記憶少女

6、真実の裏

「いやはや〜

一瞬ヒヤッとしたけど、良さげだったんじゃない?」



おそ松が紅奈の肩に腕を回しながらニヤついた顔を近づける。



「良さげどころか完璧だったろ。

…大体は」



いつもの如くおそ松の腕をはたき落として、顎に手をやり感慨に浸るように小さく何度も頷く。



「…紅奈にこんな才能があったなんてね」


「一松もカッコよかったって!

…『これぐらいのリスクも受け入れられないんだったら何も守れないんじゃない?』ってw」



紅奈は付けたままにしていたチョーカー型変声器を一松の声で作動させ、彼の放った名ゼリフを表情付きで演じてみせる。



「…え、僕こんなだったの?

心の底から死にたいんですけど」


「ん⁉︎何すか?何すか?

紅奈がクソ豚野郎と眼鏡チビに色気バラ撒いてた件っすか?」



凹む一松を後ろから抱きしめ、ぴょこんと出した顔を一松の右肩に乗っけるという素晴らしく愛らしい格好の十四松の目は据わっていた。



「いや怖いわ。

悪かったって…まだ怒ってる?」


「僕?ぜーんぜん怒ってないよぉ〜!」


「〜ーーーっ!!!」


「…貴方様のお気持ちはもう十分すぎるほど理解いたしましたのでうちの四男を絞め殺そうとするのはやめていただけませんか?」



体に回された十四松の腕は万力のように一松を締め付ける。一松の顔色がだんだんと赤くなっていく。



「…ぐっ!!あっ……ふへ」


「ちょっと恍惚としないでM松兄さんっ」


軽く◯起させている一松の頭にろくでもない走馬灯が流れ始めた時。



「ほら十四松、それ離しな。

紅奈も反省してるし」



十四松の頭をぽんぽんと撫でるチョロ松。



「その話はこの前死ぬほど話し合ったろ?」



つい先日誰も手がつけられないほどに怒り狂ったチョロ松が、死ぬ程綺麗な笑顔で語りかけた。



…その場にいる全員の背筋が凍った。



十四松の怒りが何とか収まると、紅奈がまた口を開いた。



「でもさ、何で教えてくんなかったの?

あんな面白そうな子いたんだったら言ってくれればよかったのに」



「すまないエンジェル。俺たちも教えたかったんだが『お約束』があるからどうしようもなかったんだ」



「…そっか。『お約束』って何とか色々聞きたいけど、あっち側と取引かなんかしてるんでしょ?

