夢小説

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 落ち着きなく視線を巡らせる。私と同じように待ち合わせて周囲を気にしている人や、スマホを眺めている人が立ち並んでいた。その中のなんでもない一人になってしまいたくて、肩身をきゅっとすぼめて存在感を消そうとする。待ち人がいるのにこんなことをしてしまうのは、意地が悪いだろうか。

 腕時計を確認し、待ち合わせの時間まで2分を切っていることに気づいた。毎日嫌になるほど見ている顔なのに、こうやってまるでデー…みたいなシチュエーションになると、妙に緊張する。

「やあ、そこのかわいいエンジェルちゃん」

 不意に声をかけられた。軟派で砕けた声音は、明らかに私の待ち人ではない。目を合わさないのが一番と、無視を決め込むと。

「無視しないでほしいでにゃんす~」

 聴き慣れた声と同時に、誰かが顔を覗きこんできた。

 私が待っていた張本人。猫柳家の末の子、猫柳キリオ…私の婚約者という立ち位置である。


 そんな事になったのも、様々な偶然が重なり合ったから。

 着物屋を営む叔父夫婦と猫柳家が縁あり、何かの折に猫柳家の末子と、姪の私が同じ歳だと判明した。子を持たない叔父夫婦のゴリ押しにより、あれよあれよという内に見合い、結納まで済ませてしまった。断るつもりだったのに、所謂『断れない空気』を作られてしまい今に至る。


「さっきの何?」

「形態模写だよ。チャオ☆」

 声音を誰かそっくりに、ポーズまで決めてまるで別人だ。

「へ~、他の人みたい。すごいね…じゃなくて、普通に出てきて」

「にゃははは。それほどでも」

 私の言葉は半分聴こえていないようだ。数か月共に過ごして、このなりふりの構わなさには慣れてきた。

 待ち合わせですでに疲れてしまった。内心ため息をつく。

 彼は私の心を知ってか知らずか、一瞬考えるような顔をして、左手を差し出してきた。

「…じゃあ、行くでにゃんすか」

 にこりと微笑む顔と、向けられた手のひらを交互に見る。じわじわと顔が熱くなるのを悟られたくなくて、右手を彼の左手に押し付けるようにして渡した。

 満足げに笑う彼に、多少の敗北感。手をキュッと握られると、その敗北感が胸をくすぐる淡い気持ちに変わった。


 初めは、嫌で嫌で彼に強く当たったりもした。

『だったら、ワガハイに恋をしてほしいでにゃんす』

 そんなことを言ってから、彼はひだまりのように柔らかく、私と彼の外堀を埋めるようにしてくれている。たまの強引さは相変わらずだけれど…。

 同じ屋根の下に過ごしているのに、「待ち合わせをして外出をしよう」と言い出した時は唖然とした。

 当日は時間をずらして猫柳の屋敷を出た。先に出た彼を見送る時はアホらしいと思ったが、電車に乗っている時からそわそわが止まらなかった。無意識にワンピースの裾をいじって…。

 ふと彼は外行きの着物、自分は洋服であることに気付き、アンバランスさに少し頭を抱えた。



 手を引かれた先は繁華街。商店街はそこそこ人でにぎわっていて、お祭りのように露店も出ている。私はあまりこの辺りに詳しくないが、迷いない足取りを見るに、彼にとっては馴染みの場所なのだろう。

「あそこの肉まん、おいしそうでにゃんす~!あ!ここの炙り餅も絶品で…くんくん…はっ!この香ばしいかおりは揚げ串!!」

 …馴染みの場所なのだろう。

 今にもすっ飛んで行ってしまいそうな彼を見て、手綱を握るように手を強めに引いていたが、結局ずりずりと揚げ串屋台へ引きずられてしまった。

「四本…いや五本!」

 高らかに叫んで、串を受け取った彼は内一本を私に渡し、うきうきと食いつきだす。すごい勢いで無くなって行く彼の串に倣って、私もかじりつく。

「かわいらしい彼氏さんだねえ」

 声をかけてきたのは、串屋の店主。

「かわいい、んですかね」

 こういう会話は普通逆ではないだろうか。なんとも言えない気持ちになる。店主はからからと笑った。

「あっちに行けば、お嬢ちゃん好みのお店があるよ。行ってごらん」

 指さしたのは商店街の奥まったところ。

「ありがとうございます。食べ終わったら行ってみます」

「●●~、まだでにゃんすか?」

「えっ、もう食べ終わったの?」

「トーゼン」

 自慢げにお腹を叩く彼に、慌てて串を口に放り込む。

 店主にお礼を言い、先ほど指さされた方へ足を向けた。


 店主の行ったように、奥はおしゃれな雑貨を取り扱うお店が多かった。しげしげと見渡して、目に留まったのは簪屋。

 彼のお母さんやお姉さんがよく付けている。今までは気にも留めなかったけれど、こんな入りやすい所に専門店があったとは。しかし、簪と言えばそこらの髪留めよりも高価なイメージ。私とは縁遠い…。視線を感じそちらを向くと、彼が間近でじっとこちらを見ていた。

