おやすみ マイ・ナイト

甲殻類
@tarabadaYO

「誰がどう見たって体調悪いっすよね、副部長」



この言葉を聞くのは何回目だろうか。 目の前でマスクをしていつもの無駄に大きな声も出さずに一人長袖のジャージを着る男を見て、こちらも今日何度目かの溜息を吐いた。


コートに時折ぼーっとしながら熱く指導するのは泣く子も黙る鬼の副主将、皇帝真田弦一郎である。 その彼は今日、どこからどう見ても体調不良を訴えておりいつもは鈍感な二年生エースまで心配をするほどの様子だ。

赤也の「彼女の言うことなら副部長も聞きますよ~」 と言う言葉もすでに何回も聞いた。 しかし彼がコートにいるということはお察しの通り、一応彼女である私の話は何一つ聞いてくれていない。 私も彼と違って鬼とは呼ばれていないし、登校する時点ですでに何度も今日は休むように伝えている。 要するに私もお手上げだった。




三時間目の休み時間案の定、弦一郎は良くなることもなく目が虚ろになり、授業中にあまりのだるさに舟を漕ぐ始末である。 最初は心配していた幸村くんもこの頑なな弦一郎を見て少し呆れ気味だ。 どうやら柳くんもお手上げらしい。 この二人の意見を聞き入れないなんてよっぽど意識が朦朧としているに違いない。

既に一度無視されている私の意見が通るのだろうか……と考えていると四時間目の始まるチャイムが鳴った。



そして昼休みになり、私は弦一郎の元へと足を進めた。



「ねえ、弦一郎」



声をかけるが彼は一切反応せず鞄の中からお弁当を出そうとしている。

病人だとは分かっているけど、無視までされるとちょっとイライラしてきた。 こっちは心配しているというのにその態度はどうなのか。 心が狭い、と感じつつ無視する弦一郎をどうにかしてこちらへ向かしてやろうと手を伸ばした、が。

ドン、という大きな音が教室に響いた。 いや、私は何もしていない。 目の前の弦一郎が独りでに座ったまま机に倒れこみ頭を打っただけで何もしていない……何もしていないけれど!!!



「誰か、助けてー!!!」





その後、弦一郎は同じクラスの柳生くん、そして私に無理やり連れてこられた隣のクラスの仁王くんと丸井くんに連れられて保健室へと運ばれた。しかし、保健室へ辿り着くも保険医は先ほどの体育で大けがをした生徒に付き添って病院に行っているらしい、こんな時に限って。

そんなこんなで私が看病役を買って出たのだけれど、いつも眉間に皺を寄せて「たるんどる!」 なんて大きな声を出しているくせに、今の彼にはそんな片鱗は全くない。 苦しそうに時折唸り声を上げる弦一郎に胸がチクリ、と痛む。

先ほど頭を打った分も含めて額を冷やしていた保冷材はどうやらもう溶けているようだ。 保険医がいないせいで熱冷ましシートの場所がどこか分からず、また保冷剤のある冷凍庫へと足を動かす。

すると、後ろからシーツの擦れる音が聞こえた。



「弦一郎、起きて大丈夫?」



保冷剤を掴みすぐに起き上がった彼の元へと戻る。

ああ、と小さな声で返答する弦一郎に横になるようにと伝えるが、先ほどと比べてマシになったとだけ言って横になろうとしない。



「お前が看病してくれていたのか」

「先生いなくて、額はどんな感じ?」

「少し腫れているような気もする……」



そう言いながらぶつけた額を触る様子が何だか可愛くてクスリと笑ってしまう。



「そういえば、調子悪いなら休めばよかったのになんでここまでなるまで我慢したの」

「むっ……それはだな……」



言いづらそうにする弦一郎を前に、いつも彼がするように腕を組み、眉間に皺を寄せながらじーっと見てみた。

その様子に気づいた弦一郎は一度目を逸らした後、覚悟を決めたように私の目をしっかりと見てくる。 その様子に私も力が抜け、腕組を止め眉間の皺もスッと消える。



「格好悪いところを見せたくなかった、部員たちに。 そして、お前に」



一度間を置き、私はぷっと吹き出す。



「何が可笑しいんだ」

「だって、弦一郎らしいから」



何でもかんでも自分で何とかしようとする彼だからこその行動だった。 自分の知っている弦一郎だ。



「そんなんじゃいくつ体があっても足りないよ」

「しかし格好が……」

「いいんだよ、弦一郎」



どうせまた格好がつかないとか、後輩に示しがつかないとかそんなこと思っているんだろうけど、そうすることでその後輩や私たちが心配するとは思っていないようだ。 相変わらず分からず屋の頑固者である。

取り合えずまた熱が上がってしまうかもしれないので寝なさい、と声をかけると思った以上にすんなりと布団の中へと戻ってくれた。



「私の前では力抜いてもいいんじゃない? どんな弦一郎でも好きだしね」



そう言うと弦一郎は顔をさらに真っ赤にして布団の中へと潜り込む。

その中から「善処する……」 と小さく聞こえたのでまた笑ってしまった。

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