ひげきのざんさ【コナン→←哀】

黄昏時には不釣り合いな賑やかさを避けるように人のいない教室に来た。普段は使われていない空き教室であるはずなのに埃っぽさは一切感じられず、青春を演出する小道具が散らばる光景に気が重くなるようだった。文化祭が間近に迫り、準備に急く声や繰り返し練習される演奏や演劇の音と声には熱が入っており、静まり返ったこの教室にまで響いてくる。

自身が在籍するクラスも演劇の練習真っ只中であるはずだというのに、あくまでも無関心を装っていた哀だが、ふと教室の隅に積み上げられた段ボール箱に冊子を見つけると手を伸ばさずにはいられなかった。使い込まれたそれは劇の台本。訂正や加筆の跡が残るページを捲っていった最後には劇の制作に関わった生徒の名前が記されており、そこに知った名前を見つけると何だか泣きたくなった。


クライマックスを迎えたところでアクシデントが起こり幕を下ろされた舞台、シャッフルロマンス。10年の時を経て完結させようと盛り上がる教室で哀が見たのは寂し気に目を伏せるコナンだった。その後、配役を決めることとなりハート姫と黒衣の騎士の役に対し当然のように哀とコナンの名前が挙がったけれど2人はそれを拒んだ。当時の衣装や小道具を目の前にした哀の中では断ったことを惜しむ気持ちも掠めたけれど、そんなふうに思うことすら申し訳ないような気がして考えることを止めた。


「こんなところで何してんだよ?」


何の気配もなく教室に入ってきた声に驚いたのは一瞬で。そこにいるのがコナンであるとすぐに気付いた哀は振り返ることなく「別に」そう短く答えると持っていた台本を元の場所に戻す。その様子を特に気にすることなく教室の奥まで進んだコナンは幾つも並んだ演劇衣装のうち黒衣の騎士とハート姫のそれの前で立ち止まる。哀は昔を懐かしむように衣装に触れる彼に掛ける言葉もないまま。演劇の小道具で溢れたこの教室に居心地の悪さを感じた。


「10年なんて、あっという間だよな…」


感情の読めない声に返す言葉が見つからない。怒るでも悲しむでもない、諦めにも似た表情は元の姿に戻ることができないと告げた時に見せたそれに似ていた。あの時、彼は謝罪を繰り返す哀の唇に人差し指を押し当てると『俺と一緒に生きてくれ』そう言った。APTX4869によって失った命を嘆くより、救われた命を後悔しないように生きたいのだという彼はそれからすぐに江戸川コナンの生活へと戻っていった。


「10年前、俺は後悔しないようにって心に決めた…けど、ずっと言えなかったことがあってさ」


それは劇の続きを演じるかのような調子で切り出された。哀は怪訝に思いながらも、彼の隣に並ぶと「何?」そう恐る恐る尋ねてみる。答えを待つまでに思い返されるのは途中で幕を下ろされた劇のこと。あの時、2人が口付けを交わしていたなら、のちにどんな愛の言葉を紡いでいたのだろう。きっと互いに伝えたい言葉があったはずなのに叶えてあげることができなかったことが苦しい。


そんな哀を過去から引き戻すように、腕を取られ引き寄せられる身体。強く抱きしめられるそれは確かに今を感じさせるもので。慌てた哀が身じろいで「っ、何なの?」と声を上げると、今度は唇を奪われる。ゆっくり顔を寄せ合って、なんてロマンティックなものではない強引で性急な口付け。繋がった時間は短かったかもしれないし、長かったかもしれない。けれど、唇が離れて見つめ合う時間は照れ臭くなるくらい長く感じられた。


「お前が好きだ」


状況が飲み込めないうちに聞こえてきた言葉はそれこそ台本を読んでいるかのような唐突なもの。こちらの気持ちも答えも分かっているといった余裕が見える彼に悔しくなる。


「結構、好意示してたと思うんだけど気付かれないまま10年が経ってた…お前、鈍すぎ」

「そんなの知らないわ」

「10年前の告白も華麗にスルーされちまったしな」

「なっ、告白なんてされた覚えはないわ」


困り顔を浮かべながらも、可笑しそうに話すコナンにムッとして顔を背けたところで思い出される『俺と一緒に生きてくれ』という言葉。あれが告白だったのだろうかと確信を得られないまま改めて彼のほうを向いたなら、やっと分かったかといった表情で見つめられた。


「10年間、鈍いお前にどうやって気持ちを伝えようか考えてたんだけどよ…今、この瞬間に言わずにはいられなかった」

「バカね…お姫様でも何でもない私を好きになるなんて、本当にバカ」


目を閉じればハート姫の彼女と黒衣の騎士の彼が浮かぶ。とてもお似合いな2人を切り裂いた相手に、コナンは「俺だって、騎士でも王子でもないんだ。俺たち似合いだと思わねぇ?」そう言って手を伸ばしてくれる。その手を拒むことなんてできなかった。だって、告白の答えは10年前にしていたのだから。








End

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