壊劫【イッキ×主】

07.対極の世界

外に出ると世界を染める夕日の眩しさに目が痛んだ。今自分を取り囲む人間がいないため、サングラスを掛けるのを忘れていたなと自身の手で壊した者たちのことなど振り返ることもせず、狂気に歪んだ笑みを浮かべた。


「随分、嬉しそうですね。イッキさん」


冷たく光るナイフを突きつけられたような気にさせるその声に顔を上げれば、黄昏に溶けることなく、くっきり浮かび上がった一つの影に気付く。少し息を吹きかければ揺らいでしまう頼りないものであるはずなのに、なぜかイッキには目の前の少女が恐ろしく見えた。


「サワちゃんが怒っているのは、あの子が目を覚ましたのを黙っていたから?それとも、君を騙して荷造りを手伝わせたことかな?」


イッキがサワに会うのは彼女の住んでいた部屋を引き払うため、そこにある物を荷造りしてもらった日以来だ。あの時はまだ目を覚ましていなかった彼女を父親が引き取ると信じて疑わず、快く引き受けてくれたサワだが、もし、その荷物が彼女とともにイッキの部屋におかれることを知っていたなら、きっと手伝うどころか、大反対することをイッキは分かっていた。

そのため、ここ暫くサワと連絡を取ることもなく。彼女が目を覚ましたことも伝えていなかった。つまり、今目の前にいるサワは両方の理由から怒っているのだろう。それを分かっていながら涼しげな顔で問いかけるイッキにサワは益々怒りの色を濃くした。


「あの子に会わせてください」

「う~ん…それは難しいかな。彼女はまだ本調子じゃないから」

「…だからって、このままで良いわけないですよね。大学やバイトまで休ませて、イッキさんは何を考えているんですか」

「彼女を守りたいだけだよ」


これから先、彼女を愛し抜く覚悟はできている。漸く手に入れた平穏を壊されないように、失わないように何だってするつもりだ。それは彼女のためというよりイッキ自身のためだ。だから、彼女がサワに連絡を取りたいと言ったときは嫉妬したし、今こうして突っかかってくるサワを邪魔だと思う。

彼女の親友だからと寛容になりたいところだが「あの子から直接話を聞くまで納得できません」と言い切られては面倒になって。イッキは溜息交じりにサワのほうへ歩み寄り、睨むような視線を青い瞳をもって絡め取った。途端、恋情よりも友情だと奮起していたサワも瞳に熱を宿し、イッキの手に落ちる。


「僕のためだと思って、ここは引き下がってよ」

「イッキさんのため、ですか?」

「そう。それに、君のためでもあるんだよ」


今のイッキは自分でも何を仕出かすか分からないほど不安定だ。既に自身の手は真っ赤に染まっている。いざとなれば、同じ色を重ねることも躊躇いはしないだろう。

だから、誰も傷付かずに済むよう魔法を掛けるのだと言い訳して、イッキは汚れた手で熱を持ったサワの頬に触れると「悪いようにはしないから…僕のことを信じて」そう畳み掛けた。刹那、サワは自分の意思など持たぬまま頷くから、その答えが筋書き通りであったとはいえ、イッキは安堵する。一方で、心の中は何に対してかも分からぬ罪悪感に浸食されてゆく。


「…ごめんね」

「イッキさん?」

「うんん、何でもない。さぁ、君はもう帰りな」

「え、でも…」


躊躇う彼女に、決して振り返ってはいけないと告げて、背中を押した。促されるままによろよろと歩き出したサワだが数歩進んだところで、ぴたりと歩みが止まる。きっと魔法がとけてしまったのだろう。

それでも、サワは言いつけを守って振り返ることはせず。悔しみを拳に込めたのち、走り去ってしまっていくから、イッキはその後ろ姿にもう一度「ごめん」と投げ掛けたのち、彼女とは反対の道へ歩き出すのだった。








End