ファーストステップ

甲殻類
@tarabadaYO

私を助けたわけじゃないことなんて、ちゃんと理解している。 ただ偶然執拗い人に絡まれて、偶然彼がその場に現れて、彼が通りたかった道が通れないかったから。 それでもあの日、結果的に助けられた私は、簡単に彼に恋してしまったのだーー




「あっ、亜久津くん……!!」

「……チッ」

「ひぃっ……!!」



亜久津くんの鋭い瞳に睨まれてしまい体がビクッと反応する。 ただでさえカースト上位の人間が苦手だというのに、その鋭い眼孔で睨まれてしまえば体が震え上がってしまう。

しかし、そんな震え上がっているが私は彼に恋をしていた。


始まりはある日の下校中。

1人で帰路を辿っているとこの辺りでは見ない不良に絡まれてしまったのだ。 決して一通りの少ない場所ではなかったのだけれど、私がアワアワとしている様子を横目に見ていく人ばかりで、誰も助けてはくれなかった。 私もこの状況に大変戸惑ってしまい、絡まれていた不良に何かを終始言われていたけれど、全く覚えていない。 そして遂に私に手を伸ばしたその瞬間、邪魔だ、という不機嫌そうな声が私の背後から聞こえた。


声の主は同じ学校に通う、山吹中1の不良、亜久津くんだった。 中学生なのにタバコは吸ってるし、他校の人の財布からお金を盗った、という噂もあり、挙句の果てに見た目たがとっても怖い。 あれはきっと人殺しの目だろう……。

そんな有名な亜久津くんが何故ここに……?? という疑問と同時に全く話したことはないといえ、同じ制服を着ていると言うだけで、何故かホッとしたように思えた。


その後はそりゃもう早かった。

私に絡んでいた不良をちぎっては投げ、投げては殴る。 まさに一方的な暴力だ。 助かった、という安心の感情よりも先に目の前で起こる猟奇的な暴力の現場に私は体を震わせながらその様子を見ているしかない。

流石に今まで見て見ぬ振りをしていた人達もあの有名な亜久津くんが暴れているため、通報するしかなく周りもざわつき始める。 それを察した亜久津くんはチッ、と1つ舌打ちをするとポケットに手を突っ込んでボロボロになった不良と、呆然とたっている私を置いてどこかに行ってしまった。

もちろんその後警察がやってきて私も連れていかれ、大泣きしながら必死に巻き込まれたのではなく、助けてもらったということを説明し続けた。



未だにすっごく怖いし目もろくに見れないが、関わりたくなかった学校で有名な不良というイメージは無くなり、彼のことをひたすら目で追うようになり、友人にも指摘されるほどになっている。 それが恋と自覚するのも時間の問題だった。

この恋が叶うなんて思っていない。私と亜久津くんは全然違う価値観を持っていて、釣り合うとは思えない。

でも、あの時偶然とはいえ助けてくれた亜久津くんはとてもかっこよくて、そんな亜久津くんに少しでも近づきたくて。出来る範囲からと思い挨拶から始めてみたものの、まず彼は学校に来ることが少ない。 そして私がビビって上手く挨拶出来ない。 更に彼は言葉のキャッチボールをしない。 前途多難にも程があった。




しかしそれも今日でお終いにしようと思う。 今回返事が返ってこなかったらもう声をかけるのは辞めようと思っていた。 もし亜久津くんが迷惑だと思っていたら申し訳ない。 だから最後のチャンス。 今までは勝率0%。 部の悪い賭けだ。

怯みながらも次の言葉を必死に紡ぐ。



「おっ……おはよう、ございます」



緊張のあまり言葉の最後はフェードアウトしてしまったが、きっと彼には聞こえたはずだ。 怖くなり下げてしまった視線をゆっくりと彼に戻す。 すると彼は珍しく私の方を向いた後、その場を立ち去ろうとしていた。 今まではそんなことは全くなく、逆になにか気に障ることをしてしまったのではないか、と心臓が焦ったように早くなる。

ーー明日からまたウォーリーのように亜久津くんを探しては満足する日々になるんだな……、と考えていると。



「おう」



たった2文字だった。


バッと顔を上げ正面を見ると首だけを後に回している亜久津くんがいて、その言葉を言うとくるりと顔を元に戻し、その場を去っていった。

初めて、初めて彼から言葉をもらった。

状況を理解した途端、顔中に全身の熱が集まった様な気がして、その場にしゃがみこみ、顔を手で覆うと先程までの光景が目に浮かんでくる。


嬉しい、初めて会話をすることが出来た。 彼に声をかけることを諦めなくていいんだ……!!


私は登校してきた友人に声をかけられるまで、ニヤついた顔を手で包み込みながら幸せを噛み締めるのであった。

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