記憶少女

1、来訪者(前編)

「…工藤新一?なんでちっちゃくなってんの?」



その瞬間、何かが重なる音がした。





20:30頃。

陽が完全に沈み込み、

息が真っ白くなるほど冷え込んだ日。



彼女はやって来た。






ピンポーン



インターホンが誰かの訪問を告げる。

阿笠博士はどっこいしょとソファーから立ち上がり、すぐ近くにあるカメラ画面を見た。



「博士、例のブツ取りに来たよ〜」



画面には江古田高校らしきセーラー服の下にハイネックのアンダーを着るという、なんとも妙な格好をした女子高生がいた。



「開いとるよー」



マイクに向かってそういうと、博士はのそのそと玄関に向かった。



「あーあったけー!」



勢い良く扉を開けて入ってきた彼女は心底幸せそうに頬を緩めた。



「おお、紅奈君!1ヶ月ぶりじゃな」



紅奈という名前の彼女は、だねーと言いながら靴を脱いでいる。



リビングに案内し、ソファーに座らせた。



「ご注文の品じゃよ」



奥の部屋から小さめの箱を紅奈の前に置いて箱を開けた後、向かい側のソファーに身を投げた。



「おお、いいね〜かっちょいい!」



まるで新しいオモチャを手に入れた幼い子供のように目をキラキラさせて、チョーカー型変声器を眺めた。



「ところで紅奈君、一応女子高生なんじゃから《例のブツ》って言い方はやめんさい。

わしが悪い奴みたいじゃろ」



「チョーカー型変声器を未成年に売ってる中年独身男性が何をおっしゃる」



中年独身は関係なかろう…と博士が拗ねているのにも一切見向きもせず、早速紅奈は手に入れたチョーカーを自分の首に取り付けた。



「ここで調節すんのか…あー…本当に変わった…

凄ぇ…もうちょい高いかな?」



一度集中すると周りが見えなくなるのは彼女の欠点の一つだ。博士の存在など忘れオモチャ遊びに没頭している。



「あーあー、お!チョロ松の声だ!

『ほら、貸して。高校生にもなっておにぎりすら開けられないの?』あはは!そっくり!!」



豪快な笑い声が夜の街に響き渡る。

もし博士の家が防音に優れた家でなかったなら、少なくとも10軒の家から苦情が入っただろう。



「紅奈君、声のボリューム…」


「さっすが博士!天才だよ!!」


「はぁ…さて、珈琲でも入れてこようかの」



若干呆れながらも満更ではないようで、鼻歌を歌いながら上機嫌で台所に向かった。



紅奈は

「ハッスル!ハッスル!」「チョロ松〜金貸して?」「カモンカラ松ガールズッ」「痛いねぇ」

など、よくわからない言葉を発しながら立ち上がり、ポーズを決めたり床に寝転がったりしながらはしゃぎまわっていた。



側から見たら狂気の沙汰だろう。



「…あー…おお!一松の 声だ!あは!

どうも、一松です。おお!博士本当に天才!

いいから拇印だぁぁああああ!!」



テンションは最高潮に達し、渾身のゲス顔をしながら華麗なる3回転ターンを決めようとした瞬間。



ドアの前に立ち竦む、小学校低学年ぐらいの少年と目があった。



2人ともぴたりと動くのをやめ、見つめ合ったまま凍り付いていた。





静寂が2人を包む。





紅奈は、ターンの途中の体勢のまま動けなかった。


(おおっと⁉︎)


興奮は一気に冷めやられ、さっきまでの自分の痴態が酷く冷静な頭に流れた。



え、普通に恥ずかしいのだが。



他人の家で思いっきりゲス顔晒して大声あげてくるくる回る女子高生。


(アウト)


これもう完全にあかん人だわ。

もう薬キメてるようにしか見えないわ、うん。



目を閉じて、ただ一言心の中で呟く。




(…まあ、人間そういうこともある。)




紅奈は目を開け、少年に向き合う。




「おう、こんばんわ」



切り替えの早さは彼女の一番の長所だと言っても過言ではない。



お邪魔してるよ〜、と手を上げながら何事もなかったかのように笑顔で声をかけ、少年の方へ歩み寄った。



少年には二重人格なのではと思うほどに優しげな笑顔を浮かべ、フランクな口調で話しかけてくる不審者にしか見えない。



引きつった顔のまま硬直している。



「びっくりさせたよな?ごめんな」



目線を合わせるようにしゃがみ込むと、凍り付く少年の頭をわしゃわしゃと撫でた。



「あたしは柊 紅奈。

16歳で、江古田高校1年。博士に用があってきた。

君の名前は?」



紅奈の変貌に少年は呆気にとられたように小さく

「江戸川 コナンです…」と呟いた。



「コナン君か、かっけー名前だね。

博士の子供…じゃないな。お母さんたちは?一緒?」



紅奈は少年の顔を見つめながらにっこりと笑う。



少年…コナンが返答に困ったように言い淀んでいた時。



「…ん?」



いきなり表情が変わった。



紅奈は無言でコナンの頰に手を当て、自分の顔をグッと顔を近づけた。



「へ?」



息がかかるぐらいの至近距離で見つめられ、この急展開の訳も図らず困惑する。



さっきまでの面影はなく、優しげだった目も無機質な光を放っている。



まるで実験体を見ている科学者のようだ。



「…知ってる」



紅奈はペタペタとコナンの顔の輪郭を触りながら、目を離さずにつぶやく。



「この輪郭の形も、この目の配色も、顔のパーツの配置も。全部一致してる」



「ちょっ、いきなり何をっ!」




「…工藤新一、何でちっちゃくなってんの?」






カチャリ





歯車の、重なる音がした。