これ以上は聞いても答えられないよな」



「ああ、本当にすまないマイシュガー…」



「いいよ、別に。取引なら仕方ないし」



力無く項垂れるカラ松に優しく微笑みかけた後、何かを思い出したように表情を変えた。



「そうだ、ねぇみんな。

コナンとはどういう関係?幼馴染?」


「そー。隣に住んでる腐れ縁だよ」


「あ、じゃああたし達と一緒か」



そういった瞬間チョロ松とおそ松が声を揃えて叫ぶ。



「紅奈と俺達の縁は腐ってませんけどぉぉ?」


「あーはいはいそうねー」



2人の情熱的な訴えを面倒くさそうな顔で適当にあしらうと、昨日の出来事を思い出しさも愉快そうににやけ顔に手をやる。



「今頃陽田健伸さん、地獄で地団駄踏んでるだろうね。几帳面なクソ野郎だったからさー、マジで焦ったよねw」



「ほーんと、僕大活躍♫」


イェーイとトド松が顔の横でダブルピースでウインクをしてみせる。



可愛いというよりあざといそれを見て、呆れ顔が5つ並んだ。



「でも本当にありがと。

急に頼んじゃったけど大丈夫だった?」


「その場でできたし余裕だったよー。

新一君も目の前でデータ改ざんされてた、なんて思わないだろうしね」



トド松はスマホを小さく振り、クスクスと笑った。





____事は一週間前に遡る。



柊探偵事務所に1人の初老の男性が訪ねてきた。



彼の名は奥山 稔。55歳で妻に先立たれ現在一人暮らしをしているらしい。



彼の要件は『ノックアウト事件の犯人の特定』だった。



稔さんは27歳で結婚し、29歳の時に息子の大希さんを授かる。大希さんは母親譲りの穏やかさと父親譲りのマイペースな性格だった。



優し過ぎるその人柄が原因で友人関係が上手くいかなかったこともあったが、それでも彼はいろんな人から愛された。



そして大希さんが13歳の時に交通事故で母親を亡くして以来、稔さんが男手一つで自分の息子を育て上げたのだ。



時が過ぎ、優しい息子にも愛する人ができた。

大希と同じ朗らかで優しい女性だった。



幸せの絶頂。結婚目前だったある夜、あの悲劇が起こってしまった。



警察は『捜査中です』と言っていつまでも情報提供をせず、じわじわと時が過ぎていった。



意識不明の重体となった息子の病室へ毎日毎日通い詰めて。日に日に衰弱していく息子を見て、彼は一体何を思ったのだろう。



『私はただ、何故息子だったのか、どうしてそんなことをしたのかと問うて見たいのです』



彼はか細い声でそういった。



藁にもすがる思いで辿り着いたのが、この柊探偵事務所だったというわけだ。



『値は張るが求めていた以上のことを提供してくれる』



噂を頼りに今ある限りの財産を捧げ、息子を傷つけた犯人を特定してほしいと懇願したのだ。



やる時はやる情報担当のおそ松とトド松は、独自のネットワークで犯人をたった2日で特定した。



そしてその次の日。

奥山 大希さんは恋人に寄り添われ、父親に見守られながら息を引き取った。



陽田健伸 43歳 既婚。

21歳と16歳になる娘がいた。

高校時代は野球部に所属しており、右バッターの優秀な選手だった。



裕福な実家のため、一生懸命に働く必要もなければ人生に悩むこともなかった。



美しい妻と娘達。広々とした家に豪勢な食卓。



何が不満だったのだろうか。



彼は新しい刺激を求め続けた。



何人いるかわからない愛人と何度も不倫した。

だが神経質な彼は全てを欺き、バレたことは一度もなかった。



彼はそれでも求め続けた。



金に苦労していないはずの陽田がノックアウト事件を起こしたのも、新しいスリルと警察にも特定されない見事な手筈をやってのける自分を讃えるためだった。





「…大希さんがどうとかあんま関係ないけど、あたしが単にむかつくから陽田健伸は殺っちゃおう☆」



紅奈は割と軽い感じで、陽田健伸の処分を決定した。





未だに新しい愛人を求める陽田は、わざと使い込んだよれよれのスーツを身に纏い夜の街へ出掛ける。



勿論、家族にはその日仕事で帰れないと伝えて。



いつも使っているバーに足を運び今日の獲物を物色していたが、いい物件が見当たらないので帰ろうとしていた時。



「…お隣、よろしいかしら?」



顔を上げると、体のラインがよく見える黒いドレスにふんわりとカールした黒髪を後ろで束ね、シャンパンレッドのアイシャドウが良く似合う美しい女性が微笑んでいた。



「え、ええ。勿論」



あまりの艶やかさに一瞬見とれてしまったが、すぐにいつものように哀しげな笑みを浮かべる。



「ずっとお一人でしたけど、誰かお待ちだったんですか?」


「…いや、気分転換にと思って一人で飲みにきたんです。でも、なかなか気分が晴れなくて」



そう言って陽田は少し俯いた。



陽田は容姿に自信があった。現在の年齢は47歳だが、親の金を使ってエステなどに通い詰め見た目は35歳だといっても若いと言われるほどだ。



「何かあったんですか?」


「いや、聞いても面白い話じゃ…っ」



台の上に置いていた手に、小麦色の手がするりと重ねられた。



大きなゴールドのイヤリングが揺れて、薄暗いバーの照明を反射させる。



陽田はその煌めきから目を離せなかった。



「夜はまだ長いわ。

ねぇ…貴方のこと、教えてくださらない?」



女性は落ち着いた少し低めの声で問いかけた。

耳の粘膜が溶けるかと思うほど色っぽい声だった。



そこから陽田は、何度も何度も話した嘘を熱弁した。



会社の上司との関係がうまくいかず、自分がどんなに頑張っても努力が報われず、挙げ句の果てに恋人に浮気されたという嘘を。



彼女はその嘘を聞きながら何度も酒を勧めた。

アルコールに強いはずだったが、二杯目で少し酔っているような気がした。



今まで数え切れないほど女に幾度も話してきたはずなのに、何故か今日は心臓が早鐘を打ち声が少し上ずった。



「ハハッ、かっこ悪いですよね。

こんなの」


「…そんなことないですよ。

頑張っている貴方のことが、もっと知りたくなりました」



彼女はゆっくりと瞬きをする。

大きな瞳に陽田自身が映り込んでは、長い睫毛とアイシャドウのラメの中に消えた。



「沢山お話ししてたら、少し疲れちゃいませんか?」



さらさらな後れ毛を耳にかけながら、陽田を下から覗き込む。



「実は…私の家、ここの近くなんです」



妖しく笑った彼女。

もう彼女から抜け出せるはずがない、陽田は悟ったのだった。




「もう少しですよ」



女性はヒールが音楽を奏でているかの如く軽やかに歩いた。



話しをしているとき彼女から勧められて飲んだお酒のせいで、真っ直ぐ歩けないほど酔っていた。



こんなに酔ったことはなかったが、最高に幸せな気分だ。



彼女は陽田の前を歩き続けた。

追いつけなくなると途中で止まり、適度な距離を保ち続ける。



「ほら、こっちこっち」

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ふふ、と笑いながら彼女はこちらを振り返った。



紺色のベンチと車の通行を阻む為のポールの先にある電信柱に寄りかかり、また彼女は陽田を呼んだ。





「ほら、こっちこっち」