お題チャレンジ

~背くらべ~

『思ってたよりキツいな…』


徒歩通学のオレは、満員電車ならぬ満員バス初体験。

吊革は塞がれていて掴まれない。

揺れるバスの中でバッグを抱え、バランスを保つのに精一杯だ。


女子生徒の話だと、この帰宅ラッシュ時に痴漢に会うらしい。

前方にチラチラと真琴らしき頭が見え隠れしている。


もう少し身長があれば確認できたのに。


ふと、脳裏に祐也の姿が過る。

このバスのどこかに居るであろう祐也は、オレの身長より20㎝程高い。

オレからは祐也の姿は分からないが、祐也からオレは一目瞭然だろう。

毎朝並んで登校するとクラスの奴等に“凸凹コンビ”とからかわれる。


祐也の身長の10㎝だけでいいから、オレに分けてくれないかなぁ。


そんな事を考えていると、お尻に違和感を感じた。

体勢が変えられないから然り気無く手をお尻にもっていくと、硬い何かが当たった。

触った感じから鞄だと分かった。


なんだよ、痴漢かと思った。


邪魔だ、と言わんばかりに鞄を手で押した。


が。


鞄は再び、オレのお尻に当たってくる。


だーかーらー


当たってますってー


何度目かの押し問答の末、やっと鞄が退けてくれた。

小さくため息を吐く。


男のオレですら根気がいる作業。

女子はもっと大変だろうなぁ。

今後もう満員バスには乗るまい。


そう誓った瞬間。


太もも辺りを指が滑っていく感覚がした。


全身に悪寒が走る。




今…


触られた?




何が起きたか脳が判断出来ず、身体が動かない。

その間も指はオレの太ももを往復する。


“はぁ…はぁ…”


耳から聞こえる異音。


これは。


気付いた瞬間、全身総毛立つ。


キモいキモいキモいキモいキモいキモい。


それしか考えられなかった。

痴漢に会うと何も出来ないと言っていた女子の気持ちが分かった。

一人でこんな場所でこんな事されたら身体が硬直して何も出来ない。

しかもこんな押し寿司状態で抵抗しようにも力が入らない。


その隙に、とでも言うように指の動きはエスカレートしていく。

指先だけだったのが掌になり、太ももを撫でていたのがお尻の辺りに近付く。

痴漢は現行犯でないと意味がない。

計画では、一緒に乗車した祐也と拓哉が痴漢と判断したら確保する。


って事になっているんだが。


てかもうこれは完全に痴漢だろっ!!!!

祐也ぁぁっ

早くっっっ!!!!


痴漢の指がパンツに掛けられた。


万事休す。


一生祐也を恨んでやる。


そう思った時、指の感触が無くなった。


「はい。現行犯です」


祐也の声が聞こえ、男の呻き声がした。

振り返ると、祐也が男の腕を捻り上げていた。

祐也の姿を見たら、目頭が熱くなった。


ヤバい。

泣きそう。


先頭に居た真琴が運転手に事情を説明し、通報してもらった。

同乗者の迷惑にならない様、オレ達はバスを降り警察が来るのを待った。


程無くして来た警察に男を託し、オレ達も一緒に警察署へ。


警察署に着いてからが長かった。


初めて事情聴取を受けたが、事細かに聞かれ面倒のひと事。

どこを触られただの、どんな触り方かだの、いちいち説明するのが大変だった。

解放される頃には日も暮れ、辺りは真っ暗になっていた。


「時間も時間だから、今日は解散」


拓哉の提案に全員が賛成した。

拓哉と真琴と別れ、祐也と共に歩き出す。


外はまだ暑く歩いているとじっとりと汗ばむ。

服を扇ごうとして、気が付いた。

自分がまだ女装していた事に。


『着替えるの忘れてた』


オレの呟きに前を歩いていた祐也が急に止まった。

勢い良く祐也にぶつかる。


『いってぇっ…何だよ?』


鼻をぶつけ鼻をさすっていると、手首を掴まれた。

そして何が何だか分からないうちに、今度は背中が何かにぶつかった。

塀だと気付いた時には、目の前に祐也の顔があった。


「捕まえるのが遅くなってすみませんでした」


伏せ目がちに言う祐也に一瞬何の事だか分からなかったが、あれかと気付く。


『後1、2秒遅れてたら、許さなかったけどな』


強がりを言って誤魔化す。


あの時のオレは、恐怖と嫌悪感で何も出来なかった。

いくら計画とは言え、ただじっと祐也たちが来るのを待っていただけだった。

真琴が被害者だったら、祐也と拓哉が向かう前に加害者の腕を捻り上げていただろう。

そして何より、祐也の姿を見て泣きそうになってしまった。

いつからオレはそんな弱虫になってしまったのだろう。


バスを降りてからずっとそんな事を考えていた。


「目の前で凌平が襲われていたのに、すぐに近付けなかったのがもどかしかった…」


すみません、と謝りながら祐也はオレの肩に顔を埋めた。

その頭をオレはよしよしと撫でた。


謝らなきゃいけないのはオレの方だ。

ただ立ってただけの、木偶の坊。

祐也が居ないとダメな、ただの弱虫。


『祐也くらいの身長があれば、オレも男らしくなるかなぁ…?』


オレの呟きに直ぐ様反応した祐也。


「凌平はそのサイズが丁度良いのです!」


そう言い切ると、オレの顎を掬い上げ視線を合わせる。


「この位の身長差の方がキスはしやすいでしょう?」




頭上には満天の星。

祐也の頭にはひとつのコブ。

調子に乗った祐也へのご褒美。


今さら、祐也と背くらべしたところで仕方ない。

小さいなら小さいなりに、身を守る術を身に付けねばなるまい。


そして、弱虫な自分を克服したい。


いつまでも祐也と一緒な訳ではないのだから。


つづく…。