獅子が仄暗い水に沈む時・2

夏休みが終了した馬超🎐
@shion_718

あの戦いで残ったわずかな仲間を纏め上げて馬超は涼州刺史・韋康が治める城『冀城』を目指した。

 曹操ともう一度戦う為には戦力の回復と共に拠点となる所が必要となってくる。潼関で大敗をした馬超には今その拠点となる所はなく、まさにそこから探そうという話だった。

 そこで馬超が根城の候補に挙げたのが冀城だった。他にも根城になりそうな城はあったはずなのだが、馬超はなぜか冀城に拘っていた。


「涼州刺史・韋康はそう簡単に冀城に私たちを入れると思いますか?」


 隣を行く馬岱はふと思い出したように馬超に問いかけた。馬岱が気にするのは冀城が韋康が治めているという事。そこだけなら問題はそこまでないのだが馬超たちが上邽へ逃亡した際に閻温という男を追放している。結果としてその男は追放しただけで命までは奪っていないのでどこかにいるはずなのだが、その男が韋康と繋がっている可能性があるという事だった。

 今にして思えば口封じくらいはしていてよかったのかもしれないが、すでに後の祭りでしかない。


「だからこうして進軍速度を速めている。韋康の耳に入る前に懐に入り込んでしまえばどうにでもなる」


 どうやら馬超もその事はわかっているらしく、溜息混じりにそう言うと馬の脚を速め冀城への道のりを急いだ。


***


 冀城城門で待たされる事、数刻。これは冀城への入城許可を待たされている時刻なのだが、そろそろ待っている事にもうんざりし始めた頃合いでもあった。最初からすんなりいくとは思ってはいなかったにしろ、これだけ外で待たされると手持無沙汰であった。

 大方、沈黙を守り続けてこちらが諦めるのを待っている。そんな算段もそろそろ視野に入れなければいけないと考え始めた時だった。

 先程まで固く閉ざされていた門が大きな地鳴りと共に、ゆっくりと開けられる。そこからいかにも文官、と言った感じの男が姿を見せると入城を許可する旨を伝えた。


「従兄上」

「まずは関門を一つ突破か。岱、一つ頼まれ事を引き受けてくれないか」


 門をくぐる前。馬超は馬岱に耳打ちをした。元より拒否をするつもりのなかった馬岱は一回だけ頷いて、承諾を表した。


「さて、ゴミ掃除でもしようか」


 口許が笑みに歪むのがわかりながらも馬超はそれを隠そうとはしなかった。こんなにも心が弾む事が開始されようとしているのだ、隠すなんて事はしたくなかった。


***


 涼州刺史・韋康は曹操軍の荀彧の推挙を受けて世に出た人材だった。「底知れぬ才能が輝き渡り、度量も大きい。意志強く世に優れた人材」と言わしめるほどの人物だった。それほどの人物なのだから、馬超の事を知らないわけではない。彼が潼関で行った戦い、その後、仲間を増やしながら逃亡をしている事も。

 では、なぜそんな危険な人物を城内に招き入れたか。それは至極簡単な事だった。未熟なうちに潰してしまえば今後の憂いは絶てるというもの。


「韋康様、連絡が取れていなかった閻温殿が……」

「閻温が!?無事であったか」


 閻温はここ冀城に着くまでに通らなければいけない所の位置に任命をしていた。言うなれば門番みたいな役割をしていたのだが、その閻温と連絡が取れなくなっていた。何者かに殺されたのではないかと思っていた矢先だった。

 その閻温の無事をこの目で確認できたのも束の間、韋康は耳を疑う、いや予想できた事を聞かされる羽目になる。


 閻温を追放したのは馬超である、と。


 冀城に辿りつくまでに完全とは言えないものの勢力を巻き返したからくりはそういう事だったのだ。注意していればわかったようなものだが、どこか過信していたという事だろう。ますます馬超を討たねばいけなくなったのには変わりがなかった。