「気になるでにゃんすか?」

「え」

 多少なりとも興味を持っていることを悟られたのが恥ずかしい。否定するより先に体をお店の方に向けられ。

「行くでにゃんすー!」

「え、えーっ」

 背中をどすどすと押されて入店させられてしまった。

 お店の中はあまり広くはなく、女の子が数人いる今の状態で、十分賑わっているように見えた。

 木彫りやメッキ、真鍮の芯が、色鮮やかな花細工やタッセルを纏っている。整然と並んでいる簪に、右へ左へ目移りする。適当なところにあったものを一つ手に取る。こんな棒で器用に髪をまとめることができるんだ…。そんな器用なことできないな、と思いながら元の場所に戻す。と、髪が攫われるように不自然に動かされて、弾かれ振り向いた。そこには彼が「おっと」と言いたげにおどけていた。右手に翡翠色の玉がついた、シンプルな簪を持っている。

「●●に似合いそうなのを見つけたから、付けてほしいと思って持ってきたでにゃんすよ。さあさあ前を向いて」

 首を無理矢理前に向かされる。

 さらりと髪をすくわれ、変に体が強張った。こんなことなら髪の手入れをちゃんとしておくんだった。それよりも、彼は簪を付けることができるんだろうか。大雑把に見えて、意外と器用な側面を見るし…。

 彼の指が髪を均して滑る感覚が妙に心地よくて、照れ臭い。

「はいできた」

 一瞬の出来事だったのに、その一瞬で呆けてしまった。我に返り、とっさに頭を触る。ぺたぺたと触ると、綺麗にまとめられた髪が見事一本の簪で留められていた。すぐ傍にあった鏡を覗きこむ。斜めから見ると、確かに翡翠色が髪で煌めいている。簪に手を伸ばし、崩してしまわないようにそっと触れる。

「やっぱり、よく似合ってるでにゃんす」

 一緒に鏡を覗きこんできた彼としっかり目が合う。妙な照れ臭さがあって、ちゃんと目を見てられなくて鏡の前から逃げてしまった。

「そう、かな…」

 迷いなく大きく頷く彼に、思わず笑みがこぼれる。彼はなぜだか、自分が心底嬉しいかのように頬を緩めて笑った。

 するりと私の右手を取って店の外へと手を引いて行く。

「ま、待って。これ付けたまま」

「もうお会計済みでにゃんすよ~」

「え!?」

 いつの間に。

 鼻歌混じりに隣を歩く彼にお礼を言おうと息を吸うと、彼がそれより早く「にゃー!」と声を上げた。

「●●!団子!」

 指さした先は甘味処。勢いに押されて頷くやいなや、手をぐいぐい引かれた。お礼を言うタイミングを逃してしまった。



 甘味処を出た後は、腹ごなしにと商店街から出て散策に出た。

 なんのことはない住宅街を抜け、通りすがりの神社にお参りをし、野良猫めがけて突然走り出す彼に引っ張られて転びそうになり肝を冷やし。それからは突然走り出すことはなく、落ち着いた様子で隣にいてくれた。

 あても無く川沿いを進み、階段を上り、坂を上り、たどり着いたのは見晴らしのいい公園だった。公園と言っても、簡素な滑り台とブランコ、青葉を誇った桜の木の足元にベンチが一つだけ。少し踏み入れた所は雑草が茂っていて、あまり頻繁に使われている様子ではなかった。上って来る途中に広い公園があったから、普段近隣住民はそちらに集っているのだろう。

 ベンチに腰掛けるとほっと一息漏れた。彼も隣に座ると大げさに息を吐いた。眼前には街並みが広がっている。随分と上って来てしまったようだ。開けた場所だからか、気持ちの良い風が吹いて心地が良い。彼も同じなようで、目を細めて気持ちが良さそうにしていた。


「あっ」

(そうだ、簪のお礼)

 すっかり言いそびれていた。

「ん?」

 思わず漏れてしまった声に反応した彼は、私が言葉を続けるのを待っている。


「簪、ありがとう」

 少し照れ臭かったけれど、ちゃんと言えた。

 彼はきょとんとした。幼い顔がさらに幼く見える。やっぱりタイミングが悪すぎただろうか…ちょっと気まずい。ここでずっと手を繋ぎっぱなしだったことを思い出し、さらに居心地が悪くなった。もぞもぞと手を動かしていると、彼の指が私の指に絡まってきた。心臓が変な音を立てて、耳が熱くなる。

「どういたしまして」

 屈託なく笑む彼が眩しくて、自分の今の顔を見られたくなくて、ぎこちなく顔を逸らす。

「さっき●●が笑ってくれて、すごく嬉しかったでにゃんすよ。胸がぽわぽわ~っとして、頭がぼーっとして…。もっともっと、見たいと思ったでにゃんす」

「その、私…」

 真っ直ぐな言葉に、隠しようもないくらいに顔が熱くなった。俯いたら指を絡めあった手がそこにあって、にっちもさっちもいかなくなる。

「●●」

 名前を呼ばれ、頬にそっと触れられる。絶対に顔を上げたくないのに、手のひらに誘導されるがままに上を向いてしまう。かち合った鳶色の瞳は柔和に細まり、ゆっくりと近づいて。

 頬に柔らかい感触。その温もりは一瞬だった。唇が離れると、頬に添えられていた手も追うように離れて行った。


「そろそろ帰るにゃんすか」

「え…うん…」

 呆けてうわの空で返事をしてしまう。彼、キリオは堪えきれずといった様子で笑い、まるで子供にする仕草で私の頭を撫でた。

「さあ」

 繋いだ手を引かれて、導かれるままにそれに従った。



 帰りは一緒だった。大した会話はなかったけれど、心地のいい時間だった。