恨み言の木曜日

しっぽ@手に負えない
@_selfishdoll_


「ないっすわ」


「なんやと!?」


ぼんやりと夕陽に染まる部室で。

散々練習した後やのに、未だ元気そうな謙也さんに思わず溜め息が出た。

矢継ぎ早に続く文句を聞き流しながら、汗ばんだ身体を拭く。

今日も暑かった。

首回りがベタついて気持ち悪い。


「おい!聞いとるんか財前!」


「あー、聞いてないっすね」


「おっま、ほんっまに!」


キャンキャン。犬みたいやな、とか。

言ったらまた怒りそうなことを頭の隅っこで考えて、 汗を拭き終えたシートをゴミ箱へ放ってさっさとシャツに袖を通す。


「なんや、今日は早いな」


キィ、と軽い音を立てて部室のドアが開いた。

声の主へ視線を向けると、部長、その後ろに小春先輩とユウジ先輩。

先輩らも上がったんか。


「用事でもあるんか?」


「あー、新譜出るんで、それ見に」


「おい!無視すんなや!」


まだ吠える。いい加減諦めんかな。

また一つ溜め息を落として手を止めることなく着替えを済ませる。はよ出たい。

バッグからワックス出して、崩れた髪を簡単に直す。


「白石!お前からも何とか…」


「あ、そういや謙也、さっきあの子見たで。待ち合わせしてんのとちゃうんか?」


「おあ!せやった…、財前のことで頭いっぱいになってたわ…!」


「あらぁ~謙也くんったら、あかんやないの!彼女待たせるやなんて!」


整った髪を確認して、最後に軽く香水。

やっと部活後らしい空気を潜めた身なりに一段落して、ユニフォームをバッグへ詰める。

横目に先輩らを見れば、慌てて着替え始める謙也さんがシャツを落としてた。


「ほんま仲ええよなぁ。もう1年は経つやろ? 毎週木曜は待ち合わせってのも、変わってないし」


「いつもラブラブで素敵やわぁ」


「俺と小春には負けるけどな!」


「はっ! 俺とあの子のがラブラブっちゅー話や!」


「あぁ!?」


今度はそっちで喧嘩始めよった。

はよ着替えたらええのに。

思わず目を伏せながらスマホを取り出して、バッグを背負う。


「一氏!ええ加減に…って、あら、いい匂い」


不意に小春先輩に近付かれて驚いた。


「光って香水付けてた?」


「…ええ、まぁ、たまに」


「光、お前まさか小春を誘惑しようと…!」


「そんなつもりは1ミリも無いんで安心してもらってええですよ」


「いやんいけず!」


絡むんやったら俺やない人にしてほしい。

早く帰りたいのに。


「小春先輩を誘惑してもしゃーないっすわ」


ふ、と零れた言葉に部長が口を挟んだ。


「なら、違う誰かは誘惑したいんか?」


少しだけ息が詰まる。


「…しょーもな」


喉の奥で行き詰まった空気を吐くように。


「そんなん言葉の綾でしょ、もうええですか?」


冷静で固めた声が出た。

上手いこと言えたらしい言葉に、やれやれと肩を竦める部長から目を逸らしてドアへと一歩。


「はは、悪い悪い。気を付けて帰りや」


「お疲れさまです」


軽く会釈してノブを回す。


「彼女とは何処まで進んだん?」


「そないなこと言えるか!」


「あぁんもう謙也くんのエッチ!」


「ばっ、し、してへんわ!!」


先輩らの喧しい声を遮るように、部室出た。



足早に校門へ向かう。

ネタ言わなあかんとか意味の分からない門の手前に、ぽつんと立つ女子制服。

髪を風に揺らしながら。

先輩を待ってる瞳。

今日で何度目かも分からない溜め息が出る。


それに気付いたらしい。

こっち向いて笑って、手を振ってくる。

しゃーないから、少しだけ会釈した。


「もうちょっとしたら来るんとちゃいます」


それだけ言うと、嬉しそうに顔を緩ませる。


ほんま。


「…相変わらず、仲ええですね」


ほんまに。


「…んじゃ、俺はこれで」


腹立つわ。


そんな人懐っこい顔して、デレデレと顔赤くして。なんやねん。くそ。

沸き上がる苛立ちを隠して門を潜る。


ネタなんて言う気も起きんかった。



どろどろと。ぐちゃぐちゃと。

腹の中で蟠る不快感。


追い討ちをかけるように聞こえてくる、声。


「待たせてごめんな! …ほな、帰ろか」


「荷物貸しや」


「ええんやって。ん、手。お前はこれ持ってや」



甘ったるい話し声。

もっと小さい声で話せばええのに。


付き合って1年より経って、冷める様子もないまま。

嫌になるほど見せ付けてくる姿に苛立つのも慣れたつもりで、それでも見たいわけじゃない。

二人して、心底幸せです。なんて阿呆みたいな面して。


抑えきれない気持ちが舌打ちさせた。



「…はよ別れたらええのに」



あんな人、嫌いになったらいい。


誰にも聞こえないように。

どうしようもない想いを恨み言に換えて。


「ほんま、ないっすわ」


これ以上、何も聞こえないように。


俺はイヤホンを差し込んだ。




end