状況開始

路木
@rrrokio

 一期一振が初めて第一部隊に加わったのは、桜の若葉が誇らしげに揺れ、藤が咲き誇る頃であった。担ったのは隊長役である。

 第一部隊の隊長を任されるというのには二種類ある。一つは単純にその部隊を指揮する能力をもったものが担う場合。もう一つは、実戦経験のたりない刀を責任の重いそこに放り込むことで、効率よく練度を上げる方法として使われる場合だ。今回はもちろん後者である。

 名ばかりの隊長にたいして、当然ほかは目端が利く実力者達で固められる。その中でも突出して力を見せつけ、実質的な隊長となったのは、やはり三日月宗近であった。いくつかの合戦を抜けるたびに、一番の首を取る。この活躍ではさぞかし練度を上げるのも早かろう。常にはないほどの充実を得た一期でも、三日月の得ているそれには叶うまいと、すぐにわかった。追いかける背は遠い。

 休憩の合間に見やれば、大太刀の石切丸と話をしていた。どうやら、互いに誉を競い合っているらしい。だが、その会話もずいぶんと短かった。兄弟刀と会話をするというのに、あのように丁寧な挨拶めいたやりとりだけで終わるのが、一期にはどうも不思議に思える。

 近場の岩に座り込んだまま眺めていると、石切丸と別れた三日月はこちらまで近づいてきた。

「どうした、一期。呆けた顔をしているな。隊長は疲れたか」

「いえ、まさか」

 不躾に見つめてしまって申し訳ありません、と一期が詫びれば、三日月は、ははは、と笑ってその謝罪を流した。いかにも、茶番である。一期は許される暇あれば三日月を見ているし、それを隠してもいない。三日月も桜の終わった最後の雨の日から、とっくにそれを知っている。

 薄皮一枚挟んだようなやりとりを、一期は苦手とは思わない。それに、どういうやりとりであれ、彼と言葉を交わせるのは単純に嬉しい。

「兄弟刀とはいえ、刀匠ごと、その距離感は随分とちがうものだなと思いまして」

「そうか。まあそうだな」

 ゆるり、と首を傾けると、三日月は笑みを消した。

「俺から見れば、藤四郎の一派はずいぶん仲が良すぎるように見える」

 ほかの刀は皆、水場へと向かっているようだ。つまり、三日月の顔を見ているものはいない。

 戯曲の有名に過ぎる一節が一期の脳裏を掠めた。なんの表情も乗せていない三日月の顔は、至高の美とも、さわらずの醜とも見え、そのどちらでもあり、どちらでもない。ただただ、異形である。頬をくすぐる皐月のかろやかな風さえ、どこか遠くにしか感じられなくなる。

 一期は心のまま、いっそう微笑んだ。

 ああ、この顔が好きだ。

「仲が良すぎる、ということは利点にも欠点にも働きますな。いや、戦では欠点のほうが多いやも。ですがあなたのようなお刀が将でしたら、我ら兄弟の利点だけを拾うように率いることもたやすいのでは?」

 共に出陣してよくわかった。鷹揚で、声を荒げない。負の意図のあることばを使わないまま、相手の要望の方向を変えることが出来る。突拍子もない提案も呑ませて不快にさせない魅力がある。味方として場にいるだけで、どっしりと丹田に熱を抱くような心地があり、鍛錬の時よりものびのびとそれぞれの手足が動き出す。

 そして、劣勢であれ、優勢であれ、その泰然とした様が変わらないということがどれだけの安心か。

「あなたはまるで王と生まれついた刀のようだ」

「いいや、俺はつねに王の刀。王そのものとして振る舞ったことなどない」

 その否定のときだけ、三日月は右頬をすこし上げてみせた。

「俺は、王のなぐさみもの。もっとも美しく結実した[[rb:権力 > ちから]]のかたち。俺を得て、俺を見るものは、俺のうちに悠久にとどきうる美そのものを見るだろう。美こそ、この世の幸い。そしてそれさえも今、自分が折るも愛でるも自由に出来ることを知る、……というまでが俺の仕事だ。ま、象徴だな。正しく宝刀の役割のひとつさ」

