシスはミュラーの腕を掴み、つい最近まで軍人だったことがよくわかる力強さで新無憂宮から遠ざかろうとする。

「ま、ちょっ、あの?!」

「戦に出発する前に美味しいもの奢ってくれる約束だろ!早く暖かいところに行こう!」

アレクシスの芝居は新無憂宮の正門が見えなくなるまで続き、十分に遠ざかったところでようやくため息とともにミュラーの腕を離してくれた。

「すまん…まさかミュラーにお目付け役を押し付けてくるとは…。出征が近くて忙しいだろうに」

申し訳なさそうに視線を落とすアレクシスに、ミュラーは大いに慌てて首を振る。

「いいえ!もう、準備はほとんど終わっておりますので!どうかお気になさらないでください、陛下」

「外で陛下はよせ。何のための変装だ」

苦笑いするアレクシスの男装はさすがに慣れた様子で違和感がなく、15歳の中等教育学校の生徒そのものだ。

「今日は卿の弟のアレクシスだ。そのつもりで頼むぞ、兄さん?」

「お、お帰りになられるという選択肢はないのですね…」

どうもこの様子だと、こうして新無憂宮を抜け出して市井に出かけるのは初めてではなさそうだ。

「紙袋に発信機とブラスターが入っているから、出してくれ。ミュラーはどのくらい抜けても大丈夫だろうか」

「はい…3時間程度であれば…」

人目がないのを確認して、言われたとおりのものを紙袋から取り出して手渡す。

「十分だ。悪いが付き合ってもらうぞ」

中身のなくなった紙袋をコートのポケットにしまって、アレクシスはニコリと微笑んだ。




ミュラーは思いがけずアレクシスと2人きりで外出できた嬉しさと、皇帝ともあろうお方にもしものことがあったら、という緊張と心配とで実に複雑な胸中ではあった。

だが、元々幼年学校時代にラインハルトやキルヒアイスと共に町に出て買い食いした経験もあるアレクシスは市井に溶け込んでいて、すぐにミュラーの緊張も解れて笑顔を浮かべられるようになった。

アレクシスは最近施行された新しい税率に対する国民の反応と物価の様子、失業対策として行っている治水工事の進捗状況の確認をするために抜け出してきたらしい。

「部下の報告ではダメなのですか?」

「皇帝にダメ出し出来る部下は限られているからな。自分の目と耳で見ておきたかったんだ」

コーヒーショップで暖かい飲み物をテイクアウトしながら町の様子を見て周り、公園で売っていたクレープをベンチに座って食べながら遊んでいる子どもたちを眺める。

オーディンの冬の短い日が暮れ、もうすぐ夕食の時間になろうとしている。

子どもたちにも親が迎えにきたり、兄弟や友人と連れ立って家に帰っていく者が増えてきた。

代わりにやってくるのは仕事終わりの大人たちだ。

その日はたまたま、そんな大人たちから日銭を稼ぐために若い演奏者がやってきていた。

彼が奏でる軽やかなバイオリンの音を聞いて、ミュラーは忘れられないあの日のことを思い出す。

「…実は、私はずっと前に、貴女をここでお見かけしたことがあるんです」

「ん?ここで、か?」

はい、と頷いて、ミュラーは懐かしむように目を細めた。

「貴女はバイオリンを弾いていました。フリードリヒ四世陛下の即位25周年記念式典の練習をしていたのだと思います」

アレクシスも思い出したのか、クレープをとても苦々しい表情で飲み込んだ。

「あれはなぁ…まだ幼年学校の生徒だったのに、楽器が弾けるから、とかいう理由で音楽隊をやらされたんだ」

確か、上手くできたら卒業後もそこに配属になるように取り計らってやるから頑張れ、というような内容のことを言われて、非常に腹が立っていたのを覚えている。

「あぁ…それであの時文句を叫んだんですね」

7年越しに、あの日の謎が解けた。

「叫んでいたか?」

「えぇ、それはもう。とても雄々しかったです」

暗くなった公園に電灯がつき、バイオリンの優しい音色につられて恋人たちがちらほらと集まり出した。

それを見て落ち着かないような座りの悪い思いになったミュラーだが、アレクシスはそんなことは気にせずに食べ終わったクレープのゴミを屑籠に投げ入れてミュラーの手を取った。

「まだ時間がある。せっかくだから踊ろうか」

「えっ?!」

腰が引けているミュラーをベンチから引っ張り出すと、アレクシスはポケットから出したコインをバイオリン弾きの楽器のケースの中に入れる。

「そのまま頼むよ」

「ちょ、お待ちください…!私はダンスはちょっと…」

平民出身のミュラーには、ダンスを習うような機会はほとんどなかった。

「なに、私がエスコートするさ。…と言っても、私も男性側のステップしか分からんが」

ということは、女性のステップをミュラーが踏むことになるわけで。

「ほら、手を背中に回せ。離れていると踊りにくい」

「~〜〜っ」

ぎこちなく踊り出した2人を見ていた周りの男女もチークダンスのように寄り添い始めると、もうミュラーに逃げ道はなかった。

恐る恐る華奢な背中に手を回し、重ね合わせた手をそっと包み込む。

ミュラーのすぐ近く、頬を触れ合わせられるほどの距離に、アレクシスがいる。

銀河帝国の頂点に立つ人が。

ずっとずっと…恋焦がれている人が。

「おっと」

「!」

アレクシスがミュラーの足に躓いてよろけた時、ミュラーは咄嗟にアレクシスを抱きしめてしまった。

腕の中に収まってしまうその身体に、どれほどの重責を負っているか。

その重い責任を分かち合うことができない自分の不甲斐なさで、胸が苦しくて仕方がない。

「申し訳ありません…もう少しだけ…このままで…」

乞うように囁くと、やがてアレクシスの腕がミュラーの背中に回された。

「…今まで…こんなことをしてきた男は全員蹴り飛ばしていたのだが…」

まだ男性だと偽っていた頃、キルヒアイスから教わった必殺の回し蹴りで、触れてこようとした男は全員撃退してきた。

「だが…君にはそんな気が起きないんだ…」

そんなことを言われたら、余計に離すことが出来なくなってしまう。

「っ、陛…いえ、アレクシス…さま。どうか、どうか待っていてください。必ずや武勲をたてて戻って参ります」

自分は必ず、前回の敗戦の汚名を濯ぎ、昇進に値する武勲を立てて帰ってくる。

彼女の隣に、堂々と立てる男になって。

「…それよりも、今度こそ無事に戻れ。またミイラ男になっていたら許さんぞ」

はい、と頷いて、ミュラーはさらに強くアレクシスを抱きしめた。