「閻温。戻ってきたばかりですまないが、今から一つ竹筒をしたためる。それを持って、長安に居る夏侯淵殿の所に向かってはくれないか?」

「韋康様にお考えがあるのでしたら、それに従うまでです」


 閻温の返事を聞くと、彼にはわずかではあるが竹筒が完成するまでの間に休息を取るように命じた。手の空いている者には、長安までの旅支度を。それだけ事態は一刻を争うものになりつつあった。

 韋康と閻温、そして楊阜や郡太守らの一連のやり取りを物陰から気配を消して見ていた男がその場をすっと離れた。

 回廊から差し込む光が男のその金色色の長い髪に当たり、ゆらゆらと光そのもののような輝きを放っていた。


「秘密の話をする時は周りに気をつけないといけないんじゃないかな、韋康殿?」


 馬超はその眩しいくらいの髪を揺らしながら回廊を歩き進んだ。


***


 長安に居る夏侯淵宛の竹筒を閻温に託してからだいぶ時が経ったが、閻温も竹筒に対する返答さえも韋康の元には来ていなかった。単純に考えても竹筒を持った閻温が長安に着いてもおかしくない月日。そして閻温が長安に着けば竹筒は夏侯淵に読まれているはずだ。なのに、返事は来ない。あまり考えたくはない事なのだが、最悪を想定してもう一度、援軍を要請する竹筒をしたためる必要というのが出てきたのは明白だった。こうしている間にも馬超を葬り去ろうとしている日は刻一刻と近づいてきているのは事実。何より、葬り去ろうとしている馬超に知られてしまう恐れも出てきているのだ。

 韋康は考えた。このまま援軍がない状態で、馬超を殺害できるのかと。答えは考えずともすぐに出る。


 不可能だと。


 潼関で大敗したとはいえ、その実力、武勇は侮れないもの。今ここで引き留めるのがやっとというところだろう。

 馬超が冀城に来た時点で籠城という手を取っていても長安からの援軍が来ない限り、結末は変わらない。どう転んでもこの城だけでは未熟な軍とはいえ、馬超を殺害するまでには困難なのだ。

 韋康はそこまで考えてから、墨と竹筒を取り出した。筆に墨をたっぷり付けて、竹筒に走らせる。綴られる文字は先日書いた物と同じもの。今度こそ、長安にこの事態を伝えるべく―――。


「韋康殿。何を書いておられるのですか?」


 唐突に聞こえた声に韋康は筆を止めた。全身に悪寒を感じ、吹き出すように額から汗が滲んで止まらない。


「もしかして。それ、長安にいる誰かに宛てた物ですか?」


 汗は頬を伝い、雫となって書きかけの竹筒の上に落ちてシミを作った。

 気にせず質問を投げてくるその声は背後から聞こえるもので、決して親しいというわけではない間柄。そして、一番会いたくない人物だった。


「馬超殿。貴方を呼び出したつもりはないのだが?」


 振るえそうになる声を必死になって抑えようと試みてはみるが、この男に背後を取られているだけでそれは無駄な努力で終わった。


「俺も呼び出された記憶はないのですけどね。面白い物を見つけたので」

「面白い物?」


 未だ振り向きはしていないが、背後にいる馬超が笑っているように感じる。ここで振り向くべきかどうか思惑していると、目の前に所々紐が切れバラバラになりかけた竹筒が放り投げられた。

 救援要請を出そうと広げていた竹筒とぶつかり、大きな音を立ててさらにバラバラになる。思わず小さい悲鳴を上げ、身を竦め恐る恐るバラバラになった竹筒を視界に収めてさらに

韋康は息を詰まらせる事になった。


「その竹筒、誰が書いたかわからないのですけど、結構、物騒な事を書いてあったんですよ。……俺を殺す、って」

「……馬超殿。これをどこで?」

「さぁ?部下が持ってきてくれたので俺は知りません」


 息が詰まる。酷い吐気がする。

  所々、血で汚れていて文字を読み取りにくいがこれは間違いなく、閻温に託した長安にいる夏侯淵宛の竹筒である。馬超は『誰が書いたかわからない』とは言っていたが、背後にいる男はわかっていて言っているのだ。

