記憶少女

5、カメラアイ

「まずあたしに見えている事実から察するに、この事件はノックアウト事件でも他殺でもない。

ただの不運すぎる事故だよ」



さっきまでの表情とは一変し、真剣な眼差しをコナンに向ける。



「まず見て欲しいのが胸の痣。綺麗な円形ということは、胸に対して垂直に凶器が押し付けられたということになる。こんな感じかな」



紅奈は左手の平を上に向け、右手を握り上から軽く左手に打ち付ける。



「そして考えられる死因。口内の匂いや身体の死後硬直の具合からして毒物によるものだとは考えにくい。よってひとまずはこの痣によって死亡したと仮定したい」



死体の隣にしゃがみ、痣を優しく撫でながらコナンの目線に合わせる。



「この人の身長は175〜180cm前後。

この人が立っている状態で垂直に、しかも心臓の血管が破裂するほど強くバットの先で突く。

…無理じゃね?できたとしてもその人めっちゃジャイアントじゃね?」



ねー?と死体に話し掛ける紅奈。

そしてぽんぽんと頭を叩く。



「ノックアウト事件の被害者の共通点。

スーツを着たサラリーマン。

酷い泥酔状態だった。

そして、身長160〜165cmで、右上から左下の向きの傷。つまり右バッターだったってこと」


「右バッター?」


「まあそれはいいとして…

胸の痣のつき方、ターゲットの身長などから考えるとこれはノックアウト事件ではない。


この綺麗な円形の痣を作るには上から押し付けるか下から突き上げるのが妥当。

そしてこの人の服を見て。背中の部分は庭の草しか付いていない。服の感じからして殺害してから服を変えたとは考えにくい。つまり寝かせて上からではない。

では下からか?

そう、下からだ。

この人の左腕に微かに紺色のペンキが付着している。この色を見て何か思い出さない?」



紅奈のマシンガントークに圧倒されていたコナンにはその質問を深く考えたり答えたりする余裕はなかった。



「この色のペンキが付着する可能性がある場所は、乾き具合からしてこの付近であることは間違いない。

考えられる物は一つ。

米花町3丁目東3-224-56にあるベンチ。

この家のすぐ近くのやつだね。

ここに来る時に丁度この色のベンチを見た。

付いたペンキの形からベンチの角を掠ったと思われる。そういう状況になるにはベンチの右側に立って倒れこむしかない、ってのはわかるよね?」


「お、おう」


「オーケー。

そのベンチの隣には銀のポールがあった。

車の侵入を阻止するためのやつ。ポールの先はバットの先と同じぐらいの太さで、ベンチの角からポールまで距離が大体12cm。この人のペンキと痣の位置と完全に一致する。

つまり、この人は

こけてポールに胸をぶつけて死んじゃったおっちょこちょいさんだということだ!!」



紅奈はビシッと人差し指を立て自信満々に言い放った。




_______つかの間の静寂。





「…なんでポールの位置まで把握してる?

ここら辺に住んでいたとしても場所の住所まで知ってるなんてありえ…

俺には考えにくいんだが」



紅奈の地雷をぶち抜きおそ松達の怒りを買った先程の失敗を思い出し、しっかり言葉を選ぶコナン。



紅奈も機嫌を損なうことなく続ける。



「今日来るときに見て、電柱に住所も書いてあったんだもん」


「『だもん』って…

じゃあなんで博士の庭にいたんだ?」


「血管が破裂するのに時間がかかったんだと思う。

他人が動かした形跡がないから、自分で歩いたって考えるのが妥当だろうし。

転んだ後歩いてたらいきなり血管切れて、咄嗟に自分の家の門に似ていた博士の家に行っちゃったんじゃない?」


「…」


「まあ紅奈カメラアイ持ってるスーパーレコグナイザーな一応ちゃんとした探偵だから、多少の信憑性はあると思うよ〜」


「はっ?カメラアイとスーパーレコグナイザー?」


「コンニャロー!所々ディスんじゃねーっ」



コナンの驚く声を完全に無視して話し続けるおそ松と紅奈。



コナンが驚くのも無理はない。



『カメラアイ』というのは瞬間記憶能力の一種である。自分の目に映ったものをカメラの様に頭の中に記憶することができるのだ。



通常の瞬間記憶能力は死ぬまで記憶がなくならないのでキャパオーバーになって狂ってしまう人が殆どだ。



一方カメラにも容量がある様に、カメラアイは覚えていられる量も限りがあるので発狂しないで済む。



その代償としていなかった本人が心の底から覚えていたいと思ったものと、強く興味が引かれたもの以外の記憶がどんどん消去されていってしまう。



『スーパーレコグナイザー』とは、優れた顔認識能力を持つ人のことである。



これもまた瞬間記憶能力の一種で、一度見た顔は決して忘れずどの角度からでも識別できるというものである。



数々の未解決事件を解決に導くことができる大変稀有な存在だ。



スーパーレコグナイザーは全世界で約1%しかいないとされており、同時にカメラアイを持っている人は紅奈以外にいるかいないかほど。



紅奈を簡単に説明すると、

全世界でまたとない能力を併せ持つ大変貴重な人材なのである。



「はい、これ名刺」



紅奈は呆然としているコナンの手に一枚の小さな紙を渡した。



薄いグレーでシンプルなデザインの紙には、黒いインクでしっかりと文字が刻まれていた。



『探偵事務所 代表 柊 紅奈』


「…嘘だろ?こんなのが…」


「おいコナン聞こえてるぞ」


片眉をぐいっとあげて軽く口を尖らせた紅奈は、ぷにぷにとコナンの頰を突っつく。



「まああくまでもあたしはこの事件にたまたま居合わせた博士の知人ってだけだから。

あってるかどうかは責任とらないよん」


「…そうかっ!

だからあの時俺が工藤新一だとっ」


「そっ、ご名答」


パチンと指を鳴らし悪戯をした子供の様に無邪気に笑った。



「…エンジェル、そろそろ…」



カラ松が紅奈の耳元で囁く。



エンジェルって誰だよ…と呟きながらも、カラ松に礼を言いコナンの頭をぐしゃぐしゃと撫で回しながら立ち上がる。スッと目を細め、遠くの方を睨んだ。



さっきまであっちで遊んでいた一松と十四松も戻ってきて、後ろの方で話していたカラ松とチョロ松も紅奈の隣に立った。



いつのまにか紅奈の周りには同じ顔が6つ並んでいた。



「それじゃあ、そろそろお腹すいたから帰るわ。

博士、道具ありがとっ」


「ちょっ、帰るって。

事件は何も解決してねえし、俺のことも…」


「だーいじょぶだって!

紅奈も人には絶対言わないから。

それに…」



しゃがみこんでコナンの肩に手を置くおそ松。



「ちゃんと『お約束』

守ってくれるんだろ?」



聞こえるか聞こえないかぐらいの声でコナンに語りかけ、妖しく笑った。



「よっこいしょっと」



立ち上がって学ランに着いた草を払うおそ松。



「事件の真相、今度会ったとき教えてね。

まああってると思うけど」



紅奈がニヒルに笑い、コナンの頭を優しく撫でた。



「それじゃーね、コナン」


「てめっ、コナンって呼ぶんじゃねー」


「ん?じゃあ工藤s」


「やめろバーロー!!」


「あっはははは」



紅奈はとても楽しそうに笑った。



「またね」



そして7人は闇に吸い込まれるように、溶け込むように消えていった。





その直後、パトカーのサイレンが聞こえてきた…