 そこまでをゆったりと喋ると、三日月は腰の太刀を抜き払った。幅の狭い切先が一期の喉元に突き付けられる。

「さて、俺は王のものにしかならんぞ。俺を欲しがるお前に、果たしていま、背負える民や国があるか?」

「そうですな……」

 三日月は本気であった。下手な受け答えをすれば、喉笛を突かれる。それがわかっていながら、一期一振の口からは意識する前にするりと言葉が漏れた。

「しかし、少なくとも今、私は私自身の王です」

 三日月はしばし動きを止めた。能面よりも感情を伝えない顔の中、希有な瞳がぱちりと開いている。あきれられている、と一期は理解した。偽りない真実だが、さすがに恥ずかしくなってきた。耳がすこしばかり、熱い。とっぷりと時間をかけてから三日月は口をひらいた。

「主のおる身で、自身の王、ときたか」

「仰るとおりです。しかし、どうにもそうとしか思えんのです」

 審神者は優しい。それこそ戦国の武将にくらべたら、女子どものような所が多々ある。だが、それを見くびっての発言ではない。うつつの世に顕現を呼ばれた時から、主は主である。その命に従わなければならないという人の子の本能にも似た感覚は、一期にもある。いや、本丸でも強くそれが出ている方だと言われている。

「今、私の心身を統制しているのは、私です。火の幻を下すのも、あるいはそれに負けてしまうのも、決めるのは私自身です」

 どう説明していいかわからず、一期は突き付けられた太刀を見つめたままで、言葉を紡ぐ。

「刀の身のままであればこのようなことは考えずにいたでしょう。しかし、どうにも今はこのように、動く手と足がある。なにより、考える頭もある」

 細身で反り高く、踏ん張りの強い優美な姿。雲たなびく夜空の三日月がいくつも影を覗かせる。その先に進めば、二重刃、三重刃。いつまで見ても、飽かぬ姿だった。その三日月の刀身はぴくりとも動かないままだ。

「この先なにが起こったとて、私の誇りを、どうするべきか、決めることが出来るのは、私だけです。それは例えあなたにも侵せない」

 自身の王、といったのはそのような意味ですと、言葉の先を紡ぐと、ふう、とため息の返事があった。

「一期一振」

「はい」

 一期は見つめたまま言葉を待った。

「視姦という言葉を知っているか?」

「それというにはまだ本気に足らぬのでは?」

 そう返すと同時に、一期はようやく三日月の刀身から目線を離した。視線の先、空中に舞うそれを掴む。口に入れる。

「なにを食べている」

「存外、味はしませんな」

「そういうことは聞いてない」

 一期が食べたのは、三日月の周りに流れる、誉の花弁である。桜に似ているが、どこか違うようにも思うそれを、また幾枚か掴んで咀嚼してみるが、どうにも味も香りも感じられない。

「乱が早咲きの薔薇が余ればそれでジャムを作りたいと言うておりましたが、この花弁でも作れんもんかと思いまして」

「阿呆な……。一体、誰がそのようなものを食すというのだ」

 太刀の中でも一期は割合大食いのうちに入る。人の身でする食事にもすぐになれた。とはいえ、そこまで食い意地が張っているというわけでもない。何でもかんでも口に入れては、その味をたのしんで遊ぶ子らをむしろ叱っていた筈だったのだが。

「もちろん、私です」

 一期は目を細めて笑んだ。ぺろりと舌の先で、上唇についていた花弁の一枚を拾う。唾液を絡め、それを飲み込む。

「私だけが食べる分です」

 三日月は返答せず、一期の喉に向けていた本体を、ゆったりとした動きで鞘に戻した。

「おまえの好きにするがいい。食べられるものであるならな」

「ありがとうございます。たのしみだな」

「精々腹をこわさんものを選ぶことだな。たった一人の国の王よ」

 そういうと三日月はふうわりとしたいつもの笑みを見せた。見やれば、沢の向こうから、仲間達が戻って来ている。その頭上に雨雲の塊がある。またこれから、行軍である。次の戦はずいぶんと泥にまみれることになるだろう。

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