 おそらくこの竹筒に付着している血痕は閻温のものだろう。


「これは、私に対する警告か?」

「別に。韋康殿がそれを書いたっていうのならそうじゃないですか?」


 悪びれる事もなく、むしろ楽しんでいる声音にさらに吐気が増した。そして同時に今まで下準備を重ねてきたことが筒抜けである事をこうしてわざわざ伝えに来たのだ。


「その竹筒」


 多分、書きかけていた物を指しているのだろう。尤も、血で汚れた竹筒の下敷きになったせいで書き直さなければいけないのだが。


「今度は長安にいる誰かの手元に届くといいですね」


 もう終わりだと思った。きっとこの男をここで殺すことは不可能だと悟ってしまった。

 静かに扉の閉まる音が耳に届き、緊張の糸が切れどっと体は疲れを感じる。結局最後まで馬超の方を振り向く事はできなかったが、人の悪い笑みを浮かべている事は容易に想像ができた。

 漸く、息を抜くことができた韋康は後悔をした。


『何故、馬超を内部に入れてしまったのだろうか』と。


 一方、韋康がそのような後悔をしているとは思わない馬超は、次の事を考えていた。

 閻温を見かけた時は取り逃がしたことを失敗したとは思ったが、結果として始末はできた上に韋康を揺さぶる事ができたのでまずまずと言ったところだろう。


「閻温が生きていればもっと面白いものが見れたけど」


 閻温の存在を確認できたのは正直たまたまだった。冀城にいるという事は、韋康の元に行くというのはすぐにしれた。だからあの時、こっそりと後を追えば思った通り韋康の元に辿りついた。そこで自分の殺害と長安にいる夏侯淵への援軍要請を知り、龐徳にずっと見張りをさせていた。

 遅かれ早かれ、韋康がしたためた竹筒を持って閻温は長安にいる夏侯淵の元に援軍要請に行くつもりだった。馬超としては絶対、援軍なんてものは阻止しなければいけない。だから閻温が冀城を出た時を見計らって捕縛、捕虜とした。

 案の定、閻温は援軍要請をしたためた竹筒を持っていた。正直、竹筒さえ手に入ってしまえば閻温には用などなかったのだが、面白い事を思いついてしまったのだ。

その時、自分はまだやる事が残っていたから閻温に『取引』の提案をし、後は部下の龐徳に任せてきたわけのだが。


「交渉は決裂。ま、どっちにしても最後に始末をするつもりだったけど」


 韋康を裏切れば命は助けてやる―――。


 それだけ残して後は龐徳に任せた。暫くして龐徳は一人で戻ってきたのだ、あの血だらけの竹筒を持って。


「従兄上、こんなところに」


 不意に聞きなれた声に呼ばれ、馬超は意識をそちらに向けた。そこには探していたという口ぶりの割にもそんな素振りを見せない従弟がいた。


「俺をそんなに探してよっぽどの事か?」

「従兄上にはよっぽどの事、というより待ちに待っていた事なんじゃないかと」


 馬超が待ちに待ってた事と言えば一つしかない。冀城に着いてすぐに馬岱に一つ頼んでいた事がある。従弟の様子からすれば、どうやら馬超が望んだ結果が得られたと思う。


「結果を聞きますか?」


 どうやら馬岱も今、馬超が思っている事がわかっているらしい。


「いや。代わりに伝えておいてくれないか。俺が今から指定する日に一部隊派遣するようにと」

「……本当、人遣いが荒い」


 そう言いながらも馬岱は来た道であろう回廊をまた戻って行った。

 韋康は冀城に馬超たちを入れる事で動きを封じた、あるいは自分たちの監視下に置いたつもりだったのだろう。だが、蓋を開けてみればこの時点で形成は馬超たちに傾いている。


「最後くらい抗ってみせろよ、韋康殿」


 抗ったところで程度は知れているし、手を緩めるつもりも毛頭ないがそれなりに楽しみが欲しかった。

 曹操の配下を追い詰める楽しみが―――。



(続)

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